ファッション業界はメンタルヘルスへの取り組みを優先しつつある。それは、顧客とつながるためのコアバリューを明確に定義することが考慮されてきているからだ。メンタルヘルス月間である5月、多くのブランドが若者と彼らのウェルビーイング(幸福)にフォーカスし、自社の消費者のコアグループとつながることを目指している。
悪化する若者のメンタルヘルス
最近の調査と医療専門家は、若者のあいだで深刻なメンタルヘルス危機が起こっており、それがコロナ禍によって悪化し、何カ月にもわたる孤立と、メンタルヘルス関連のリソースへのアクセスがむずかしくなっている状況について警告している。パンデミックの前でも、2009〜2017年に重篤なうつ病が報告された若者の数は60%増加、2000〜2018年に若者の自殺率は60%増加している。
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その影響はとくにZ世代に及んでいるため、ブランドと小売業者はさまざまな方法でメンタルヘルス問題に取り組んでいる。ブランドのなかにはそれを自社の創業理念としているところもある。その一例は、快適性を重視したベーシックブランドのマッドハッピー(Mad Happy)。また、単純なスローガンや寄付を超えて選び抜かれたアプローチを取るブランドもある。シューズブランドのトムズ(Toms)は、これからの6カ月間複数の組織と提携して、助成金を通じて(それらの組織の)イニシアチブをサポートする。一方、ビクトリアズ・シークレット・ピンク(Victoria’s Secret Pink)は俳優のダレン・バーネット氏をはじめとするセレブスポークスマンを起用し、ソーシャルプラットフォームで関連問題についてZ世代と関与している。サックス(Saks)は世代間トラウマ専門の心理学者と協働して、同社のソーシャルチャネルでセルフケア関連情報を紹介している。
絶賛されているマッドハッピーのポッドキャスト
ボディポジティブなラウンジウェアブランド、マッドハッピーは、コミュニティにポジティブなメッセージを届けるために、2017年、ノア・ラフ氏、ペイマン・ラフ氏、ジョシュア・シット氏、メイソン・スペクター氏の4人によって設立された。楽観的なスローガンと明るい色のラウンジウェアを製造するほか、リソースを提供してコミュニティに関与している。マッドハッピーには、テキストで相談ができるホットライン、メンタルヘルス関連トピックにフォーカスするブログのザ・ローカル・オプティミスト(The Local Optimist)があり、また、10代のメンタルヘルスに注力する非営利団体、ザ ・ジェッド・ファンデーション(The Jed Foundation)との提携がある。
また、マッドハッピーは2021年5月にポッドキャストを開始、コメディアンのラミー・ユセフ氏やエマ・チェンバレン氏などのセレブやインフルエンサーを招いてZ世代の視聴者にアプローチを図っている。このポッドキャストは開始以来視聴者から絶賛されている。多くの視聴者がポッドキャストで紹介されたちょっとしたツールが長期的にメンタルヘルスを改善するのに役立ったと述べている。
セレブ起用のヴィクトリアズ・シークレット・ピンク
ヴィクトリアズ・シークレット・ピンクは、今月全体で行われている最新キャンペーンやソーシャルメディアの投稿、男性のアンバサダーを通じてメンタルヘルスへの理解を高めることに尽力している。ネットフリックス(Netflix)のシリーズ、『私の”初めて”日記』(原題: Never Have I Ever)のスターであるバーネット氏がピンク初の男性アンバサダーになり、昨年2月にローンチしたジェンダー・フリー(Gender Free)コレクションのキャンペーン画像に起用されたというニュースが最近インスタグラムに投稿された。このなかで同氏は、メンタルヘルスが「自分が10代の頃にもっとフォーカスされていたら」よかったのにと語り、同キャンペーンを通じて「耳を傾けるべき」若年成人にリーチしたいと述べている。
リソースへのアクセスを拡大するトムズ
ブランドの中には異なる方向性を取っているところもある。フットウェアブランドのトムズは運営と慈善寄付戦略の大幅な見直しを経て、2021年4月にバイ・ワン・ギブ・ワン(1足売れたら1足寄付)モデルを段階的に廃止した。その代わりに、年間収益の少なくとも3分の1を英国と米国のメンタルヘルスの草の根組織に寄付することにフォーカスした新モデルを開始。全米精神障害者家族同盟(National Alliance for Mental Illness)によると、メンタルヘルスの症状を抱えている米国の6000万人の成人と子どもの約半数が治療へのアクセスがないという。トムズは自社の新しい取り組みによって、必要な人たちがメンタルヘルスのリソースを利用できるようになることを願っている。
