Netflixとディズニープラス(Disney+がストリーミングサービスの広告付きプランを導入する計画を発表し、ストリーミング広告市場は活況を呈している。これにより、不足気味だった広告枠の供給は増えるだろう。
しかし広告主各社は、ストリーミング業界再編の動きを警戒している。かつて従来型テレビ広告業界の再編がそうであったように、広告主にとって取引上、不利な状況が生まれるのではないかと危惧しているのだ。
ストリーミング業界に再編の波が押し寄せる?
- ディズニープラス、 HBOマックス-ディスカバリープラス(HBO Max-Discovery+)、Hulu、Netflix、ピーコック(Peacock)、パラマウントプラス(Paramount+)は広告付きストリーミングサービス事業者として、従来型テレビ放送ネットワークに匹敵する存在になるかもしれない。
- ストリーミングサービスを提供する放送事業者の台頭で、広告付きサービスに登録するユーザーが増えれば、ストリーミング広告業界の統合・再編が始まる可能性がある。
- しかし業界の統合・再編が進むと、ストリーミング広告が売り手市場となり、テレビ放送事業者が優位に立つ可能性がある。ただし、広告主が「テレビ放送」の定義を広げて、買いつけ対象の広告枠を増やすなら、話は別だ。
テレビ放送から広告付きストリーミングへ
サブスクリプション型ストリーミングサービス大手が広告付きプランを導入することで、従来型テレビネットワークに匹敵する存在になるというコンセプトをNetflixの計画発表に先駆けて打ち出したのは、電通で米国ビデオイノベーション部門のシニアバイスプレジデントを務めるブラッド・ストックトン氏だ。エージェンシー幹部たちはこのコンセプトに賛同し、歓迎しているという。
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4月21日、米DIGIDAY主催のBusiness of TV Forumの参加者で、コネリー・パートナーズ(Connelly Partners)のメディアサービス部門を率いるパートナー、ミッシェル・カパッソ氏は次のように述べている。「広告付きのストリーミングの盛り上がりは、業界環境を劇的に変えることになるだろう。広告が表示されないストリーミングサービスを好むユーザーも多いが、いまや新しい選択肢ができたのだ。当社も、この広告付きプランの領域に割り込める」。
テレビネットワークのオーナー企業も、「ストリーミングサービスを提供する放送事業者」というコンセプトを受け入れているようだ。
Huluを取り巻く事例を見ればわかりやすい。もともとはABC、FOX、NBCといった放送事業者の合同出資により動画配信会社として設立されたHuluは、その後ディズニーに買収された。時を同じくして、NBCユニバーサル(NBCUniversal)は、Huluに変わって自社サービスのピーコック(Peacock)へ番組を移管し、いまでは同グループの主なストリーミング事業者はピーコックとなった。
ほかの大手メディアコングロマリットも同様の動きを見せており、自社のテレビ番組放送スケジュールにストリーミングを組み入れていく構えだ。たとえばパラマウント(Paramount)傘下のCBSがパラマウントプラスを、ディズニー傘下のABCがHuluとディズニープラスをたずさえて、広告付きプランを年末までに導入する。また、ワーナー・ブラザーズ・ディスカバリー(Warner Bros. Discovery)は、HBOマックスとディスカバリープラスのストリーミング事業を統合する。加えてNetflixもこの分野に進出する予定で、ストックトン氏らがいうところの「ストリーミング放送事業者」がそろい踏みだ。
「保険」という位置付けのFAST
あるエージェンシー幹部は、「大手6社のアプリが事実上、ストリーミング配信のパートナーになっている」と語る。
しかし、ストリーミングの今後を考えるとき、FAST(Free Ad-supported Streaming TV:無料広告付きストリーミングTV)の存在を見落としていないかという疑問を抱く人もいるだろう。
つまり、パラマウントのプルートTV(Pluto TV)、ロク(Roku)のロクチャンネル(The Roku Channel)、Amazonのアマゾン・フリービー(Amazon Freevee、かつてのIMDbTV)などFASTのほうが、無料チャンネルという性質から、従来型テレビ放送の後継サービスにふさわしいのではないかという考えだ。
しかしFASTは以前から、ケーブルテレビと似たような常時接続サービスとみなされ、多くの人が番組を腰を据えて真剣に視聴するのでなく、ほかの作業をしながら「なんとなく見るチャネル」という認識で利用している。そのため、FASTはストリーミング広告在庫のなかで2番手として扱われ、広告主にとっては、従来型テレビCMやストリーミング広告で取りこぼしたオーディエンスに訴求するための「保険」にも似た位置づけになっているのだ。
「普及にはまだ伸びしろがある」
ストリーミング放送事業者の台頭を広告主は歓迎するだろう。広告枠の供給やリーチの課題といったものの解決に役立つのならなおさらだ。調査会社カンター(Kantar)の「エンターテインメント・オン・デマンド(Entertainment on Demand)」と題する報告書によると、2022年第1四半期には、オンデマンドの広告付きストリーミングサービス普及率は米国総世帯の20%に過ぎず、FASTサービスの普及率もそれをわずかに上回る25%にとどまった。一方、サブスクリプション方式のストリーミングサービスは、米国総世帯の81%が利用していた。
米DIGIDAYの取材に応じたもう1人のエージェンシー幹部は、「広告付きストリーミングの需要はまだ限られている」という。
また、ユーザー登録が大手事業者間で分散しているという問題もある。広告付きストリーミングサービス開始からの経過を見ると、ピーコックは2年近く、ディスカバリープラスは1年と少し、HBOマックスとパラマウントプラスは1年近くになるが、あるエージェンシー幹部によると、オーディエンス獲得で抜きん出ている事業者はおらず、そのため各社にまんべんなく広告を出稿する必要があるという。グループ・エム(GroupM)で研究・投資アナリティクス部門のエグゼクティブディレクターを務めるバラッド・ラメシュ氏は、Business of TV Forumに出席した際、次のように述べている。「すべての事業者が横並びというわけではなく、普及にはまだ伸びしろがある」。
しかし、業界の統合・再編が進めば、放送事業者からストリーミング広告枠をまとめて買いつけられるチャンスが広がり、広告主にとってはメディアバイイングが容易になる一方で、リスクも生じる。従来型のテレビ放送事業者が広告の売り手として交渉力をもち、料金の引き上げや、広告主のメディア費のシェア獲得に有利な立場に立つ可能性が出てくるからだ。
テレビが多様なサービス提供をする時代
そういった展開なら、FASTサービス事業者、とくにYouTubeやTikTokといったプラットフォーマーの出番だ。YouTubeが運営するCTVの視聴者数は伸びており、TikTokはCTV用アプリを提供している。広告主が「プレミアム動画」の定義を広げ、従来型のテレビ番組やデジタル映像を配信するストリーミングサービスで利用できる広告も買いつけ対象とすれば、広告在庫の供給増につながる。そうなれば、料金の上昇を抑える効果も生まれ、ストリーミング放送事業者との商談でも影響力を発揮できるだろう。
「当社は一部のソーシャルメディア企業との連携も検討しており、『我々はプレミアム動画の定義を広げて考える必要がある』と主張している」と、米DIGIDAYの取材に応じた2人目のエージェンシー幹部は語る。
つまり「テレビが動画を含む多種多様なサービスを提供する時代」の始まり、ということだ。
[原文:Future of TV Briefing: Ad-supported streaming enters the broadcast era]
Tim Peterson(翻訳:SI Japan、編集:黒田千聖)