中絶問題に沈黙するeスポーツ業界、ミスフィッツ・ゲーミングCEOはどう見るか:「ゲーム業界はほかの業界よりはるかに進歩的であるべきだ」

DIGIDAY

ロー対ウェイド裁判の判決が覆された6月、その衝撃波は実業界にも及び、広告やテクノロジー、メディアといった各業界の企業が公式声明を出し、この最高裁の決定に異議を唱えた。そして、中絶手術を受けられる地域への移動が必要な社員がいたら、それを支援すると申し出た。

そんななか、一貫して沈黙を守っているセクターがある。eスポーツだ。この最高裁の決定に関して、何らかの公式声明を出しているeスポーツ組織はほとんどない。

リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends)のような超大型タイトルの開発元であるライアット・ゲームズ(Riot Games)でさえ、コメントを発することをためらっている。同社に関しては、中絶手術を支持する旨の社内メモを、広報責任者ではなく、キャラクタースキン担当プロデューサーが公開している。

Sara Dadafshar
ーなぜ社員がわざわざこんな投稿をしなければならないのか、よくわからないです。社員の多くがいままさに直面している現実的な問題なら、ライアットが会社としての立場を公表すればいいのに。まあ、いいでしょう。

Star Nemesis Bun
ー私の仕事についてではなく、今日の最高裁の決定について投稿します。
ライアットはこの件に関する公式声明を出さないことにしましたが、書面による許可が下りたので、私が自分のアカウントで公開します。

eスポーツ業界は2020年夏、ブラック・ライブズ・マター(Black Lives Matter)に対する強い支持を表明した。先日のゲイ・プライド月間でも、業界内のいたるところでレインボーモチーフの投稿やバナーが見かけられた。それを思うと、この沈黙は何とも意外だ。

この謎の答えを探るべく、米DIGIDAYはこのニュースに反応を示した数少ないeスポーツ組織の幹部、ミスフィッツ・ゲーミング(Misfits Gaming)のCEO、ベン・スプーント氏に話を聞いた。この決定を耳にするや、スプーント氏はすぐに動いた。従業員へ社内メッセージを送信し、中絶手術を受けられる州への移動が必要な社員がいたら、それを会社がサポートすることを約束した。続けて、このメッセージを自身のツイート内でも公開し、最高裁は「女性の権利を破壊」していると述べている。

「難しくなどなかった。コンピューターの前に座ってSlackを開き、メッセージを入力して送信ボタンを押す。それだけのことだった」と、スプーント氏は語る。「もし読まれたら、我が身を危険にさらすことになるが」。今回の最高裁の決定に対するeスポーツ業界の反応。この問題に関するスプーント氏の見解は、どのようなものなのだろうか? なお、読みやすくするため、以下のスプーント氏のコメントには編集を加えている。

中絶の権利に関する業界の弱い反応について

「私には信じがたいほどの驚きだった」と、スプーント氏は語る。「ゲーム業界というものは(他の業界よりも)はるかに進歩的であり、また本来そうあるべきだ。そう私は考えている。我々のコアオーディエンスは若い世代であり、一般的には若い人ほど進歩的でリベラルな考え方をするものだからだ」

この問いに対するスプーント氏の答えには、現代のゲームおよびeスポーツオーディエンスの特徴とイデオロギー的傾向に対する同氏の深い理解が表れている。しかし、ゲーマーに関するさまざまな誤解は依然として消えていない。業界が、ゲーマーをひきこもりの「インセル(不本意の禁欲主義者)」と見るステレオタイプの蔓延から脱してから、まだ数年しか経っていない。

必ずしも世間は、ゲーマーを超進歩的な層と見ているわけではない。さらに、オーディエンスの大半が中絶権に反対しているマーケットにローカライズしているeスポーツ組織もある。彼らにとっては、大っぴらに口を開けば、それが命取りにならないとも限らない(フロリダに拠点を置くミスフィッツにしてみれば、この点は気がかりの種のはずだが、スプーント氏がそのような素振りを見せることはなかった)。

株式非公開のeスポーツ組織の場合、コメントを出したくても、現在の投資家や将来の投資家の機嫌を損ねるのが怖くて、そうできないということも考えられる。eスポーツ業界に投資する大金持ちは、平均的なeスポーツファンほど進歩的ではない。そして、そんな彼らの意見を拝聴しているのが各組織なのだ。

