重要なのは「成長」よりも「財務」だ:インフレに成長を阻まれ、高い目標を手放す D2C ブランドたち

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オンラインフィットネスブランドのペロトン(Peloton)は8月24日、方向転換を行い、ほんの数年前には考えもしなかったことをした。Amazonで製品を販売すると発表したのだ

「消費者がいるところで、消費者と会いたい。その消費者は、Amazonで買い物をしている」。ペロトンの最高商務責任者(CCO)であるケビン・コーニル氏は、このニュースを発表する声明文のなかでそう述べている。

多くの意味で、この動きはD2C業界全体を表している。ここ数年、D2C専業モデルは死につつあると警告されるなか、ずっと環境の急速な変化に助けられてきた。

D2Cブランドは2020年の初めに輝きを失い始めたが、パンデミックが国中に押し寄せた結果、eコマースがかつてない急成長を遂げた。これが、一部の会社にとって支えになった。しかしその裏では、サプライチェーンの遅れが積み重なる一方、顧客獲得のコストが上昇し続けた。オンラインショッピングの成長率がパンデミック前の数字にまで下がった今、これらの問題が顕在化しつつある。

ペロトンのようなD2Cブランドの多くは、生き残るために厳しい舵取りを迫られている。製品を販売する場所を譲歩し、マーケティング戦略を再考し、コストがかかる成長計画を取り下げている。

広告費と人員の削減

ラグジュアリーなノーブランド品を扱うイタリック(Italic)のCEOであるジェレミー・ツァイ氏は、2年前はほとんどのブランドが急速な成長をめざし、カテゴリー全体を奪おうと大胆に展開していたと述べている。「自分たちのブランドをライフスタイルブランドに広げたらどうなるだろうか、という考え方があった。だが、そんなイメージは終わったと思う」。

イタリックは、生き残るために特に厳しい決定をせざるをえなかった。まず、同社は3カ月前に値上げをしたことだ。同社はハイブランドのメーカーと協業して、ハイブランドの名前を付けずに、類似の商品を販売している。しかし、これほどメーカーと密接に連携したビジネスであっても、イタリックは値上げをしなければならなかった。

ツァイ氏によれば、さらにこの4月、広告予算を8分の1未満に減らしたという。その理由は主に、AppleのiOS14アップデートで広告主が直面することになった逆風が強まったことと、同社が行なった全体的な予算削減に対応するためだ。有料のデジタルプレゼンスを減らしても、事業は成長している。「4月以降の数カ月は、このような状況から成長している」とツァイ氏は述べている。

また、ツァイ氏は若干の解雇もしなければならなかった。「誰もがチームを縮小している。人員過剰だったのだ」と同氏はいう。

「ライフスタイルブランド」への野望を手放す

このような動きを見せている会社は、イタリックだけではない。ほんの数年前、スキンケアブランドのグロシエ(Glossier)は、市場でもっとも革新的な美容ブランドのひとつとされていた。この2月、同社は成長分野を見誤った結果、全面的な人員削減をすることとなった。市場の変化を受け、グロシエは現在、D2C帝国を築くことに集中する代わりに、卸売契約の締結に尽力している

別の業界のリーダーであるマットレスブランドのキャスパー(Casper)も、会社の位置づけを完全に考え直す必要に迫られた。同社は、リーズナブルなベッドをオンラインで販売することで、サータ(Serta)のような古参に対抗し、マットレス業界の創造的破壊者として有名になった。キャスパーは成長し、何億ドルもの資金を集め、ついには、キャスパーはただのマットレス会社ではなく睡眠ブランドであると宣言した。犬用ベッドや、寝具、枕なども導入したが、現在は、プライベートエクイティ企業に買収され、見通しを精査している。

「睡眠界のナイキ(Nike)になるという戦略だった」。CEOのエミリー・アレル氏は、最近の業界イベントでそう述べている。「それがどういうことか、誰にもわからない。とてもエキサイティングに聞こえるが、遂行するのは難しい。経済的な利益を出すことができていなかった」。

