AppleのApp Tracking Transparency(ATT)が導入されて2年。このフレームワークはアドテクにとって、完全な毒薬というよりシュレーディンガーの猫に近い。
Appleのプライバシーに関する変更がデジタル広告に多大な影響を与えていることは周知の事実であり、驚くべきことではない。2年前の4月末にATTが導入されて以来、ソーシャルネットワークは何十億ドルもの広告収入を失い、Apple自身の広告事業に大きな利益がもたらされる可能性が生じたと同時に、ユーザーは自分のデータについて異なる考え方を持つ機会を得た。
2021年、iOS 14.5とiPadOS 14.5の機能として、ATTが初めて導入されたとき、ユーザーはアプリによる追跡をオプトアウトする簡単な方法を手に入れ、企業が個人情報を収集、共有、使用する方法をコントロールしやすくなった。しかし同時に、FacebookやGoogleといった難攻不落の巨大企業の弱点も露呈し、サードパーティデータに大きく依存する業界全体が「実存的危機」に直面した。
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「ATTは破滅のシナリオではない」
Appleの変更がアドテクの崩壊を招くという終末論とは裏腹に、アドテクはまだ成長を続けている。インタラクティブ広告協議会(IAB)が4月に発表した2023年のリポートによれば、インターネット広告収入は前年比10.8%増の2097億ドル(約28兆2800億円)だった(その前年の伸び率は35%増)。監査法人PwCと共同で行われたこの年次調査によれば、ソーシャルメディアも前年比で14%成長している。
IABのCEO、デビット・コーエン氏は、「大げさに騒ぎすぎているのではないかと中小企業の経営者に尋ねたら、そんなことはないと答えるだろう」と語る。「これは破滅のシナリオかといえば、それは違う。しかし、業界はまだ阻害されている(中略)35%と10.8%は大きな差だ」 。
ATTを巡り、Appleは新たな監視の目にさらされ続けている。Appleが実施したアプリによる追跡の変更に関連し、フランス当局は独占禁止法違反訴訟を検討していると伝えられている。2022年にはドイツの規制当局が同様の訴訟を起こした。そして4月最終週、EUの規制当局は、新しいデジタルサービス法(Digital Services Act)が適用される19の巨大テクノロジー企業にAppleのApp Storeが含まれることを明らかにした(たとえば、Appleの場合、サードパーティ開発者と同じアプリトラッキング透明性ルールに従わざるを得なくなる)。
ガートナー(Gartner)のアナリスト、エリック・シュミット氏は、Appleが実施した変更は同意のないデータ利用に「まぶしい光」を当てるきっかけになったと述べているが、マッチ率の低下やリターゲティングの弱体化は測定に関する幅広い問題も浮き彫りにしたという。
「競争上、ATTはAppleの見事な腕前を見せたものだった」とシュミット氏は話す。「彼らは自らをコントローラーの立場に置いている。彼らはAppleのデバイスで起きることはAppleのデバイスにとどまるという物語をコントロールしている。彼らはGoogleを守勢に立たせ、タイミングをコントロールしている。なぜなら、彼らは今や物語のつむぎ手であり、いつ次の微調整を行うか、次のパラメータを厳格化するかを決めることができるためだ」。
ATT以前に戻りたいと考えるのは誤り
ATTの影響は、2022年に減速したMeta(メタ)、Google、Snap(スナップ)といった企業の収益にも暗雲を投げ掛けた。また、ネクストドア(Nextdoor)、スポティファイ(Spotify)、グルーポン(Groupon)、カーズ・コム(Cars.com)などの企業は皆、ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)、パブマティック(Pubmatic)、マグナイト(Magnite)、アップラビン(AppLovin)、クリテオ(Criteo)などのアドテク企業とともに、財務情報開示のなかで潜在的な課題に言及している。
Metaの四半期決算発表で、CFOのスーザン・リー氏はATT前の状態に戻りつつあるかという質問に対し、「直接的な影響を軽減するため、着実に前進している」と答えた。一方、財務担当バイスプレジデントのチャド・ヒートン氏は、ビジネスをATT前の状態に戻すというのは「間違った考え方」だと述べた。
「ATTは、私たちを含むすべてのデジタル広告主が活動する新たな世界にすぎないと考えている」とヒートン氏は説明する。「私たちはこの新たな空間にいる。そこで私たちが注力するのは、オンサイトの目的やAIへの投資で広告パフォーマンスを高めることだ」。
