ジェニファーベットコミュニケーションズ(Jennifer Bett Communications:以下、JBC)は、ジェニファー・ベット・マイヤー氏がニューヨークで経営するPR企業だ。2014年の創業から3年を経て、その事業はようやく本格軌道に乗った。ところが、パートナー兼マネージングディレクターのメリッサ・デュレン・コナー氏が家庭を持つと決めたとき、同社はひとつの転機を迎えた。
「一緒にランチを食べに行っても、仕事の話しかしなかった」。創業者でプレジデントのマイヤー氏はそう振り返る。「休暇も取らない生活だったが、そこへ突然、子どもという変数が加わった。メリッサは一歩退いて、私にこういった。『母親になったいま、これまでと同じではいられない』」。
JBCはここ5年のあいだ、子を持つ従業員が働きやすい職場作りという課題に取り組んできた。実際、これまでに同社の経営陣が打ち出した施策は多岐にわたる。有給の出産休暇を認め、ニューヨークおよびロサンゼルスの全オフィスに搾乳室を設置し、全オフィス共通のメンタルヘルスデーを定めた。さらに、40人の従業員に毎月メンタルヘルス手当を支給し、ヨガ、瞑想アプリのヘッドスペース(Headspace)やカーム(Calm)をはじめ、メンタルヘルスを増進するさまざまなサービスを利用できるようにした。
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コロナ禍の余波により、この1年、家庭で子どもや親の世話を担う人々(特に母親たち)は、仕事を離れ家族の世話によりコミットするようになった。その結果、エージェンシーを含む多くの企業が、女性のキャリアに深刻な影響を及ぼす「不況(recession)」として、「女性不況/Shecession(シーセッション)」と呼ばれる状況に直面している。あるワーキングマザーは、米DIGIDAYの「告白」シリーズの取材で、「勤務先のエージェンシーが、仕事と育児の両立を十分に支援してくれない」と訴えた。さらに、出産後に解雇された事例も報告されている。
企業が子育ての妨げになってはいけない
マイヤー氏とデュレン・コナー氏はともに母親であり、現在妊娠中だ。ふたりは、自分と同じ境遇に置かれた従業員が燃え尽き症候群に陥ることを抑制するためにも、優秀な人材が安心して働ける環境作りを加速させている。育児休暇を付与するだけでは、もはや十分ではい。必要なのは、すべての従業員がそれぞれの事情に合わせて子育てができる、安全な職場空間を作ることなのだという。
では、ふたりはどのような取り組みを行なったのか。そのひとつが、昨年導入したフレックスタイム制だ。これにより、従業員が個人で勤務時間を決めて、子どもの通学の送迎、搾乳や授乳、通院などに対応しやすい職場環境を整えた。また、流産や死産を忌引きの対象にするとともに、無制限の有給休暇制度も導入。一方で、子どものいない従業員に対しては、仕事のしわ寄せが集中したり、不公平感を生まないように配慮しているという。
支援の手は、子どもを持つすべての親に差し伸べられるとマイヤー氏は話す。「企業が従業員の子育ての妨げになってはいけない。子育てもまた、大切な仕事なのだから」。
世界は「従業員の自主性を認める流れ」
米国人材管理協会(Society for Human Resource Management)の調べによると、米国では雇用主の半数強が有給の産休を付与している。また、2020年を見る限り、有給休暇の付与を義務づける州は、前年よりも増えている。この傾向はさらに進み、米連邦議会では現在、労働者に有給の家族休暇を認めるための法案が審議されている。
米広告業協会(4A’s)のプレジデント兼CEOのマーラ・カプロウィッツ氏は以下のように述べる。「コロナ禍から得られた教訓があるとしたら、仕事の未来や従業員の支援のあり方について、考え方を改める必要があるということだ」。
カプロウィッツ氏によると、職場における柔軟性が、企業の福利厚生を評価するポイントとして重視されはじめているという。マーケティングやメディアの領域で「大離職時代」を乗り切るために必要なのは、JBCが提供しているような手当や支援であって、卓球台やビールの飲み放題ではない。
カプロウィッツ氏はさらにこう続ける。「我々の世界はいま、労働者の自立性や発言権を『より広範に認めよう』という方向に動いている。抵抗しても勝ち目はないのだから、企業はこれを受け入れたほうがよい」。
「従業員にとって良いことは、企業にとっても良いことだ」とデュレン・コナー氏。さらに同氏は続けて、「うちは中小企業だから、従業員に大企業のような支援や手当を出す余裕はない」と指摘する。
「150人規模の企業でなくとも、従業員に自主性を認め、支援を提供する道は見つかる。むしろ、それは事業を立ち上げたら、まっさきに考えるべきことだろう」。
KIMEKO MCCOY(翻訳:英じゅんこ、編集:村上莞)