ナイキが昨年買収したWeb3デザインスタジオのRTFKT(アーティファクト)は、12月5日にマイアミで開催されたアート・バーゼル(Art Basel)で、現実世界における初の「スマート」スニーカー、ナイキ x RTFKTクリプトキックス(Nike x RTFKT Cryptokicks)をローンチした。同社は、バーチャルスニーカーとコレクター向けNFTを専門としている。
しかしこのローンチでは、RTFKTのアプローチとNFTホルダーの期待にまつわる多くの問題が露呈した。そのなかには、同社では海外への配送ができないことや、別のNFTプロジェクトに関する顧客の混乱を招いたこと、実物のスニーカーに対して予想外のコストが発生したことなどがある。こうした問題によって同社のモノリス(MNLTH)NFTは、フロアプライスが1eth(1232ドル、約16万7000円)に下落した。この結果は、NFTホルダーの利益をブランドはどのように管理したらよいかを学ぶ機会となる。まず重要なのは、コミュニティとのコミュニケーション、世界中からの参加の保証、ロードマップの明確化である。
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この種の取り組みは、ナイキのNFTが初めてではない。レベッカ・ミンコフ(Rebecca Minkoff)やバルマン(Balmain)などのブランドも、昨年、実験的にNFTプロジェクトを行っている。以下では、この分野の専門家による、クリプトキックスの製品の説明、そのドロップをめぐる反発、そして今回のアクティベーションから得られる重要な教訓を紹介する。RTFKTからはコメントを得られなかった。
クリプトキックスとは何か?
RTFKTのクリプトキックスは4色展開の革新的な現実のシューズだ。2019年にナイキが発表した機能である自動レーシングを搭載している。また、この実物のシューズには、ライトアップや触覚フィードバック、ジェスチャーコントロール、歩行検出、「Move to Earn(動いて稼ぐ)」メカニズム、アプリ接続、機械学習アルゴリズム、RTFKTパワーデック(RTFKT Powerdeck)によるワイヤレス充電も備わっている。
このスニーカーは1万9000ユニットのみとなる。RTFKTがフォージングイベント(Forging Event)と呼ぶプロセスで、物理的な対応物と引き換えることができるデジタル・コレクティブルとして販売された。
スニーカーの機能は、RTFKTの専用のiRLアプリでアンロックされる。スニーカーの所有者は、靴底の中にある物理的なチップであるRTFKTワールドマージングNFC(World Merging NFC)を介して、デジタルの対応物を使って実際のスニーカーを立証することができる。同ブランドは、ユーザーが「Move to Earn」メカニズムを活用して、コミュニティの仲間やクリプトキックスの所有者と関わることができるような現実世界におけるクエストのローンチを示唆している。
今回のドロップの何が悪かったのか?
クリプトキックスのローンチは、4月に正式にローンチしたRTFKTのモノリスNFTとつながっていた。NFTでは典型的なことだが、モノリスNFTの購入者は独占的なアクセスと特権を約束されていた。
モノリスNFTの販売へのアクセスは、2月に以前のRTFKT NFTプロジェクトのホルダーに最初にエアドロップされたため、モノリスのホルダーは当然ながらクリプトキックスへの最初のアクセスを受ける特権が得られるはずだ、と多くの人が推測した。だが、そうはならなかったことで、RTFKTはNFTホルダーからTwitter上で猛烈な反発を受けることとなった。
さらに、RTFKTのNFTホルダーのほとんどは、スニーカーを正規の値段で購入しなければならなかった。オリジナルのモノリスNFTのイテレーションであるモノリス2のホルダーのみが、500ドル(約6万7800円)のシューズに対する150ドル(約2万円)の割引を受け取った。最初のモノリスNFTの販売価格は3万ドル(約406万円)だったため、ほとんどの人がスニーカーに代金を支払うことを予想していなかった。
また、全世界で入手できるかどうかという点も不満の種となった。実際のシューズは米国外では入手できない。RTFKTはこの問題に対処するため、いったん米国の私書箱に発送するというサービスを通じて、ヨーロッパの顧客が米国からヨーロッパへの流通を確保できるようにしている。
クリエイティブ成長加速企業ヒュージ(Huge)のプランニング・バイスプレジデント、グラント・フラナリー氏は、ボアード・エイプ・ヨット・クラブ(Bored Ape Yacht Club)やガッター・キャット・ギャング(Gutter Cat Gang)、RTFKTといったブランドのNFTを100点ほど所有している。彼はモノリス2のNFTを購入した。
「今回のローンチでコミュニティがもっとも苛立ったのは、シューズがアメリカでしか買えないということが事前に伝わっていなかったことだ。さらに私自身も含めて一部の人々は、大金を投資したのに、実際に何かを得るにはもっと金を払わなければならないと言われ、もともとのNFT購入が役に立たなかった」と、ニューヨークを拠点とするフラナリー氏は述べた。「最初から製品が米国向けのみだと明確にしていれば、このような事態はすべて避けられたはずだ。ただ付け加えるなら、先方は迅速に対応し、コミュニケーションをとって話を聞き、24時間以内にコミュニティが望むものを得られるようすぐに変更を加えている」。