トムズは5月から10月にかけて「ウェアグッド(Wear Good)」キャンペーンを行うが、これは「ウィアグッド(we are good)」との語呂合わせだ。これには、ブレイブ・トレイルズ(Brave Trails)、ザ ・ディナーパーティ(The Dinner Party)、ホームボーイ・インダストリーズ(Homeboy Industries)、L.A. LGBTセンター、ベニス・ファミリークリニック(Venice Family Clinic)といった組織のパートナーらが関与している。パートナーシップはそれぞれ異なっており、トムズは協力して各組織のメンタルヘルス関連目標の達成をサポートする最善の方法を決定する。そして、キャンペーンをできるだけ有機的に保つために、組織を運営している人々に光を当てることに注力している。
トムズの最高戦略・インパクト責任者であるエイミー・スミス氏は次のように述べている。「トムズ製品を購入すると、メンタルヘルスリソースを必要としている何百万もの人々にリソースへのアクセスを提供するのに役立つ。我々が伝えたいことは『(メンタルヘルスに苦しんでいる人たちには)何が必要なのか?我々はどうサポートすれば良いのか?』。支援方法が助成金なら、それも良し。当社が専門知識やサポートなど別のものを提供できるなら、それに対してもオープンだ」。チームはまた、世界的なハピネス運動であるハピネスプロジェクト(Happiness Project)のようなブランドコラボレーターと協力して、今夏このメッセージを広める予定だ。
「毎年、米国人の5人に1人がメンタルヘルス問題を経験している」とスミス氏。「(このキャンペーンは)再びイノベーションを起こし、消費者を当社コミュニティに参加するように促すだけではなく、他企業に対しても自社の影響について考え、できる限りのことをしているのかどうかを問いかけるきっかけになれるかと、我が社の影響について考える機会だった」。
トムズのバイ・ワン・ギブ・ワンプログラムは論議を醸し、同社は倒産の危機に陥ったが、2021年は成果のあった1年だった。具体的な数字は共有されなかったが、売上高は増加し、草の根団体への慈善寄付は200万ドル(約2.6億円)、B Corpのスコアは25%上昇して121.5%になったという。新キャンペーンは、長期的な成長とビジョンを推進し、コミュニティ支援という価値観をサポートし、環境と同社スタッフをケアすることにフォーカスした全体的な新戦略の展開の一環である。
非営利団体に資金調達するサックス・フィフス・アベニュー
一方、小売業者のメンタルヘルスへの取り組みは異なっている。複数のブランドとさまざまな価値観を反映している小売業者は、店舗やオンラインで顧客に良い気分になってもらう点と、資金提供を通じた組織への支援にフォーカスすることが多い。サックスのCEOで、サックス・フィフス・アベニュー財団役員のマーク・メトリック氏は次のように述べている。「この危機状況の最前線で活動している非営利団体が必要としている資金を提供するために、我々が声を上げてメンタルヘルス関連の対話をオープンに行うことが重要だ」。
5月、サックスはビジュアルディスプレイを展開し、セルフケアに関するアドバイスや情報を顧客と共有することに重点を置いている。自社ソーシャルチャネル全体で行われる今月のコンテンツシリーズでは、ホリスティック心理学者で世代間トラウマの専門家でもあるマリエル・ビュケ博士と提携している。また、ソーシャルで若いファンとつながる戦略の一環として、サックスライブ(Saks Live)でバーチャルイベントを開催する予定もある。さらに、コミュニティにおけるケアへの直接アクセスを提供する団体を支援する目的で、非営利団体がメンタルヘルスプログラムのための資金提供を要請できる公募型の助成金申請の受付を開始している。
[原文:How brands are tackling mental health to connect with younger customers]
ZOFIA ZWIEGLINSKA(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)