しかしそれでも、eスポーツ業界のDNAは平均よりも若くてリベラルだ。おそらく今後、この件に関する公式声明の内容にかかわらず、各組織が従業員にそっと救いの手を差し伸べるのではないだろうか。「多くの関係者が、私と同じようなメッセージを個人的に投稿しているのではないだろうか。それを公にしていないだけで」と、スプーント氏は語る。

保守的なマーケットにいるファンが離れていってしまう可能性について

「あえていわせてもらうが、そんなファンなら私はいらない」と、スプーント氏は言う。「我々のコミュニティ、我々が獲得をめざしているファンは、我々の価値観を象徴する存在でなければならない。我々のコミュニティや、我々のコンテンツクリエイターについて考えてみれば、それが強烈なまでの多様性とインクルージョンの一部であることがわかる。その中核にあるのは、ミスフィッツは多様性とインクルージョンを強く支持しているという事実、女性の権利やLGBTQIA、人権のために闘っているという事実だ。だから、このことで我々のことを嫌う人がいても、私はいっこうにかまわない。それはつまり、我々は正しいことをしているということだからだ」

スプーント氏の発言が持つイデオロギー的な熱意以上に、中絶権の支持は賢明なビジネス戦略だ。結局のところ、ほぼすべてのケースにおいて、米国人の大半が中絶の合法性を支持している。しかし、この裁定の裏にあるロジックをよそに、この件についてコメントを出したその他のeスポーツ組織でさえ、中絶問題に対する厳しすぎる姿勢には神経過敏になっている。

ミスフィッツ以外で公然と誓約した有名eスポーツ組織は、イービル・ジーニアシズ(Evil Geniuses)だけだ。しかしそんな同組織も、この件に関する取材には応じてくれなかった。広報担当者によれば、イービル・ジーニアシズは「この問題で表舞台に立つことは望んでいない」という。

ミスフィッツの公式声明に対するファンやブランドパートナーの反応について

ほとんどのeスポーツ組織の主な収益源は、ブランドパートナーシップであり、ミスフィッツもその例外ではない。ゲームとは無関係のブランドの多くが中絶権を支持するコメントを出している■リンクを日本版URLに変更■が、それでもスプーント氏の公式声明が反対意見を持つファンやスポンサーから怒りを買うおそれはあった。

「彼らは好意的な反応を示してくれている。我々が提携を望んでいるパートナーの反応も、きっとそうなのではないだろうか」と、スプーント氏は語る。「この点ははっきりさせておきたい。この件に関して、私は他の人たちの意見も尊重している。彼らは間違っているとは思うが、彼らがそれなりの考えを持っているということには敬意を払っている■”I”→”they”と判断■。これはヘルスケアに関する決定なのだと、我々はシンプルに考えている。これが我々の中心的な考え方だ」

スプーント氏の発言により、ミスフィッツの立場は、沈黙を貫くライバル組織に比べると、不安定なものになっている。しかしその一方で、そこから得られる潜在的利益もある。eスポーツは順応を上回るハイペースで拡大を続けてきた。そしてそのせいで、ブランドセーフティをめぐって消えることのない諸問題も生まれてきた。一皮剥くと、そこには過去のさまざまな害悪や問題発言が潜んでいる。

自身を矢面に立たせることで、ミスフィッツはいま、自社ブランドを公平と社会正義に同調させつつある。eスポーツのブランドセーフティをめぐる評価を先取りする可能性があり、よりポジティブなビジョンをeスポーツコミュニティに示しているのだ。「eスポーツはブランド各社が参加するのに絶好の場所だ。そこで目にするのはコミュニティを代表する顔ぶれだからだ」と、ソーシャルメディアエージェンシーのザ・ソーシャル・エレメント(The Social Element)で戦略ディレクターを務めるマイケル・バッグス氏は語る。「彼らの多くが大規模なオーディエンスを抱えている。eスポーツの世界では、多様性をありのままに表現することが強く求められている」

[原文:‘If someone wants to hate us for that, I’ll welcome it’: Misfits Gaming CEO Ben Spoont debriefs on esports industry’s muted Roe response

Alexander Lee(翻訳:ガリレオ、編集:分島翔平)

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