フラナリー氏は、NFTホルダーは何よりも正直である点を評価すると述べた。「(NFTの購入には)リスクがあり、市場は投機に左右されるとみなわかっている。だからほとんどの所有者は、自分自身で正しい判断ができるように、情報は事前につかんでおきたいと思っている。ブランドが第一に考えるべきは、その分野におけるビジョンとパーパスだ。保有者は頻繁にアップデートされること、価値が引き出されるのではなく、価値が与えられることを期待している」。
償還期間、つまりクリプトキックスのNFTを物理的なスニーカーに交換できる期間は、当初12月19日までとされていた。顧客からのフィードバックやTwitter上で期間があまりにも短すぎるという批判を受け、期限は5月1日に変更された。
また、モノリスのホルダーからは、シューズを一般が入手できる件に関しても不満の声が上がった。ホルダーらは限定製品だと考えていたのだが、12月7日から9日にかけて、残ったシューズの一般抽選が行われたのだ。さらに、ラグジュアリーブランドとの小規模なNFTのコラボレーションやドロップが増加していることに対し、モノリスのようなメインプロジェクトの価値が薄れていると批判するユーザーもいた。
結局、こうした複雑な要因がそのNFTの価値を下げることとなった。モノリスのNFTの価値は、12月4日以降、2.8eth(3450ドル、約46万7000円)から1eth(1232ドル、約16万7000円)へと下落している。クリプトキックスの1ペアの鋳造にアクセスできる別のRTFKT X ナイキトリリウムレースエンジン(RTFKT X Nike Trillium Lace Engine)のNFTの価値も、12月4日以降、1.6eth(1971ドル、約26万7000円)から0.2eth(246ドル、約3万3300円)に落ち込んでいる。
どうすればこの事態を緩和できたか?
レベッカ・ミンコフ氏の考えでは、NFTを活用するブランドにとって非常に重要なのがNFTプロジェクト・マネージャーの存在である。ミンコフ氏は、ブランドの代わりに体験を管理してもらうためにNFTのマーケットプレイスであるマヴィオン(Mavion)と連携している。「マヴィオンと非常にタイトに特典プランを管理しており、マヴィオンは2023年9月までの当社のNFTのローンチに対する特典とタイムラインを統制している」とミンコフ氏は述べた。
ファッションデザイナーのチャーリー・コーエン氏のRSTLSS(レストレス)のようなWeb3ブランドにとって、継続的な投資と長期的な計画は不可欠だ。「2021年から2022年にかけてのNFTのプロジェクトやjpegのナラティブは過去のものとして、これからはNFTの基礎となる技術をブランドのビジョンに忠実な形で利用できる方法を考える必要がある」とコーエン氏は話す。「所有権、収集品、チケット、アクセス、現物の確認と追跡、相互運用性など、この技術はそのためにある。そして、ブランドはまだ上っ面をほんの少し学んだだけにすぎない」。
メタバース戦略会社ジャーニー(Journey)の共同創業者でチーフメタバースオフィサーのキャシー・ハックル氏は、ブランドがNFTを利用して、コミュニティに対してものを言うのではなく、コミュニティとともに対話をすることも重要だと述べている。「2023年にあなたのブランドから何を見たいのかを探り、何が価値あるものなのかを尋ねるのだ」と彼女は言う。「すべての人を満足させることはできないが、大抵の場合、コミュニティはどのような形で自分たちを優先してもらいたいかを教えてくれる。既存のコミュニティと、自社のエコシステムにさらに取り込みたいコミュニティに対し、ブランドはどのように価値を提供しているのか、自問自答すべきだ」。
ブランド戦略家であり、Web3の教育者でもあるアン=リース・プレム氏は、この分野でファッション関連のプロジェクトをリードしてきた30点のNFTを所有している。「ブランドが顧客と一緒に未来へ旅することができる、非常に稀な機会なのだ」と彼女は言う。「教育者として、またNFTホルダーとして、NFTコミュニティだけの驚きやエンターテインメント、特別な機会を引き続き求めている」。
ブランドはNFTを利用して、共創、トークンゲーテッドアクセス、無限の創造性といった新しいコンセプトをテストすべきだと、プレム氏は考えている。「ブランドは、自分たちのDNAにオーセンティックで忠実であるべきで、失敗したときには正直になるべきだ。この分野は非常に新しく、物事がいつでもうまくいくとは限らない」と彼女は言う。「もしブランドがいま動いて、今後数年間の賢いロードマップを持つようにすれば、アーリーアダプターと関わり、形成されつつある文化の一端を担う独自の機会をうまく利用することができるだろう」。
[原文:Lessons from RTFKT’s Cryptokicks drop: How brands can manage NFT holder expectations]
ZOFIA ZWIEGLINSKA(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)