ロビン・フッド(Robin Hood)といった新興企業やアーク・インベスト(Ark Invest)のキャシー・ウッド氏といった破天荒な投資家に惹かれているような若い人たちを、自社の商品やサービスに引き込むことに苦労しているレガシー金融会社があることを考えると、数カ月前にメタバースへ手を出したばかりの大手投資信託会社のフィデリティ(Fidelity)が、「若者ウケ」する企業という立ち位置を確立しているのは驚きがある。
だが果たして、その努力を正当化するに足る関心を集めているのか? その答えはメタバースをどう定義するかで変わってくる。マーケティングの未来に対する賢い賭けと捉えるのか、あるいは一般消費者の心をいまだ捕らえていない黎明期のテクノロジーに傾倒し過ぎるマーケターの一例と見るのか。
少ないが価値あるユーザーの集団
フィデリティは、メタバースプロジェトであるディセントラランド(Decentraland)内に「フィデリティ・スタック(Fidelity Stack)」を構築した。これは極めて若い資本家らが投資の裏と表について学ぶ一助となる、教育的ゲーミング体験だと、同社は話す。
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「フィデリティ・スタックは、次世代の投資家が独自のゲーム体験を楽しみながら、金融知識を身につけることが目的だ」と、フィデリティのマーケティングチャネルズ&エマージングプラットフォームズ部門トップ、キャスリン・コンドン氏は説明する。「2021年だけで、35歳未満の投資家がフィデリティに開いた口座数は380万を超える。つまり、TikTok、Reddit(レディット)、そして今回のメタバースなど、彼らがすでに足を踏み入れているスペースでこうした若年層と出会うことが、弊社にとって非常に重要であることを意味している」。
ディセントラランドは潜在的ミレニアル世代にとって、そしてまだかもしれないが、間もなく加わるZ世代投資家にとって、相応しい呼称に思われる。「ディセントラランドは我々が探し求めていた柔軟性を提供してくれた。つまり、体験を構築し、この特定のイニシアチブに関する目標を効果的に実現することができる」と、ハバス・メディア・グループのソーシャル、コンテンツ&インフルエンサー部門シニアVPマット・ダン氏は話す。
メタバースの一部のスペースは、潜在的顧客で溢れているわけではないが、それでも適切な顧客が存在している可能性があると、ダン氏は気がついたという。「ディセントラランドやザ・サンドボックス(The Sandbox)といったプラットフォームの場合、そこに携わっている集団の規模は小さい。ところが、そうした集団は我々にとって理想的である傾向が強い。彼らはきわめて若く、ある程度の財力がある。つまり、そうしたオーディエンスへのリーチには多くの利点がある」。
コストをかけて「土地」を得る意味は
コストについては、クライアント、エージェンシーともにあえて口にしようとしない。しかし、メタバース環境における「不動産」を確保するには、インフラコストと合わせて数十万ドル(約1300万円)、あるいは数百万ドル(約1億3000万円)もの費用がかかる場合もある。
「不動産投資エコシステムは間違いなく存在し、いま急速に洗練されつつある。メタバースは現実の世界と同じように存在している」と言うのは、インテグレーテッドクリエイティブショップ、アンカーワールドワイド(Anchor Worldwide)のファウンディングパートナー、デイヴ・グロス氏だ。グロス氏はメタバース体験を自身のクライアントにも勧めている。「ショッピングモールやカジノも建てられている。投資額は大きい――数百万ドル(約1億3000万円)に上る。ただ、そこに需要があるとは思わない――買収側にはあるが、利用する側に必ずしもあるとは言えない」。
フィデリティはここ最近もメタバースへ足を踏み入れているが、今回の取り組みは(いまのところ)ある程度恒久的な「土地確保」が目的だと思われる。ゲーム化された要素は、若い投資家がより多くの情報を効率的に吸収するための手段だ。ダン氏の説明によれば、ディセントラランドの訪問者はフィデリティ・スタックのマルチフロア環境を移動し、その過程でさまざまなアイテムを集めながら、同時にETF(上場信託投資:株として取り引きされる新たな形の投資信託)をはじめ、さまざまな金融ツールについても学んでいく。
エージェンシー、メッシュ(Mesh)のプリンシパルでデジタルストラテジー部門ディレクターのダニエル・ケディンガー氏は、メタバースおいてはどんなフォーマットを選ぶかで結果は大きく異なるため、最初はシンプルなものほどいいだろうと指摘する。「完全なバーチャルブランド体験に飛び込む前に、AR体験で得られるものは間違いなく多い」とケディンガー氏。「大多数の消費者はすでにAR対応デバイスをポケットに忍ばせているため、より早く導入することができるだろう」。
20年前のインターネット議論
とはいえ、依然として大きな疑問は残る。人々の目にメタバースはどう映っているのか? そして、どんな答えであれ、「成功」の基準はそれによって決まる。
実際、ダン氏が指摘するように、メタバースに関する現在の議論は1990年代半ば、マーケターおよび消費者がしていたインターネットを巡るそれによく似ている。米大手TV局NBCの番組で繰り広げられた、いまではすっかりおなじみとなった議論を見て欲しい。
もう何も言う必要はないだろう。
[原文:Why Fidelity is hiking metaverse position in bid for young investors who may, or may not, be there]
Michael Bürgi(翻訳:SI Japan、編集:黒田千聖)