AppleのiOS14アップデートから、延期されたGoogleのCookie廃止までのあいだに、デジタルマーケティングの世界はますます分断が進行しています。この2年間、押し寄せる数々の変化にパニックに陥っているマーケターにとって、マーケティングキャンペーンの総体としての効果を測定するのはますます難しくなりつつあります。
まさにそのための指標としてROAS(広告の費用対効果)がある、と思うかもしれません。確かにそうなのですが、ROASで測定できるのはキャンペーンの効果の一部であり、全体としての効果ではありません。そこでマーケターは今、MER(marketing effectiveness ratio:マーケティング効率比)と呼ばれるものに注目しています。
厳密にいえば、MERは新しい概念ではありません。エージェンシーは何十年も前からこの指標を使ってきました。デジタル広告ブームが訪れる前から、マーケターはテレビ広告や媒体への広告掲載を総合して考える必要があったのです。業界はいま、個々のキャンペーン展開が売上に与える即時的な効果だけでなく、マーケティングへの投資の経時的変化や、それが広告費に与える影響について、現在と未来の両方を含む長期的視点から検討しています。
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以下に詳細を見ていきましょう。
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――MERとは何ですか?
前述の通り、MERはマーケティング効率比の略です。マーケティング業界用語を排して平易に説明すると、MERとは、広告主がすべてのマーケティングチャネルを合わせてどれだけ広告費を使ったかに注目し、その使い道が適切だったかどうかを評価するための指標です。ソーシャルメディアを通じての商品購入や、SEOを通じての露出だけでなく、ブランド認知度や顧客維持率といった要素も考慮されます。ブレンデッドROAS、またはシンプルROASと呼ばれることもあります。
Eコマースに関するデータと分析に特化した企業であるダーシティ(Daasity)の共同創業者でCEOを務めるダン・ルブラン氏は、次のように説明しています。「要するに、広告費の総額を基準に、そこからどれだけの売上が生じたかを計算したものだ。したがって、デジタルの細かい区分などは考慮されない。全体としての指標なのだ」。
MERは昔ながらの指標であり、ルブラン氏の言葉を借りれば、Facebookが「お金を入れれば顧客が出てくる広告商品」を導入するよりも前の時代にさかのぼります。顧客のコンバージョンを細分化するのではなく、MERはアフィリエイトマーケティング、インフルエンサーマーケティング、ダイレクトメール、店舗内広告などの費用をすべてまとめて算出されるのです。
――ROASとはどう違うのですか?
ROASはマーケターにとっての情報がやや限られているところに違いがあります。ROASは、数週間から数カ月の一定期間にわたるマーケティングキャンペーンを通じて獲得した売上に注目するものではなく、より細分化されたアプローチです。たとえば、ある人がFacebook広告をデスクトップで見て、商品を買うつもりでクリックした場合、このクリックはROAS指標にカウントされます。ラストクリック・アトリビューション・モデルの考え方です。
これに対し、同じ人物がコンピューターの前からいったん席を立ち、あとで戻ってきて商品をGoogle検索して、今度は購入したとします。「この購入イベントはGoogleとFacebookの両方に捕捉される」と、パフォーマンスマーケティング企業のデジショップガール(DigiShop Girl)でCEOを務めるカーチャ・コンスタンティン氏は言います。「したがって、両方のエコシステムで二重にカウントすることになる」。
つまり、ROASにおいては、顧客が購入プロセスのなかで経験する複数のタッチポイントや、ストップ・アンド・ゴー(休止をはさむ)の行動パターンが考慮されません。たとえるなら、服装のコーディネートの良し悪しを髪型、メイク、アクセサリーなどから総合的に判断するのではなく、靴だけから評価するようなものだと、コンスタンティン氏は説明します。
専門家に言わせれば、CEOやCFOが特定のマーケティングキャンペーンの直接的な効果をすぐに知りたがっているなら、ROASは使い勝手のいい指標です。しかし、ブランド認知度、生涯価値、顧客維持率といった側面に重きを置くブランドが増えている現状を考えれば、ROASは一面的だと言わざるを得ません。
――新しい概念ではないのに、なぜ今MERが重視されているのでしょうか?
AppleとGoogleのデータプライバシー規制強化により、マーケター、とりわけパフォーマンスマーケターが顧客の購入プロセスを追跡するのが難しくなっているためです(両社のアップデートの影響についてはこちらを参照)。
AppleのiOS14アップデートにより、開発者はデータ収集およびサードパーティのウェブサイトやアプリによるトラッキングに関して、ユーザーから同意を得なければならなくなりました。以前のDIGIDAYの記事で取り上げた通り、消費者はまだこれらの受け入れに消極的です。一方、GoogleはサードパーティCookieの段階的廃止の計画をなし崩しにしつつあります。「マーケターが広告のアトリビューションを個人レベルで追跡するのはますます難しくなりつつある」と、ルブラン氏は述べています。
こうした現状に対処するため、広告主はこの2年間、メディアミックスを多様化し、マーケティングチャネルを再考して、店舗内広告、屋外広告、デジタル動画など、フルファネルマーケティング戦略を打ち出してきました。これにより、マーケティング費用を構成する下位区分は増加しました。パイのピースが増えれば、「直接のアトリビューションを得るのは難しくなり、すべてのチャンネルを総合してパフォーマンスを評価する必要が出てくる」と、ルブラン氏は言います。
――では、ROASは不要になるのでしょうか?
だからといって、ROASを捨てるのは早計であり、それでは価値あるものまで失われてしまいます。MERとROASは車の両輪として機能すると、ルブラン氏とコンスタンティン氏は述べています。
再びコーディネートのたとえに戻るなら、装いがどれだけファッショナブルかを評価するうえで、靴(すなわちROAS)を見ることには意味があります。しかし、唯一の基準にはなり得ません。「(MERが)重要なのは、全体のパフォーマンスの目安を示すことができるからだ」と、ルブラン氏は言います。
つまり、ファッションチェックでいう総合評価のようなものなのです。
[原文:WTF is MER?]
Kimeko McCoy(翻訳:的場知之/ガリレオ、編集:黒田千聖)