欧米の政府でTikTok禁止令が勢いづくなか、マーケターは今後の展開を気にしつつも、心配はしていない。
マーケターはTikTokの潜在的なリスクに気付いていないわけではない。しかし、規制がもっと厳しくならない限り、費用対効果が高いこのプラットフォームでターゲットオーディエンスにリーチするため、広告主は気付かぬふりをし続けるだろう。
とはいえ、TikTokを巡る今回の地政学的な緊張は、明らかにこれまでと何かが違う。3月に入り、3つの政府(米国、EU、カナダ)が政府のデバイスからTikTokを削除するよう命じた。英国をはじめ、追随しないと明言している政府もあるが、全体的なメッセージは明確だ。「将来的なデータ悪用の脅威」という曖昧な懸念を理由にTikTokを制限するため、大胆な動きに出る議員が世界中で増えている。
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TikTokの広報担当者は、「一部の政府がそうした対応を示す証拠がないという理由で、禁止措置を講じないと賢明にも選択したことを評価する。しかし、ほかの政府機関や団体が何の検討の根拠もなく、従業員のデバイスでTikTokを使うことを禁止しているのは残念だ」とコメントしている。
中国政府とのデータの共有が懸念される
問題とされているデータの悪用というのは、親会社のバイトダンス(ByteDance)がTikTokのユーザーデータを中国の共産党政権と共有し、国家安全保障に危険をもたらす可能性があるということだ。
TikTokの広報担当者は、「禁止令は基本的な誤情報に基づくもので、誤解を解くため、当局者と会談する用意がある」と続けた。「私たちはユーザーのプライバシーを懸念する政府と共通の目標を持っているが、これらの禁止令は見当違いであり、プライバシーやセキュリティの向上には全く役に立たない」。
TikTokはこのように断言しているが、ごく短期間のうちに、欧米の政府から大きな反発を受けている。マーケティング業界で驚きが生じているのも無理はない。
マーケターはユーザーを優先
マーケターはとくに、Z世代のユーザーが共有し、つながり、オンラインコミュニティを構築するための主な空間としてTikTokを心から受け入れている点を考慮し、そうした魅力的なチャネルへの支出を維持しようとしている。そのため、エージェンシーはTikTokファーストに戦略を切り替え、ニュースパブリッシャーもオーディエンスと関係を築くための専門チームを立ち上げている。
デウィンターズ(Dewynters)のソーシャルメディア担当ディレクターであるハナ・ペッツ氏は、Z世代にリーチするため、アーンドメディアの選択肢をすでに模索しており、TikTok禁止令の勢いを考えると、ほかのエージェンシーも同じように動く可能性が高いと述べている。アーンドメディア、つまりオーガニックコンテンツを介して人々にリーチする戦略の理論的根拠は、アプリとのデータ共有の可能性がある広告への依存度を下げる能力に根ざしている。
実際、TikTokを巡る今回の騒動は、以前から湧き上がっていた懸念に新たな息吹をもたらしたと言ってもよいだろう。
ニュー・エンゲン(New Engen)のパフォーマンスマーケティング担当バイスプレジデントを務めるケビン・グッドウィン氏によれば、一部のクライアントはセキュリティ上の懸念から、TikTokのトラッキングピクセルの導入をいまだに拒否しているという。そしてそれは、DIGIDAYが2022年10月に取材したときから、TikTokでいくらか安心できるよう、ニュー・エンゲンが採用し続けてきた戦術だ。
Facebook同様、いずれ落ち着く
こうした懸念はあるものの、広告主が独自にTikTok禁止令を発動することはなさそうだ。TikTokにプライバシーの懸念があるという確かな証拠がない以上、現在の状況では考えられないことだろう。TikTokがマーケターにとって、多くの若者に同時にリーチする主な手段であることは証明されている。それは、どのような状況であれ、諦めるには大きなことだ。ましてや、今ではなく将来のデータ濫用の脅威に基づくものならなおさらだ。
パワー・デジタル(Power Digital)の最高成長責任者ロブ・ジュエル氏は、「マーケターたちは動じていない。ソーシャルメディアプラットフォームがプライバシーに関する懸念を呼んだのはこれが初めてではなく、いずれ落ち着くと確信しているためだ」と話す。
この主張には一理ある。Facebookとケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)の一件を覚えているだろうか? おそらく、この一件はデータプライバシーと広告に関する騒動の先駆けだが、Facebookはほぼ無傷で切り抜けた。実際、Facebookの広告事業は比較的最近まで好調に推移していた。
プライバシー・コンプライアンス・ハブ(Privacy Compliance Hub)の共同創業者ナイジェル・ジョーンズ氏は、「オンライン広告部門の大部分には、プライバシー規制当局による重要な規制がないため、マーケターは問題から目をそらしている」と分析する。今のところ、マーケターは成り行きを見守っている。そして、マーケターは以前(米国においてはジョー・バイデン政権以前)から、そうしている。
ドナルド・トランプ前大統領が2020年に取り締まりを試みて以来、TikTokは国家安全保障上のリスクについて、何度も見出しを飾り、論争を呼んできた。もちろん、TikTokは一貫して、自分たちのプラットフォームにリスクはないと主張している。
TikTokは透明性の向上に注力
2020年、米国民のデータの取り扱いについて政府当局をなだめるため、プロジェクト・テキサス(Project Texas)が立ち上げられた。オラクル・クラウド(Oracle Cloud)が米国でTikTokのホストとして機能することを視野に入れたプロジェクトだ。2022年6月までに、TikTokはすべての米国ユーザーのトラフィックをオラクルにルーティングすると発表している。ただし、TikTokは以前から米国のユーザーデータを米国とシンガポールにある自社のデータセンターに保存しており、これらのデータセンターは今後もバックアップに使用されるという。
また、TikTokは自社のアプリと関連アルゴリズムの仕組みを学ぶことができるよう、利害関係者のためのオープンフォーラムとして、透明性と説明責任センター(Transparency and Accountability Center)を開設した。
今回の国を挙げての禁止令を受け、TikTokは、「この大急ぎの法律制定が前進するのを見て残念に思っている」とツイートしている。なぜなら、米国でTikTokが禁止されれば、TikTokを利用する「何百万もの米国民が言論の自由の権利を侵害」されるためだ。
しかし、ニュー・エンゲンの調査・戦略・インサイト責任者であるアナ・オティエノ氏が指摘するように、TikTokはセキュリティに関する懸念の高まりを受け、透明性を高める努力をする必要がある。
行動を強制する重要な規制が登場するか、Z世代が別のトレンディーなソーシャルプラットフォームに大移動するまで、マーケターは目をそらし続けるだろう。そして、セキュリティに関する懸念は今後も、TikTokにじわじわと迫り続けるだろう。
[原文:The latest threat of TikTok bans have caused marketers to raise an eyebrow]
Krystal Scanlon and Marty Swant(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:島田涼平)