ウォルマートはボノボス売却:「安全確実な D2C 買収」を望む企業たち

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小売業者は、過去5年間に買収したD2C新興企業のいくつかを売却しようとする動きを強めており、これはエグジットを探しているブランドにとって問題となる恐れがある。

ウォルマート(Walmart)は4月初め、2017年に買収した男性向け衣料品の新興企業であるボノボス(Bonobos)を、ブランド管理会社のWHPグローバル(WHP Global)とエクスプレス(Express)に売却すると発表した。ウォルマートは2017年に、3億1000万ドル(約419億円)という巨額でボノボスを買収した。しかし、その5年後、大手小売業者である同社は、この新興企業をわずか7500万ドル(約101億円)で手放した。また同月下旬には、ルルレモン(Lululemon)が2020年に買収した自宅用フィットネスの新興企業であるミラー(Mirror)の売却を検討していることを示す報道がいくつも出てきた。

こうした動きを総合して見ると、大手小売業者が、特定の新興企業を自社のポートフォリオに加えることが有意義かどうかを評価する際の基準が、今までとは異なったものになってきたことがわかる。投資家や投資金融業者が語ったところによると、戦略的買収企業は現在、従来よりもはるかに収益性を重視している。またこれらの企業は、新しい層にリーチするのに役立つことに加えて、その小売業者のコアコンピテンシーと明確に適合するようなブランドを獲得しようとしている。すなわち、小売業者は獲得した新興企業を効率的に拡大する方法、たとえば、そのブランドがより多くの小売店に出店するのを支援したり、サプライチェーンを改善する方法などについて、極めて明確な道筋を見出したいと考えている。

「戦略的買収企業は、投資対象について、はるかに注意深く、慎重になってきていると思う」と、会計・給与管理ソフトウェア開発企業のザ・セージ・グループ(The Sage Group)でマネージングディレクターを務めるアーラシュ・ファリン氏は私に語った。

従来のプレイブック

2010年代半ばには、いくつかのD2Cのサクセスストーリーがあった。ユニリーバ(Unilever)は2016年、ひげ剃りのサブスクリプションブランドであるダラーシェーブクラブ(Dollar Shave Club)を10億ドル(約1350億円)で買収した。1年後には、それに続くように、ウォルマートがボノボスを買収した。

どちらの事例でも、これらの巨大複合企業は、完全にオンラインで新しいブランドを構築・拡大する方法を学ぶために、ダラーシェーブクラブやボノボスを買収したということが明らかだった。

「ダラーシェーブクラブは、消費者とデータに関する独自のインサイトを有しているのに加えて、D2C分野でのカテゴリーリーダーでもある。当社はユニリーバのグローバルな強さを活かし、ダラーシェーブクラブが提供するサービスとリーチの点で潜在的な能力を最大限に発揮できるよう支援する予定だ」と、ユニリーバ北米(Unilever North America)の当時のプレジデントだったキース・クライショフ氏は当時語っていた

一方、ウォルマートがボノボスを買収したのは、このブランドにアクセスすることだけが目的ではなかった。大手小売業者である同社は、ボノボス創業者のアンディ・ダン氏がウォルマートで新しいデジタルネイティブのブランド立ち上げと拡大を担当すると、当時説明していた。

「収益性」が課題に

しかし、ダラーシェーブクラブとボノボスはいずれも、収益性の問題に苦しむことになった。「ダラーシェーブクラブは、期待されたような結果を達成できなかった。D2Cチャネルの経済は変化した」と、ユニリーバの報道室は2022年に声明でビジネスインサイダー(Business Insider)に語った。ユニリーバの経営陣は、ダラーシェーブクラブをかみそり以外のカテゴリーに拡大することが予想以上に困難だったと語った。ユニリーバは今でもダラーシェーブクラブを保有しているが、創業者のマイクル・デュビン氏は2021年、CPG(消費者向けパッケージ商品)複合企業であるユニリーバを離れた。

これに対してボノボスは、2019年の時点でも収益性に転じておらず、テクノロジー系ニュースサイトのリコード(Recode)は当時、ウォルマートがこれまでの数年間に獲得してきたモドクロス(Modcloth)やエロクイ(Eloquii)などのデジタルネイティブなブランドの多くの売却することを検討していると報じた。エロクイについては、ウォルマートが4月に売却した。ウォルマートの経営陣は当時、これらのデジタルネイティブなブランドから、新商品の立ち上げやオンラインで拡大する方法を学べると考えていた。

しかし、ウォルマートは最終的に、店舗とオンラインの両方でウォルマートのリーチを活用できる新しいブランドを拡大するほうが効率的であることを見出した。ダン氏は、ウォルマートが新たに立ち上げた高級マットレスブランド「オールズウェル(Allswell)」が別のウェブサイトを通じて販売することに貢献した。しかし現在、オールズウェルはまだ別のウェブページを保有しているものの、ウォルマートのメインサイトでも販売されている。

