eスポーツとゲームが私たちの文化やエンターテインメントに与える影響は、ますます幅広く、大きくなっている。ゲームの世界と、テレビ、映画、スポーツ、ビジネス、アート、フード、ファッションの世界との相互作用が、現実に起こっているだけでなく、ますます強まっているのだ。
Twitchなどのゲームプラットフォームは、いまやあらゆる分野をカバーする文化的拠点となり、ライブストリーミングが盛んに行われ、スターゲーマーたちが大勢のフォロワーのアイコンやロールモデルとなっている。VRやAR、そしてメタバースがデジタルとフィジカルの境界をあいまいにするにつれて、ゲームの未来は私たちを無限の可能性と前例のないリアリズムの世界へいざなうだろう。
ブランドは、ゲームやeスポーツがもたらしているチャンスに気づきつつあるが、この分野への参入は、多くのマーケターにとってハードルの高い仕事だ。そこで、9月15日~16日に開催されたDIGIDAY Gaming Advertising Forumでは、ゲーム業界の最新動向をお伝えするために、ゲーム業界の関係者やマーケティングの専門家に集まってもらい、いまどきのゲーム消費者とのエンゲージメントを成功させるためのベストプラクティスや戦略について議論した。
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目次
01 ブランドとeスポーツ
これまでにないほど多くのブランドがeスポーツに本腰を入れ、このチャレンジに向けた体制を整え始めている。大手タレントエージェンシーのユナイテッド・タレント・エージェンシー(United Talent Agency:以下、UTA)でeスポーツおよびゲーミング部門の幹部を務めるユージン・ウー氏によれば、「多くの超大手ブランドが、社内にゲーム部門を設置し始めるようになった」という。「CPG(消費財)やアパレル、テクノロジーの大手ブランドがeスポーツやゲームの責任者を任命する例が、いまではよく見られる」と、同氏は語った。
イギリスのサッカークラブであるマンチェスター・シティFCを所有するシティ・フットボール・グループ(City Football Group:以下、CFG)のメディアディレクター、ギャビン・ジョンソン氏は、同社がeスポーツチーム運営でも成功している要因として、シェルズ氏やライアン・ペソア氏といった所属プレイヤーをサポートするのに必要なインフラへの投資を挙げた。ジョンソン氏によれば、この投資の規模は、CFGが現実世界のサッカークラブで成功を手にするために行っている投資に匹敵するという。
「私たちは、シェルズやライアンが成功する可能性を最大限に高めるための体制を整えた」とジョンソン氏は話す。このチームには、業務全般を監督するeスポーツマネージャーと、「希望に応じて、彼らの生活をサポートする」コーディネーターが含まれており、最近になって専任の戦術コーチも配置された。「オーディエンスやファンが引き寄せられている理由は、私たちが(インフラに)投資していることを知っているからだと思う」と、ジョンソン氏は付け加えた。
スポーツフランチャイズにとって、eスポーツは特に海外市場の新しいファンを獲得するうえで、大きなチャンスをもたらしてくれる。たとえば英国では、子どもがプレミアリーグ(English Premier League:EPL)のサッカークラブを選ぶときに、親や親戚の好みを「受け継ぐ」傾向が強い。しかし、海外でファンベースの拡大を目指す場合には、そうした制約を受けることは少ないとジョンソン氏は話す。
各チームは、こうした状況をうまく活かしてeスポーツを利用することで、新しいファンを獲得できる。「英国では、(サッカーゲームの)FIFAでプレイしているチームの影響を受ける子供は7%ほどだ」とジョンソン氏はいう。「これはかなり低い数だ。だが、インドに行けば、30%の人がFIFAでプレイしているチームに影響されてチームを選んでいる」。
このようなデータを見れば、スポーツチームというニッチな分野以外のブランドも、eスポーツ分野に関わる方法を考えたくなるはずだ。
02 信頼を得た形でのエンゲージメント
UTAのウー氏は、ゲームの世界に初めて参入するブランドが直面する課題を指摘した。それは、いかに信頼できる存在となり、信頼されるメッセージを作り出すかということだ。ゲームのオーディエンスは広告を敏感に察知し、見たくないものや聞きたくないものを無視する。ウー氏が指摘しているように、Twitchのユーザーの大半が、広告を見たくないという理由で有料会員になっているのが現実だ。
ここで役に立つのが、ゲーマーやストリーマーとのパートナーシップだ。「ブランドが自らの言葉でゲーマーへのマーケティングやターゲティングを行い、信頼を得ることは不可能ではない」と、ウー氏はいう。「それには、適切な人材と適切なIP(知的財産)を見つけ、そのIPを持つ企業と協力して、適切な方法でストーリーを展開する必要がある」。
