マーケティング界の人たちにとって、混乱の時代が続いている。
景気後退の可能性が何度も取り沙汰されるなかで、大手広告持株会社が依然としてバラ色の見通しを示す一方、ブランドマーケターは(コストや人員を)削減すべきかどうか頭を悩ませている。だが、ニューヨークで10月17日~20日の日程で開催されたAdvertising Weekで、こうした経済の話はごく一部でしか取り上げられなかった。マーケターと消費者の両方にとって、極めて重要なトピックであるにもかかわらずだ。
いずれの企業も景気後退に四苦八苦
経済に関するデータは、中小企業と大企業で相反するものとなっている。メタ(Meta)が10月初めに発表した中小企業に対する四半期アンケート調査結果(調査が行われたのは7月)によれば、米国ではおよそ19%の企業が今も休業中だ。
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また、営業している企業でも、過去半年間に雇用を増やしたのは18%にとどまり、66%の企業は雇用を控えていた。依然として大きな懸念となっているのはインフレだ。2万2000人の回答者のうち、74%が過去半年間でコストが増えたと述べ、60%が商品やサービスの価格を引き上げたと答えている。
「しかも、この結果は(メタの)プラットフォームにおける広告支出やパフォーマンスの状況とも一致しており、実際同じような話を耳にしている。企業はホリデーシーズンに向けた準備に四苦八苦しており、そうした状況が変わる兆しはない」と、メタでグローバルビジネスマーケティング担当バイスプレジデントを務めるミッシェル・クライン氏は述べている。
「イノベーションは危機のなかから生まれる」
Advertising Weekのパネルディスカッションで、クライン氏は過去1世紀に登場したさまざまな大手ブランド──マテル(Mattel)、トレーダー・ジョーズ(Trader Joe’s)、マイクロソフト(Microsoft)、アドビ(Adobe)、エレクトロニック・アーツ(Electronic Arts)、ウーバー(Uber)など──が、いずれも不況期に起業したことに触れていた(同氏が聴衆に、これらの企業のうち何社が不況期に起業したのか尋ねたうえで、すべての企業がそうだと答えたところ、一部の聴衆から驚きの声が上がっていた)。
「今は混乱期だ。半年以上前から、世界経済は最悪の状況だといわれ続けている」とクライン氏は述べ、次のように続けた。「雇用市場は安定しているようだが、マーケティング界の人たちは、自分が真っ先に切られることを心配している。(中略)最も重要なことは、イノベーションはあらゆる危機のなかから生まれるということだ」。
ウェーブメーカー(Wavemaker)が9月に行った調査によれば、消費者心理は1月から16%低下しており、信頼感は2008年の不況時よりさらに低下している。また、使えるお金の減少を受けて、消費者が自分の好みではないブランドにシフトする動きさえすでに起こっていることを、同社のデータは示している。同時に、消費者は購入する消費財(CPG)製品を、トップブランドのものからプライベートブランドのものにシフトしているという。
「これは1年や1年半の出来事ではない。消費者のシフトは続いており、他のブランドへのシフトはもっと長い時間をかけて続くだろう」と、ウェーブメーカーで最高戦略責任者を務めるデニス・ポトグラベン氏は述べている。
同氏によれば、消費者は潜在的な不況が前回より長引くことを懸念しているという。したがって、企業にとって必要なのは、売上よりも収益性を取り戻すことに向けた長期計画を立てることだ。
今なにをしようとしているのか考える
デル(Dell)も、長期的な計画を最優先事項としている。同社でデータサイエンスおよび分析担当ディレクターを務めるザイド・ナシール氏によれば、消費者は商品の購入に二の足を踏みながらも、将来的な購入について検討しているのだという。
そのため、リーチやフリークエンシーといったマーケティングの主要指標も重要だが、経済がより逼迫するなかで測定対象の変更が必要になっていると、ナシール氏は話す。たとえば、インプレッションやエンゲージメントの値より金銭的な成果を優先すれば、マーケティングの成果を社内でアピールするときの筋書き作りに役立つはずだ。
「我々は今、エンゲージメントの観点から分析するだけでなく、数値化する必要がある。このエンゲージメントがもたらしてくれているものは何なのか。実際に何かをもたらしてくれているのか。将来何かをもたらしてくれるのか、といったことだ」と、ナシール氏は語った。
マスターカード(Mastercard)が9月に収集したオンラインデータと実店舗のデータによれば、小売店での消費支出は、パンデミック前の水準と比べても堅調だった。しかし、貯蓄が高い水準にあるとはいえ、増えていた家計の現金が「枯渇し始める可能性がある」と、同社で統合マーケティングおよびコミュニケーション担当エグゼクティブバイスプレジデントを務めるラスト・ダストーア氏は考えている。第4四半期から翌年にかけて、「今見られている状況よりも真実に近い姿」が見られ始めるかもしれないと、同氏は語った。
もしマスターカードが予想しているような購買力の低下が起これば、小売店はターゲットを絞った取り組みやセグメンテーションの改善を通じて、より少ない人数でより効果を上げられるようにし、顧客の獲得より顧客ロイヤルティと顧客維持を優先するようになると、ダストーア氏は予測している。
「マーケティングと予算を関連付けるときは、いつもうんざりする」と、ダストーア氏はいう。「お金より重要なのは創意工夫だ。金銭的に厳しいときには、創意工夫をより一層進めなければならない。したがって、私が来年にかけてチームに求めているのは、予算のことを日夜心配するのではなく、今あるお金で何をしようとしているのかを考えることだ」。
「過去の成功に甘んじていてはチャンスを逃す」
エージェンシーやテレビ広告の幹部も、このような変化を目にしているようだ。広告エージェンシーのイニシアティブ(Initiative)でCEOを務めるステイシー・デリソ氏は、重要なのは「撤退するよりお金をどのように使うかだ」と話す。
フォックス(Fox)で広告販売担当プレジデントを務めるマリアンヌ・ガンベリ氏は、広告主が長期的なコミットメントよりも航空券販売のような活動をするようになっていると指摘した(そのうえで同氏は、企業を取り巻く状況が「この時期にさらに悪化する可能性があるが、実際にはわからない」と述べている)。
「我々はいわばデータの兆候を見ているわけだが、より説明責任を果たし、より効率的にコストをシフトすることを考えている人たちもいる」と、ガンベリ氏は述べ、「ホリデーシーズンを前にして、あらゆる人があらゆることを評価している今の状況は、実に奇妙だと思う」と語った。
米国のビジネス系人気リアリティ番組「シャークタンク(Shark Tank)」のスターであるケビン・オレアリー氏も、実験的な取り組みを勧めている。著名な投資家でもある同氏は、投資先の企業に対し、四半期ごとにマーケティング予算の3分の1を実験に費やすよう話しているという(同氏は米DIGIDAYが10月に行ったインタビューで、起業家がデジタル広告を理解することは極めて重要であり、理解していない企業には投資しないと述べていた)。
「過去の成功に甘んじて意味のないことをいつまでも繰り返していたら、チャンスを逃すことになる。その間に、競争相手は何か他のことに取り組むようになるだろう」と、オレアリー氏は言う。「だから、新しいことを試してほしい。なぜなら、創造的カオスのなかで見つけた素晴らしいアイデアは、前から取り組んでいてすぐに利益を得られなくなるようなことより、はるかに価値が高いからだ」。
[原文:As economic uncertainty continues, marketers are watching consumer behavior, looking to experiment]
Marty Swant(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:分島翔平)