マーケター が学ぶべき、社会とつながる人材の育て方:クー・マーケティング・カンパニー 音部大輔氏 、インフォバーン 田中準也氏

DIGIDAY

顧客とつながり続けるために、マーケターが社会課題の解決を意識すべき時代となっている。ひいては、企業という存在が社会とどのように向き合うのか問われていると言えるだろう。

詰まるところ、さまざまな企業でパーパスやミッション・ビジョン・バリューの浸透が課題だ。

およそ12年前、インフォバーン代表取締役会長・小林弘人氏は、その流れを予見するかのように著書「メディア化する企業はなぜ強いのか?」(2011年・技術評論社刊)で、「ユーザーとの信頼を築き、絆を深め、社会に接続された企業となる」と説いた。つまりは、「企業がメディア化する」必要があることを諭している。これは、広い視点で社会課題の解決を目指すためにどのような価値をどのような接点で提供する企業になるのか、という経営戦略にも通じる企業のあり方を、「メディア(媒体)」という概念を用いて表現した言葉だ。

株式会社インフォバーンは、小林氏が説いた「企業のメディア化」をキーワードに掲げ、企業の価値を創出するクリエイティブカンパニーとして、オウンドメディア構築やブランドコミュニケーション支援に取り組んでいる。

「企業のメディア化」の一端を担うべきマーケターのあり方を考える連載シリーズ。企業の存在意義が問われる時代に、「売上やブランディングの成果を追うだけでなく、企業が社会に対して価値を提供し続けるためにどのような視点を持ち行動すべきか」というテーマで、著名マーケターたちとの対話が実現した。

第1弾となる今回は、株式会社クー・マーケティング・カンパニーの音部大輔氏を招き、インフォバーン代表取締役社長 田中準也氏と対談することで、メディア化を進めるうえでの会社と社員のあり方を読み解いていく。

「企業のメディア化」で欠かせないマインド

田中準也氏(以下、田中):インフォバーンは数年前から「対話を生み、価値を作る」をタグラインにしています。「企業のメディア化」、つまり企業が価値によって社会と接続している状態を実現するうえで、なにが求められているかを考えたとき、一方向に情報を伝えるだけでなく、「コ・クリエーション(共創)」のスタンスが必要だといえます。インフォバーンはユーザー同士が、ときには社員同士がコ・クリエーションする際のファシリテーションの役割も担えるようになりたいと思っており、タグラインにはそんな想いを込めました。

一方で、これを実現するはずの企業の情報発信のあり方、とくにオウンドメディアのあり方は以前からあまり進化していないように感じます。製品・サービスのコミュニケーション手法として、オウンドメディアなどを通じて発信するコンテンツマーケティングは確かに広まっていますし、インフォバーンも多くのブランドに対してコンテンツマーケティングの支援を行っています。

しかし、その上位にあるべき「企業のメディア化」の概念が抜けてしまっていると感じます。この状態で記事を制作したり、メタバースに進出したりするなどしても、極端にいえば無意味ではないでしょうか。音部さんの言葉を借りれば、ブランドとは「意味」であり、消費者に対してどのような価値を提案・提供するかがもっとも重要で、それが本来の「目的」です。伝えるべき意味が決まって、実現するための「手段」にお金と人を投資する。さらに、これを経営のトップが強力に推進するのが理想だと考えます。

田中準也/1990年クレディセゾン入社。その後ジェイアール東日本企画、電通、トランスコスモス、メトロアドエージェンシー、電通レイザーフィッシュを経て、2015年インフォバーン入社。2017年に取締役に就任したのち、2021年より現職。2022年に書籍『ガンダムでわかる現代ビジネス Gundam Meets Business』(共著)を上梓。一般社団法人マーケターキャリア協会・代表理事、公益社団法人デジタルマーケティング研究機構・幹事、Advertising Week Asia・アドバイザリーカウンシル、産業能率大学・兼任教員など、マーケティング領域において多方面で活躍中。

音部大輔氏(以下、音部): なるほど。そうした視点でいうと、昔、あるプロジェクトでクライアントからこんなことを言われたことがあります。

「今度の新商品はテレビで」。

これは典型的な手段ありきの話になってしまっている例です。本来は、誰にどのような価値を提供したいかという大前提があって、それを実現するうえで適切なチャネルを考え、情報を流すべきでしょう。

たとえば、肉好きな友人がいたとします。年末においしいお肉を楽しんでもらおうと、「お歳暮にローストビーフを贈ろう」と考え、クール宅急便で配達したとしましょう。これは、肉好きな友人という「ターゲット消費者」に、おいしい年末を楽しんでもらうという「パーセプション」を実現するために起こした行動です。つまり、ローストビーフという「コンテンツ」を、クール宅急便という「メディア(手段)」で届けたといえます。

先ほどのテレビCMをやります、と最初から決まっている案件は、「今年の年末はクール宅急便を使います。それでは、誰になにを贈ろうか考えましょう」というように、お歳暮について考えてしまうのと同じことです。

誰にどのようなコンテンツを届けるか。これを考え抜くことが大事です。社会において企業がどうありたいのか、つまりパーパスを起点にブランドが生まれるわけです。そして、誰になにを届けるのか考えたうえで、企業やブランドの意味が正しく伝わるチャネルを選ぶべきです。

また、経営のトップが推進するのはもちろん大事ですが、経営者自身がブランドの主要構成要素になりすぎてはいけません。ブランドは人の任期や寿命よりも長いものです。

田中:そうですね。企業が社会と接続した状態であり続けるためには、手段にとらわれるのではなく、目的を踏まえてあらゆるチャネルで価値共創の可能性を模索することが求められていると思います。

