ロサンジェルスに拠点を置くイモータルズ・ゲーミング・クラブ(Immortals Gaming Club)は9月9日、彼らの最新マーチャンダイズであるイモータルズ・エッセンシャルズ(Immortals Essentials)の発売を発表した。プレミアムで高価格の商品戦略をとっている、ほかのeスポーツ団体とは異なり、この商品ラインは、売り上げても利益がゼロとなる価格に意図的に設定されている。この低価格設定やその他の取り組みを利用して、イモータルズは若く、かつそれほどハードコアではないゲーマーをファン層に呼び込みたいと考えているのだ。
利益ゼロ路線を採用したことで、同社はエッセンシャルズ商品ラインの価格を大幅に下げることができた。帽子とTシャツの場合、17.15ドル(約1950円)という低価格を実現している。これによって、若いeスポーツファンがチームを象徴するグッズを身につけて応援するのがより簡単になると同社は考えている。同社のプレジデントであり最高コマーシャル責任者であるジョーダン・シャーマン氏は、「イモータルズをフォローしているのは若い人たちで、その多くは高校や大学に通っているか、社会人スタートしたばかりだ」と述べた。「このことはふたつのことを意味する。ひとつは、うまくいけば、彼らと今後も長い関係を持てるということ。もうひとつは、彼らが(応援するチームの)服を一式買えるような状況ではないということだ」。
多くの競合においてはコアな収入源
そうは言っても、マーチャンダイズは多くのeスポーツ団体にとってコアな収入源であり、eスポーツチームが競合他社と差別化するためのもっとも目に見える手法のひとつだ。ニューズー(Newzoo)による2021年のグローバル・eスポーツ・ライブストリーミング市場調査(Gobal Esports&Live Streaming Market Report)によると、2021年にeスポーツ業界のマーチャンダイズとチケットの総収益は6600万ドル(約75億円)を超えると予測され、これは前年比13.8%増となる。「ほかの伝統的な収入源を結びつける接着剤の役割を担っている」と、イモータルズのマーチャンダイジング・パートナーであるウィー・アー・ネーションズ(We Are Nations)のCEO、アレックス・ローマー氏は言う。
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たとえば、eスポーツ団体「100シーブズ(100 Thieves)」は、基本的にストリートウェア企業も兼ねている。同社の期間限定商品をリリースする「ドロップ(Drop)」製品は数時間で完売することが多い。100シーブズのパーカーは現在同社の公式ストアで135ドル(約1万5370円)で売られており、最近発表されたグッチ(Gucci)とのコラボであるバックパックのようなハイエンドのコラボ商品には、さらに高い2500ドル(約28万4000円)といった値段が付いている。「eスポーツ分野におけるマーチャンダイズには限定・独占的な要素が多くある。独占的なドロップのことだ。この種の希少性が価格を押し上げる」と、イモータルズのパートナーシップ事業担当ディレクターであるキャロライン・ビール氏は述べた。「これは良い戦略だ。人々は間違いなくこのアプローチを気に入っている。ただ私は、この対極には当然、手が届かない、という状況が存在すると考えている」。
ロス・リーダー戦略と呼ばれる、人気商品を利益の出ない価格で販売して新規顧客を獲得する戦略は、ほかの業界、たとえばファッション、テクノロジーにおいても実証済みのビジネス戦略だ。従来のゲーム業界ですら、ゲーム機はしばしばロス・リーダーと見なされる。しかし、多くの企業がまだ黒字への道を切り開こうとしている最中のeスポーツ業界では、この戦略は極めてまれだ。インモータルズのマーチャンダイズ事業はこれまでも、今も黒字だが、シャーマン氏は今回のゼロ利益実験で同社が損失を被っているわけではないことを明確にした。「ただ(収益とコストが等しく)フラットなだけだ」と述べた。
長期的な展望ともうまくマッチ
17ドルのTシャツや帽子は、eスポーツファンがチームを選ぶ決定的な要因ではないように見えるかもしれない。しかし、eスポーツと従来のスポーツの両方のマーチャンダイジングの現場で過ごした経験を持つ同氏は、平均的なファンは少なくとも最初は比較的気まぐれであることを学んだという。「これは人が聞くと笑ってしまうのだけど、最初に買ったマーチャンダイズ、もしくは色で(応援する)チームを決める人もいる。商品の色が好きなのでマーチャンダイズを購入し、それがきっかけで突然チームのフォロワーになる人もいる」とローマー氏は言った。
イモータルズの異なる事業部門はそれぞれ、現在キャッシュフローがプラスになっているため、このような戦略上の賭けに参加できる立場にある。「私たちはすべてのチームで利益を上げているので、今は投資して拡大するチャンスがある」とシャーマン氏。「同時に、私たちのブランドが抱えるストーリー性を、より発展的な角度で、『カムバック・ストーリー』として伝え直す必要がある」。
この戦略は、同社のほかの側面、特に長期的な展望を見据えた部分ともうまくかみ合っている。たとえば、競技参加者を社内で育成することに注力している点だ。利益ゼロの価格戦略は、短期的には同社の収益をほぼ確実に減少させるだろう。同氏は具体的な金額を明らかにしなかったが、以前は、商品利益率は25%から40%のあいだで推移していたという。それでも、この戦略が若いカジュアルなファンを惹きつけ、ファン基盤を拡大し、長期的にはスポンサーシップやメディアの権利といった、よりアクティブな収益源によってチームがより高い利益を生み出すのに役立つと確信している。「私たちが積極的にプレイヤーを育成し、投資してともに成長する価値のある人々(ファン)を見つけているという事実は、ブランド戦略と一致している」とビール氏は言う。
「もっとも価格競争力のあるものに」
スポーツとeスポーツのマーチャンダイズ業界のベテランであるローマー氏は、イモータルズとの仕事に加えて、アストラリス(Astralis)、G2、コンプレキシティ・ゲーミング(Complexity Gaming)といった、有名なeスポーツ団体とも仕事をしている。しかし彼であっても、イモータルズのゼロ利益戦略のようなものは見たことがないという。「組織が『私たちは利益を取らない』というのは珍しいことだ。イモータルズのブランドとウィー・アー・ネーションズのブランドのどちらにも問題を起こさずに、もっとも価格競争力のあるものにしたい」とローマー氏。
「私たちは多くの時間をかけてこれについて調べた。その結果、全体的に見て、ほかと異なったものとなっている。そして、ファンを商品に引き込むという目標を達成すれば、それは素晴らしいことだ。それはマーケティングの大成功だ」。
ALEXANDER LEE(翻訳:塚本 紺、編集:長田真)
Illustration by IVY LIU