エージェンシーのスタグウェル(Stagwell)で会長兼CEOを務めるマーク・ペン氏は、今の企業はどれも、デジタルマーケティング企業だと考えている。同氏が率いるスタグウェルでは、AIやARのような分野にエージェンシー主導のアプローチを導入し、テクノロジーの昇華を狙う。
ペン氏は、マイクロソフトで政治関連、広報、戦略の分野に携わり、その後2015年にスタグウェルを創業した。7年で同社を収益27億ドル(約3645億円)の大企業に成長させると、2021年にエージェンシーネットワークのMDCパートナーズ(MDC Partners)と合併し、加盟店数の拡大と、さまざまなデジタルサービスとデジタルマーケティングの集積を実現した。
同氏は、「デジタル広告はまだ黎明期にすぎず、とくにオンライン広告へのシフトとARのようなフォーマットの台頭が見られる」という。また、「いつも話しているが、最高のテレビ広告はすでに存在する一方、最高のデジタル広告が生まれるのはまだまだ当分先の話だ」と米DIGIDAYに答えた。「そこで疑問に思ったのが、『どうすれば広告体験をもっと消費者体験に関連づけられるのか』である」。
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市場の最前線はイノベーションに繋がるアイデアがあるもの
スタグウェルはデジタルのビジネスチャンスを模索する一方で、社内では最新テクノロジーのイノベーションや社内起業家も探している。現在創業から5年目のスタグウェル・マーケティング・クラウド(Stagwell Marketing Cloud)は、年に1度、イノベーションコンペティションを開催しているが、これはマネーゲームのリアリティ番組「シャークタンク」(日本でのマネーの虎的番組)の社内版のようなもので、勝者は賞金100万ドル(約1億3000万円)を手にして、マーケティングやテクノロジーの問題を解決するために製品を構築できる。
勝者の中には、ライブイベントやスポーツ向けARソリューション、コンテンツ用にジェネレーティブAIの予測ツールを創り出した社員もいる。
「今やどのマーケティング会社にも、イノベーションに繋がるアイデアを花開かせよう目論む人材が社内に存在する。市場の最前線で働いているのは彼らだ」とペン氏は話し、「シャークタンクのようなコンペティションは、そうした人材を引き出すひとつの方法だった」という。
同氏は今回のインタビューで、これからのARアプリとAIアプリのあり方や、マーケットプレイスのフルサービスからセルフサービスまでのスタグウェル流アプローチ、さらに「とくに騒ぐほどではないと感じている」テクノロジー開発について話してくれた。なお、本インタビューは読みやすさを考慮して編集を加えている。
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――ARやAIのような新興プラットフォームの今後をどう捉える?
長期的影響の観点から、ARは何年ものあいだ、重視されてこなかった。私がマイクロソフトにいた頃にちょうどホロレンズが開発されていた。今でも小型化には数多くの課題があるように思う。それに、携帯のように、腕時計のように普及していいはずだと思う。きっと毎日の暮らしの重要な部分になるだろう。Appleは、メガネを装着し、追加情報が入手できるARが強いマーケットプレイスになると見ているに違いない。スタグウェルでは今後、デバイスを携帯からARグラスにシフトすることになるが、何としても先手を打ちたい。
――テクノロジーとマーケティングのイノベーションに関する長期的ビジョンは?
グローバルなフルサービスから、小規模ビジネス向けのセルフサービスまで、マーケットプレイスのあらゆるニーズに対応が可能であること、それが全体的なビジョンと基本姿勢だ。B2Bのフルサービスが多いものの、セルフサービスのニーズもある。どちらもすべて対応できれば、相乗効果が生まれるのは間違いない。
フルサービスを提供すれば、優れたテクノロジーをいくつも抱えているのではないかと期待されるだろう。セルフサービスを提供すれば、楽に使える新しいソフトウェアがあるのではないかと期待される。それを1社で、というより、同じ会社の2つのチームで一緒に取り組めば、互いに支え合いながら、より質が高く、よりイノベーティブで、そのうえ、組織全体で利用可能なテクノロジーが提供できるようになるのではないかと思う。
――AIはどのようにエージェンシーを内側から変えるのか?
今のところ、今後AIは、「分析時間の短縮」で大きな役割を果たすことになると考えている。今は人の手で何千という数字をチェックしなければならないが、AIなら1回数字をスキャンするだけで、最も重要な部分や表をあっという間に抜き出せるだろう。
マーケティングの人材に求めているものは2つある。繰り返し作業を担える、高等教育を受けた貴重な人材。もう1つは、ステップをいくつも踏まなければならない複雑な工程を自動化、単純化できる人材だ。というのも、私たちが見たりやったりしていることはほとんどすべてが、自動化か単純化のどちらか一方、あるいはその両方に分類されるからだ。
――スタグウェル社内のイノベーションコンペティションは、どのように進化してきたのか?
これはもともと皆で知恵を絞りながら始めたプログラムだったが、そこから素晴らしい製品を生み出す、本当に見事なプログラムに成長した。私がマイクロソフトでチーフストラテジーオフィサーを務めていたこともあり、スタグウェルでは中途半端なアイデアを出して、それでおしまい、ということはありえない。何度も試して精度を上げていく。いろいろな意味で、例の「シャークタンク」がテクノロジーのアイデアを育てるインキュベーターを生み出したのだ。
そして、どのインキュベーターにも素晴らしい結果を出す起業家が1人はいる。たとえばアラウンド(ARound)だ。ここから生まれたテクノロジーはほかにはない素晴らしいもので、急成長とARが特徴だ。AIを駆使しながら、数年前からこうしたプロジェクトを始めている。今ここにいられるのは、この「シャークタンク」プロセスを取り入れようと考えたからだ。
――テクノロジーのイノベーションで面白味に欠けるものは?
たとえば、言語の翻訳について、だろうか。加えて、自動運転にもいえる。よい線までいくものの、実はそこまで変わってはいない。言語には慣用句が山ほどあり、文脈もさまざまだからだ。とはいえ、よくなっていると言えるのではないか。翻訳の場合、最後の仕上げには依然として専門的な知見が欠かせない。全体としては、さまざまな人材が適材適所で集まり、適切なテクノロジーがあれば、最も効果的な結果が生まれると私は思う。
[原文:Why Stagwell’s Mark Penn sees AR and AI as the biggest disruptors to the industry]
Antoinette Siu(翻訳:SI Japan、編集:島田涼平)