TikTokの禁止は、クローズアップされるにつれて遠のいていく。つまり、最近どれだけ話題になっているかにかかわらず、TikTokが禁止される可能性は低いということだ。TikTok禁止令を実現するには、論理的、政治的、理性的な障壁があまりに多すぎる。
たとえ議員たちが逆境に立ち向かい、不可能を可能にしても、禁止令は改革の先駆けというより政治的主張に近いものになるだろう。そして、米国のデータプライバシーに関するシステム上の問題は解決されない。どちらかというと、より大きな問題のひとつの事例に対処するだけにすぎない――。
ようするに、米国内でデータを集計、取引、処理する方法に関する包括的な基準が存在しないということだ。
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連邦プライバシー法のようなものが必要
現状では、さまざまな連邦法、州法、そして判例がパッチワークのように存在する。個人情報に対するデジタル主導の脅威が急速に進化していることを考えると、このような保護策の寄せ集めは通常、実施や維持が難しい。より統一された連邦法があれば、すべてではないにせよ、そうした問題の多くは緩和されるだろう。
データプライバシー企業ケッチ(Ketch)のCEOであるトム・チャベス氏は、「米国民はプライバシー保護に加えて、どのデータが共有されるかについてのインフォームドコンセントを必要としている。そして、このことは特定のプラットフォームが中国、米国、どの国のものであっても同じでなければならない」と話す。
同氏をはじめとするプライバシーの専門家は、そのような大きな問題に対処するには、プライバシーを人権として保護する連邦プライバシー法のようなものが必要だと口をそろえる。これが実現しない限り、企業は消費者、そして、そのデータを危険にさらし続けるだろう。
プライバシーコントロールセンターのデータグレイル(DataGrail)のCEOであるダニエル・バーバー氏は、「私たちは効力のある連邦法、そして執行の仕組みを必要としている」と話す。「企業に責任を負わせるには、強力な罰則と執行の方法が不可欠だ」。
政策の実現には長い道のり
しかし、このような政策の実現には、強力な政治的意志が必要だ。書類作成、影響力のあるテクノロジー系ロビイスト、そして言うまでもなく、データがどのように取引されるかを漏れなくカバーする政策をつくるという挑戦だ――。間違いなく、大変な仕事となるだろう。
2016年4月、欧州連合(EU)加盟国を対象とする広範なデータ保護法が欧州議会で承認されるまでに、4年に及ぶ準備と議論が必要だった。米国の議員たちは時間をかける代わりに、鉄が熱いうちにTikTokを叩きたいのかもしれない。
しかし、禁止令のような一撃は強力であると同時に、狙い通りに仕留めるのが難しいやり方でもある。前回、米国の議員たちがTikTokを禁止しようとしたとき、何が起きたかを覚えているだろうか? 法的な争いに発展し、最終的に訴訟が取り消された。
法律事務所オッターバーグ(Otterbourg)のパートナーで、プライバシー、サイバーセキュリティ部門の立ち上げに関わったエリック・ウェイニック氏は、「私が最も懸念しているのは、この問題を何とかしようと急ぐあまり、効果的でない結果、さらには有害な結果に終わることだ」と述べている。
TikTokにとって最も可能性が高い結果は、米国企業に株式の過半数を売却することを余儀なくされることだ。そうなれば、「TikTokは中国企業であり、到底受け入れることはできない」という事実が解消される。
バーバー氏は、「私たちは今、連邦政府の保護がない国のひとつであり、先進国では珍しいことだ。TikTokが一貫して責任を回避しているときに、連邦議会が厳しい態度で臨もうとして、各州に独自の法律を制定させているのは少し滑稽だ」と話す。
TikTokだけではない問題
マーケターも同じ気持ちのようだ。
「消費者はプライバシーに目覚めているところで、マーケターはその初期段階にある」とチャベス氏は分析し、「消費者データがどれくらい悪用、乱用され得るかを理解した今、彼らはその影響や米連邦取引委員会(FTC)、あるいは目覚めた消費者から逃げることはできても、隠れることはできない」と話す。
TikTokの不確かな将来、そして、それに伴う議論は、このような考え方をより強固なものにするだけだ。TikTokの所有者であるバイトダンス(Bytedance)が中国政府とデータを共有している可能性があるという事実によって、TikTokに対する連邦議会の批判がある程度まで正当化されることを考えると、何かをする必要はある。しかし、TikTokに対して何かをしても、データプライバシーのリスクが解消されるわけではない。
たとえば、アクシオス(Axios)が報告しているように、米国民が使っている中国の人気アプリはほかにもある。そしてそれは、TikTokに向けられているものと同じデータプライバシーの懸念としてFacebook、YouTube、Twitter、インスタグラムなどの米国企業にも当てはまるという事実の上にある。
ティヌイティ(Tinuiti)のペイドソーシャル担当バイスプレジデントを務めるアビ・ベン・ズビ氏は、「これはTikTokの問題ではない」と断言する。「私たちは今、データセキュリティとプライバシーについて、すべてのプラットフォームにとって重要な問題に取り組んでいる。そして、TikTokが熱い議論の的になっていることを考えると、この件に関しては、実は彼らが最もうまくやっているのかもしれない」。
広告費を投入する貴重な場所が奪われるという懸念
TikTokの公聴会から1週間のうちにDIGIDAYが取材したマーケターたちは、ほとんどが禁止令に反対していた。この事実がすべてを物語っている。また、TikTokが禁止されただけで、広告費を投入する貴重な場所が奪われるわけではない。マーケターもプライバシーの専門家と同様、禁止令が個人情報の保護方法に根本的な影響を与えるかどうかを懸念している。
ニュー・エンゲン(New Engen)のパフォーマンスマーケティング担当バイスプレジデントであるケビン・グッドウィン氏は、「前例は重要だ。これほど人気が高いテクノロジー、エンターテインメントプラットフォームが全米規模で禁止された前例はない」と話す。
また、「このような事態は初めてで、マーケターは皆、TikTokが本当に最初の前例になるのだろうかと疑っている。もっと小規模なものでは、メタ(Meta)とGoogleは特定の製品や運用に対する法的な圧力にいつも直面しているが、こうした圧力がユーザーや広告主に製品を提供する能力に重大な影響を与えたことはない」とも述べる。
[原文:TikTok discourse exposes need for U.S. federal privacy legislation]
Seb Joseph and Krystal Scanlon(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:島田涼平)