多くの企業が回避措置を講じようとしているが、最有力候補の解決策は1年前よりさらに可能性が低くなったように見えるとシュミット氏は述べている。2022年はどの代替IDが優勢になるかという問題だったが、2023年はそもそも代替IDは実現するかという問題になり、「広告主にとっては、実存的な課題に近いもの」となっている。
「マーケターはオープンウェブのプログラマティック予算に疑問を持ち、過去数年にはなかったレベルで予算を精査している」とシュミット氏は補足する。「その予算をより有効活用できる場所はないかと彼らは自問している。それこそがAppleが投げかけた問いだ」。
プラットフォームの開拓が進んだ
技術的な変化によって、広告主はモバイルだけでなくCTV、メール、PCやコンソールのゲームなど、他のタイプの広告を模索するようになったと指摘する者もいる。さらに、シグナルが弱くなったことで、一部の広告主はパフォーマンスマーケティングからブランド主導のメッセージへと移行している。ブランドマーケティングはプライバシーや同意の問題に影響されないと見ている広告主もいれば、測定が難しくなったため、ブランド予算を削減している広告主もいる。
その影響は、Apple自身のiOS広告のインベントリがATT導入前のように埋まらないことにまで及ぶ可能性もある。動画プラットフォームのコナティックス(Connatix)がオーディエンスベースの購入を分析したところ、iOSデバイスがトラフィック全体の64%を占めているにもかかわらず、iOSのトラフィックは広告売上のわずか48%にすぎないことがわかった。一方、Androidデバイスは広告リクエストの36%にすぎないにもかかわらず、広告売上の52%を占めている。
また、ATTの導入以降、iOSでやや回復が見られたという者もいる。インモビ(InMobi)が所有するアップシューマー(Appsumer)のデータによれば、支出に占めるiOSのシェアはATT以前の約50%から、導入直後の数カ月で37%まで低下したが、ここ数カ月で50%に戻している。
コナティックスのクライアントサクセス責任者、ビンダ・パテル氏は、パブリッシャーは広告主よりはるかに影響を意識していると述べた上で、メディアバイイングをエージェンシーに外注している広告主に比べ、社内チームの方がそれを実感していると分析した。
モバイル分析プロバイダーのアップスフライヤー(AppsFlyer)で米国担当プレジデントとGMを兼任するブライアン・クイン氏によれば、ユーザーのオプトイン率は、業界が当初予想していたより高い水準で推移しているという。しかし、全業種の平均オプトイン率は、導入1年後の46%から2年後の45%へと下降線をたどっている。ただ、ショッピングアプリのオプトイン率が82%に達するなど、業種によっては成功例もある。
「モバイル以外のプラットフォームの開拓が進んだのは間違いない」とクイン氏は話す。「これは業界にとって健全な兆候だ。より多くのパブリッシャーがより多くのプラットフォームで、ブランドのユーザー発見やエンゲージメントを支援できるようになり、今後、よりバランスの取れたエコシステムに変化していくためだ」。
ユーザーはアプリの追跡をあまり理解していないが
企業が何をどのように追跡し、ユーザーにどのような価値を提供できるかをどれだけ明確化できるかによって、オプトイン率は変化するという見方もある。たとえば、エアシップ(Airship)によれば、ATTが導入された当初、ATT経由でオープンオプトインするユーザーはわずか18%だった。しかし、エアシップが2022年に実施した調査では、ユーザーが何らかの価値を見いだせば、オープンオプトイン率が倍増する可能性もあることが判明した。
ATT導入から2年がたった今、iOSユーザーは企業と共有するデータについて十分に理解しているかという疑問が残っている。英バース大学経営大学院が4月末に発表した最新調査によれば、43%のユーザーがアプリによる追跡の内容について「よくわからない」と考えており、51%のユーザーがプライバシーやセキュリティについて懸念していると回答した。ただし、ユーザーのプライバシーに対する懸念が、トラッキングを許可しないことにつながっているかどうかの関連性は見いだせなかった。
また、英オックスフォード大学の調査では、ユーザーがオプトインした場合も、一部のiOSアプリがAppleのポリシーの「グレーゾーン」でユーザーを追跡する一方で、データポリシーについて不正確な透明性を提供するアプリもあることがわかった。
この調査に参加したプライバシー研究者のコンラッド・コルニグ教授は、「コントロールに関する議論は、ある意味、わなだ」と言う。「いったい誰がコントロールしているのだろう?」
[原文:Two years into Apple’s ATT, ad-tech still sees growth despite slowdowns]
Marty Swant(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:分島翔平)