BMWはこの論理に従って、「ユナイテッド・イン・ライバリー(United in Rivalry)」というスローガンを掲げ、世界の5つのトップeスポーツチームのスポンサーを務めている。これらのチームは「リーグ・オブ・レジェンド(League of Legends)」への出場でよく知られているだけでなく、他のゲーム大会でも競いあう関係だ。BMWグループのeスポーツ担当責任者、ピア・ショーナー氏によれば、同社がeスポーツに参入した理由は、若いオーディエンスと「同じ言葉で話す」方法を学ぶためだという。「私たちは、BMWが普段使っている言葉ではなく、eスポーツの言葉で話す必要がある。このキャンペーンは、BMWがスムーズにコミュニティに溶け込むうえで本当に役立った」と、ショーナー氏は語った。
オンラインゲームプラットフォームのロブロックス(Roblox)でブランドパートナーシップ担当バイスプレジデントを務めるクリスティナ・ウートン氏によれば、ゲームフォーラムで繰り返し議論されるテーマのひとつは、オーディエンスを計画の中心に据えることだという。「ロブロックスをゲームとして捉えるのではなく、どのようにしてオーディエンスを惹きつけるのかを考える必要がある」と、ウートン氏は話す。「自社の貢献がユーザーの経験にメリットをもたらすようにしなければならない。広告を押し付けているようには見られたくないはずだ」
03 eスポーツの未来を担うゲームクリエイター
多くのマーケターがようやく理解し始めたことがある。それは、ゲームやeスポーツの世界が、もはやゲームにとどまるものではなくなったということだ。Twitchのユーザーは、人気のあるeスポーツストリーマーをフォローする際、ゲームだけではなく、料理や美容に関するコンテンツもフォローすることが多い。
「ニックマークス(Nickmercs)」の愛称で知られるニック・コルチェフ氏は、eスポーツの代表的な組織であるフェイズ・クラン(FaZe Clan)の選手兼共同オーナーだが、彼の配信するワークアウトも、「エムファム(MFAM)」と呼ばれる彼のファンたちから熱烈に支持されている。フィットネス分野におけるニックマークス氏の信用と影響力に気づいたアンダーアーマー(Under Armour)は、フェイズ・クランのスターである彼と、ストリーミング配信やマーチャンダイジングなどさまざまな分野で提携している。
「このようなコンテンツクリエイターは、実際に先導役を果たしているが、彼らがトップクラスのゲーマーである必要はない」と、UTAのウー氏はいう。UTAは現在、ハリウッドスターのような名だたる著名人だけでなく、フェイズ・クランの代理人も務めている。このことが示すように、eスポーツはすでにエンターテインメントの世界で地位を確立しており、さまざまなブランドがeスポーツプレイヤーと手を組もうと列をなしている。
04 収益源の多様化を進めるeスポーツ組織
eスポーツ業界が大手ブランドからの投資やパートナーシップを獲得しているのと歩調を合わせるように、eスポーツ組織も多様な収益源を持つビジネスとして成熟しつつある。ウー氏によれば、このような進化をもっとも体現しているチームのひとつがフェイズ・クランだ。「スポーツやゲーム、料理、ファッション、アートなど、どのような分野のファンであっても、フェイズ・クランにはその分野のコンテンツを制作しているクリエイターがいる。彼らはたまたまゲームやビデオゲームからスタートしただけで、いまやそれ以外の分野へと大きく成長している」と、ウー氏は語った。
05 メタバースへの参入
誰もがメタバースのことを話題にしているなか、自社ブランドにとってメタバースがどう重要なのかよくわからないという人は、クリスティナ・ウートン氏の考えに耳を傾けてみよう。同氏はロブロックスのブランドパートナーシップ担当バイスプレジデントとして、メタバースに参入するブランドを支援しており、グッチ(Gucci)などのブランドや、「イン・ザ・ハイツ(原題:In the Heights)」や「ストレンジャー・シングス 未知の世界(Stranger Things)」といった映画やテレビ番組と提携して、ファンや消費者を夢中にする魅力的な仮想空間の構築に取り組んできた。
ウートン氏は、ブランドが守るべきメタバースの基本的なルールをいくつか紹介した。たとえば、「(メタバースを)単なる広告キャンペーンと考えてはならない」と同氏は話す。そうではなく、ファンや消費者にブランドを体験してもらい、彼らと関わりあうための永続的な空間だと考えるべきだというのだ。そのためには、「ファンや消費者のための環境」を構築し、「彼らにブランドとどのように関わってもらいたいかを考える」ことが肝心だと、ウートン氏は述べている。