新しいカテゴリーへの参入

また、戦略的にD2Cブランドを買収して全く新しいカテゴリーに参入したケースもある。ルルレモンがミラーを買収した事例がこれに当てはまる。ルルレモンは、アパレル小売業者である同社が保有していた膨大な数の店舗でミラーの商品を販売することにより、ミラーの売上を伸ばすことに期待していた。しかし、ミラーの商品は価格が高すぎることもあり、広い層に受け入れられるのは困難だった。ルルレモンがミラーを保有しているあいだ、同社はこの家庭向けフィットネス機器の価格を1495ドル(約20万2000円)から995ドル(約13万4000円)に引き下げた。

ファリン氏は、2010年代初頭と比べて現在変化したのは、ジュエリーからフットウェアまでさまざまなカテゴリーにおいて、かつてないほど多くのD2C新興企業が競合していることだと語る。「ブランド同士の違いや、ロイヤルティの高いブランドがどれなのか、わからなくなっている」と、同氏は述べている。

そのため、買収を行う企業は、ブランドへのロイヤルティを判定するため、NPS(ネットプロモータースコア)、リピート購入率の高さ、LTV(顧客生涯価値)曲線が右上がりであることなどをますます厳しく精査するようになってきていると、同氏は述べる。さらに、これらの企業は、最初の注文での収益性などの指標を重視する傾向も強まってきている。

「安全確実な買収」を望む企業

消費者成長イクイティ企業であるアリア・グロース・パートナーズ(Aria Growth Partners)のパートナーであるジャッキー・ダンクラウ氏は、戦略的買収企業のあいだでは現在、「これ以上大きなリスクは負いたくない、安全確実な買収を行いたい」という意識があると感じていると語っている。

つまりこれは、戦略的買収企業は、大手ブランドがサプライチェーンや国際的な小売流通などの分野で既存の知識を活用して、ブランドを拡大できるような買収を望んでいるということを意味する。

ダンクラウ氏は、戦略的買収企業はオンラインでの販売の方法を学ぶためだけに新興企業を買収することを求めなくなっているが、一方で、大手小売業者は、若い層の消費者がどのようにしてソーシャルメディアで新商品を見つけるのか、どうすれば特定のブランドを信奉するようになるのかといったことを理解するため、新興企業に目を向けていると感じていると語る。

同氏は次のように述べている。「そのような部分が、戦略的買収企業がD2Cに惹かれる理由だと感じている。その上で、『これは自社の中核的事業の能力にとって有意義か』といったことを考えなければならない」。

新しいケーススタディ

大手小売業者が何を探しているのかを理解したいブランド向けに、いくつかの新しいサクセスストーリーがある。ヴィクトリアズ・シークレット(Victoria’s Secret)は昨秋、デジタルネイティブなランジェリーの新興企業であるアドアミー(Adore Me)を4億ドル(約540億円)で買収した。ほぼ同時期にCPG複合企業のチャーチ・アンド・ドワイト(Church & Dwight)は、アリアグロースが投資していたヒーローコスメティクス(Hero Cosmetics)を6億3000万ドル(約851億円)で買収した。

どちらの例でも、大手ブランドがこれらの新興企業に注目した理由の一部はユニット経済だ。ヒーローは買収された時点の12カ月のEBITDA(利払い、税引き、減価償却前の利益)が4000万ドル(約54億円)で、EBITDAの利幅は40%だった。一方、アドアミーは、2018年以来黒字を計上しているという。ヴィクトリアズ・シークレットはプレスリリースにおいて、ランジェリー大手である同社にとってアドアミーが魅力的な買収ターゲットになった特長として、アドアミーの120万人のアクティブな顧客、自宅で試着できるオプション、サブスクリプションのサービスを挙げ、称賛した

また、ヒーローとアドアミーの商品は、チャーチ・アンド・ドワイトやヴィクトリアズ・シークレットがすでに販売していたものと大きく異なるものではなかった。チャーチ・アンド・ドワイトはニキビ用のパッチを販売していなかったが、ヒーローを既存のヘア&スキン専門部門のポートフォリオに含めると同社は語った。これに対してアドアミーは、ヴィクトリアズ・シークレットがますます強くリーチを求めているZ世代の顧客に人気があることが証明された。

チャーチ・アンド・ドワイトは、ヒーローの買収を発表したしたプレスリリースで、CPG複合企業である同社がすでに保有している「米国の小売業者との関係や国際的なフットプリント」を活用し、ヒーローの限られた流通を拡大することに重点を置くと述べた。一方、ヴィクトリアズ・シークレットの主眼は「アドアミーの技術とテクノロジーを活用して、ヴィクトリアズ・シークレットとピンク(PINK)の顧客ショッピング体験を改善し、ヴィクトリアズ・シークレット・アンド・コーポレーション(VS&Co)のデジタルプラットフォームの現代化を加速する」ことだった。

このようなサクセスストーリーはあるものの、D2C新興企業が現在取り組まなくてはならないもうひとつの大きな問題は、経済が悪化した場合に戦略的買収企業の意欲がどのように変化するかということだ。

ダンクラウ氏は次のように述べている。「人々は、多くの契約やM&A(合併吸収)が起きることを期待していない。買収や資金投下を行わなければならないという雰囲気ではない。買収企業はひたすら辛抱強く、自社に適切なブランドを見極めようとしている」。

[原文:DTC Briefing: How strategic acquirers have changed their views on digitally-native startups]

Anna Hensel(翻訳:ジェスコーポレーション、編集:戸田美子)
Image via Bonobos/Mirror

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