社員が会社を自分ごと化し、メディアとなる

音部:企業のメディア化を考えるとき、「メディアとしての社員」を忘れるべきではありません。企業が社員に対して提供できるものが、労働の対価としての給与だけである場合と、それ以外にも高い動機、つまりその会社で働くことで得られる満足やベネフィットを提示できる場合では、社員の働き方や考え方も異なります。

自社で働く意義をきちんと提示できれば社員はがんばりたいと思えますし、社会における自社のブランド価値を上げていきたいとも感じるでしょう。

音部大輔/株式会社クー・マーケティング・カンパニー 代表取締役。17年間の日米P&Gを経て、ダノンやユニリーバ、資生堂などでマーケティング担当副社長やCMOとしてブランド回復を主導。2018年より独立し、現職。家電、化粧品、輸送機器、放送局、電力、広告会社、D2C、ネットサービス、BtoBなど国内外の多様なクライアントのマーケティング組織強化やブランド戦略立案を支援。博士(経営学 神戸大学)。 著書に『なぜ「戦略」で差がつくのか。』(宣伝会議)、『マーケティングプロフェッショナルの視点』(日経BP)、『The Art of Marketing マーケティングの技法 – パーセプションフロー・モデル全解説』(宣伝会議、日本マーケティング学会「日本マーケティング本大賞」で2022年の大賞受賞)などがある。

田中:まさにそうですね。とくに、受託サービスを提供する(インフォバーンのような)企業は人こそが財産です。自分の最大の役割は社員をエンパワーメントすることであり、社員自身が会社を「自分ごと化」できるようにすることです。

そのためにも、企業の存在理由、つまり企業のパーパスと個人のパーパスが合っているかが重要ですが、音部さんはプロジェクトのチームビルディングをする際に気を付けていたことはありますか?

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企業やブランドのために働く先に、なりたい自分がある

音部:着任すると、まず各メンバーと1on1をしていました。将来どうなりたいのか、そのキャリアビジョンを実現するために、いまのアサイメントを通してどのようなプロジェクトを経験し、どのようなスキルを獲得すべきかリストアップしてもらいます。そのうえで、わたしが手伝うことのできるスキルや経験を示しつつ、メンバーそれぞれが仕事を通して自己実現に向かえるよう促します。

企業やブランドのために働く先に、なりたい自分がある。メンバーにそう思ってもらえれば素敵です。

田中:企業やブランドを自分ごと化してもらうための取り組みですね。ほかになにか意識していらっしゃることはありますか?

音部:自社や自ブランドの担当であることをあらためて認識する機会があると、ブランドの活動が自分ごと化しやすいように思います。「田中さん」と呼ばれるよりも、「インフォバーンの社長さん」と呼ばれると、インフォバーンの社長という自我が意識されます。こうした機会を用意することで、必然的に自社や自ブランドの自分ごと化を促すことができそうです。

人は多くの自我をもっています。たとえば、夫であり、妻であり、父であり、母であり、あるいは子。また、課長であり、部長の部下であり、担当者の上司であり、マーケティング部門の人であり、会社の社員なんですね。趣味や学校や地域のコミュニティにおいても、それぞれに自我がありそうです。

田中:企業やブランドを背負っていると外部の方から言われると、その社員のエンゲージメントは高まりますね。

他人の存在を意識できると、自分ごと化がより深まる感覚はよく理解できます。インフォバーンでも、営業的ポジションの社員はこれが顕著です。会社の看板を背負って、クライアントをはじめ外部のステークホルダーとやり取りすることで、自社のことを自分ごと化できていますね。

企業やブランドを「自分ごと化」させるマネジメント

音部:仰るとおり、営業は企業への帰属を自分ごと化しやすい職種かもしれません。また人事や工場の生産現場の方々も、自分たちがいないと企業が成り立たないという存在理由が明確なので、部門や部署の役割などを自分ごと化しやすいですね。

ただマーケティングは、存在理由が曖昧なことがあるんですよね。もしマーケティング部門が明日からなくなってしまったら、なにが困るのか自明ではない組織もあります。だからこそ、社員が企業やブランドを自分ごと化してもらうために工夫が必要だと感じています。

存在理由が明確になると、おのずとスキルセットも明示しやすくなるので、安定した育成ができるようになります。また、先ほどの話にも通じますが、マーケティング部門のビジョンやミッション、あるいは存在理由や役割などを掲げ、部門の内外に提示するのは一手です。マーケティングの大義が明示されると、育成にも士気にも影響は大きいものです。

田中:自ら企業やブランドをよくしようと前向きな社員が増えたらイノベーションにつながるでしょうし、社員は輝き出します。そうすると社員がメディアになり、企業が社会との接点を持つうえで重要な役割を果たすと感じます。

そのためにもパーパスに基づいて社会と接続し続けることが重要といえます。この状態になっていたら、社員がすでにメディアとなって、社会との接点になっているのかもしれませんね。

音部:まさに「企業のメディア化」が実現するというわけです。

ただあくまで大事なのは、企業がパーパスを体現することであり、そのために社員を輝かせるということです。先ほどもお伝えしましたが、この目的と手段を取り違えてはいけません。

また、企業は今まで以上に「目的を上手く発見する力」が必要だと思います。よく「課題発見力」が大事だなどと言われますが、目的が明確になれば現状との差が課題となりますから、発見は簡単です。自社の課題を明確に言えない場合は、そもそもどうなりたいのかという目的が曖昧なケースが多いでしょう。まず目的を示すというのは、企業のメディア化を実現する際にも重要なテーマかもしれません。

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Written by DIGIDAY Brand STUDIO(山田雄一朗)
Photo by 渡部幸和

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