同氏は、キャスパーが「ライフスタイルブランドからは離れつつある」と続け、明確にこう宣言している。「我が社はマットレス小売業者だ」。

資金を温存しながら持ちこたえる

これらの動きから、投資家の目を引いた話題のスタートアップが成功条件を変えなければならなくなったということが、業界全体で認識されつつあると言えるだろう。重要なのは、資金を温存しながら持ちこたえることだ。「我々のようなベンチャーキャピタルの支援を受けた会社は、今、羽を繕わなければならない」とツァイ氏はいう。「我々の多くはチャンスを待って、じっとしている」。

この変化に拍車をかけているのは、おそらく、買い物客が180度の方向転換をしたというより、ブランドが財政的な生命線を失ったことだろう。投資家は消費者向け小売企業への関心をますます失い、より利益率の高い新しい有望株を見つけ出そうとしている。一方、借入金などのほかの資金調達方法は、金利が上昇すれば、不利になる。

これは、先行者のビジネスモデルをまねようとする若いブランドにとって、熱を冷ます効果があったかもしれない。「D2Cであることは、十分なビジネスモデル革新ではなくなった。10年前か、おそらく7年前なら十分だったが、今は違う」と、ベンチャーキャピタルのフォアランナー・ベンチャーズ(Forerunner Ventures)でプリンシパルを務めるジェイソン・ボーンスタイン氏は、米モダンリテールのポッドキャストで語った。同氏の企業は、アパレルブランドのボノボス(Bonobos)やスーツケースブランドのアウェイ(Away)など、主要なD2Cブランドに資金供給することで長く知られてきたが、今は、ブランドを下支えする革新的なビジネスモデルとサービスを提供する会社に、より重点を置いている。

ペロトンに、この危機を垣間見ることができる。同ブランドは、高級フィットネスクラブのイクイノックス(Equinox)などに取って代わる計画のもと、話題のフィットネススタートアップとして始まった。20億ドル(約2770億円)近くの資金を調達し、2019年に株式公開して、一部ではフィットネス界のAppleと称された。しかし、そのコアビジネスモデルであるサイクリングマシンの販売は、物価上昇などの経済的制約のなかで横ばいになりはじめた。その結果として、ペロトンは成長の鈍化を認め、今年の初めには7億2000万ドル(約997億円)の資金を借り入れ、かつてはブランドイメージに反するとしていた販路を試すことにした。

成長よりも財務が重要

資金を調達しようとする小規模なスタートアップにとって、このような経済の変化は、対話をより困難なものとした。もはや投資家は、財務を度外視してでも成長を求めてはいない。「利益を出さなければならない」と、フィンテック企業のブリッシュ(Bullish)のマネージングパートナーであるマイク・デューダ氏はいう。今、問われているのは、「ビジネスモデルが成立しているか」だと同氏は述べている。実際、これはインフレが加速するずっと前からの問題だったが、物価上昇によって、今や財務の健全性が、成長よりも重視されることが明らかになった。

このため、ブランド戦略に戦術的変化が生じた。ブランドが際限なく新規顧客を掴むという想定がもはやできなくなったため、顧客の維持とロイヤルティが重要なポイントになった。「トップオブファネルから、CRM、ボトムオブファネルの獲得まで、全面的に大きな変化が起きている」と、イタリックのツァイ氏は述べている。

つまり、ブランドは資金を節約し、より少ない投資でより多くを得ようとしている。「iOS前の時代は、デジタルでの獲得が重要だった」と、デューダ氏はいう。「ポストiOS時代は、AOV(平均注文金額)とリピート客が重要だ」。

インフレが続けば、真の恐怖が来る。デューダ氏は、生き残るためには、新しいタイプの資金調達と、全社的な解雇の増加が発生すると予測している。会社は、こうした手っ取り早い解決策を得る一方で、真の持続可能な成長のために、ビジネスモデル全体を再整備する必要が出てくるかもしれない。

「今後6カ月は、ものを売ることがさらに難しくなるだろう」と、デューダ氏は述べている。

[原文:As inflation crushes growth, DTC brands let go of lofty goals]

CALE GUTHRIE WEISSMAN(翻訳:ジェスコーポレーション 編集:)
Image via Italic/Casper/Peloton

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