また、消費者にどのように関わってもらいたいのかも考えてみよう。ウートン氏によれば、ブランドは共創の機会を受け入れる必要がある。そうすれば、ブランドとオーディエンスが、ロブロックスのようなプラットフォーム上で強力な関係を築けるようになるからだ。
「これはオーディエンスにとってきわめて重要な点だ。彼らはプロセスに参加し、共にバーチャルなアイテムを創作し、ブランドにフィードバックしたいと思っている」と、ウートン氏はいう。オーディエンスに何かを強制するのではなく、時間をかけてメタバースのオーディエンスを理解せよというわけだ。
そして、メタバースでの経験があり、協力してくれそうな人を見つけてほしい。「すでに起こっていることを知る必要がある」と、ウートン氏はいう。「何年もの経験があるクリエイター、開発者、デザイナーなどのコミュニティと積極的にコラボレーションしよう。彼らは何がうまくいくのかを見てきた経験があり、コミュニティがどのようにあなたのブランドと関わっていくようになるのかを知っている」。
もし自社ブランドでメタバース戦略がまだ話題になっていないのなら、今こそ議論を始めるときだ。ウートン氏がまるでソーシャルメディアマーケティングの黎明期のようだと指摘するように、メタバース戦略担当者を設置するブランドは増え続けている。「こうした取り組みをすでに行っているブランドは、最先端を行く革新的な組織であり、ますます先行するようになるだろう」と、同氏は語った。
06 メタバースとは何か
「メタバース」とは、VRとARの要素を取り入れたオンライン空間(より正確には、複数の空間の組み合わせ)のことで、人々は自分を表すアバターとして、この空間内で活動する。関係者のなかには、未来のインターネットのビジョンを示すためにこの用語を用いる人たちもいる。その未来とは、現在のインターネットがVRにアップグレードされたような世界で、買い物や友達付き合いなど、ありあらゆることが行われる超現実的な仮想空間を指している。
しかし、ロブロックスやフォートナイト(Fortnite)などのプラットフォームは、いま入手できるツールを使って、すでにメタバースを構築している。メタバースという言葉を初めて使ったのはSF作家のニール・スティーヴンスン氏で、1992年に発表した小説『スノウ・クラッシュ(Snow Crash)』のなかで使用した。
07 出席者のコメント
「もし現実世界での制約がなかったら、あなたは何を創り出すだろうか」
──ロブロックスのブランドパートナーシップ担当バイスプレジデント、クリスティナ・ウートン氏
ブランドはメタバースに参入して想像力を解き放つべきだと、ウートン氏はいう。メタバースでは、現実の制約に縛られない環境を利用して、ほぼ理想どおりのブランド像を築くことができる。「つまるところ、私たちはゲームファンをプロレスの世界に引き込み、プロレスファンをゲームの世界に引き込んでいるのだ」。
──米プロレス団体WWEのスーパースターで、YouTubeチャンネル「アップアップダウンダウン(UpUpDownDown)」の共同ホスト、エグゼビア・ウッズ氏
ウッズ氏は、自身のゲームコンテンツが、WWEを熱心に追いかけるには「年を取りすぎた」ものの、いまもWWEブランドに強い愛着を持ち、懐かしさを覚えているファンをいかに惹きつけているかについて語った。この事例は、ゲーマーやeスポーツプレイヤーがコンテンツの垣根を越えるほど、相乗効果が生まれてブランドにメリットがもたらされることを示している。「我々はみな、同じようなオタクなのだ」と、ウッズ氏は冗談めかして語った。
「Spotify(スポティファイ)の月間ユーザー数は3億2000万人だが、その70%が無料版を利用している。彼らはお金を払うことなく、自分の好きな楽曲を聴くために広告付きのプランを選んでいるのだ。一方、いまのクラウドゲーミングサービスに目を向けると、すべてが有料だ。有料のものしかない」。
──ゲーム配信プラットフォームを手がけるプレイヤーウォン(PlayerWON)のプレジデント、デイブ・マデン氏
ゲーム内動画広告をいまより効果的に展開する方法があると話すデイブ・マデン氏によれば、ゲームプラットフォームへのアクセスを拡大することで、民主化効果を生み出せる可能性があるという。そのうえで、Spotifyのモデルを「道しるべ」だと表現し、Spotifyを見れば、このモデルをクラウドゲーミングに適用したときに何が可能になるのかが見えてくると語った。
[原文:Event Recap: Gaming Advertising Forum, marketers enter the metaverse]
IAIN SHAW(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:分島翔平)