多くの人にとって、パンデミックがもたらした明るい兆しのひとつは、在宅勤務へのシフトが進んだことだ。交通渋滞に巻き込まれたり、長時間のドライブを余儀なくされたり、混雑した(しかも遅れることが多い)電車に揺られたりするといった日々の苦行に終止符が打たれたのだ。労働者は突然、1日のうちの数時間を取り戻し、生産性を高められるようになった。
そして、こうした変化が、引退を遅らせる定年退職者を生み出している。
英国国家統計局が2020年6月~7月に行った調査によると、50歳以上で完全に在宅勤務をしている人の11%が、退職時期を予定より遅らせたという。パンデミックの最中も出勤を余儀なくされた人では、この割合は5%だった。また、2021年4月~5月に自宅で仕事をした50~69歳の労働者の3分の1が、在宅勤務によってウェルビーイングが向上し、ワークライフバランスが改善し、気を散らされることが減り、仕事を早く終えられるようになったと報告している。
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米国でも状況は似たようなものだ。ブルームバーグ(Bloomberg)が1月に報じたところによれば、米国では今回のパンデミックをきっかけに、高齢者が就労期間を延長する傾向が強まっているという。彼らの多くは、その理由として長時間通勤が不要になった点を挙げていた。米労働統計局によると、米国で65歳を過ぎても仕事をしている人は、1980年代には10人に1人いるかいないかだったが、今ではおよそ5人に1人となっている。
「人々が自分の時間をよりコントロールできるようにすることが、在宅勤務を実施するうえでもっとも重要なことだ」と、ペンシルベニア大学ウォートンスクールの経営学教授で、ヒューマンリソースセンターのディレクターも務めるピーター・カペリ氏は指摘する。「(企業が)人々の時間をよりコントロールしようとすることが、多くの人の退職理由となっている。だが、ほとんどの人は、何らかの形で仕事を続けたいと思っているのだ」。
フレキシブルな働き方の可能性
在宅勤務の実施は、柔軟な働き方の可能性を多くの人に気づかせる役目を果たしている。また、多くの高齢者にとって、長く働き続けるための手段にもなっている。「健康上の理由で通勤やオフィス環境への適応が難しくなったために、仕事を辞める人もいる。また、毎日多くの時間を電車のなかで過ごすのはもうごめんだと考える人もいる。在宅勤務は、そのような懸念なしに仕事を続ける機会を提供するものだ」と、英国の投資サービス会社ハーグリーブス・ランズダウン(Hargreaves Lansdown)でパーソナルファイナンスアナリストを務めるサラ・コールズ氏はいう。
仕事を長く続ければ、意義や目的を感じたり、社会とのつながりを得たりするなど、収入以外のさまざまなメリットも得られる。英国の慈善団体センター・フォー・エイジング・ベター(Centre for Ageing Better)でコミュニケーション、インフルエンスおよびエビデンス担当ディレクターを務めるルイーズ・アンサリ氏は、この点について次のように述べている。「我々の調査によれば、高齢の労働者は、人と関わることができ、知的刺激に富み、柔軟性のある仕事を非常に高く評価することがわかっている。また、充実した仕事に就くことで、自尊心や自信を高めることができる。雇用主があらゆる年齢に配慮している場合は、とくにその傾向が高い」。
さらに、フレキシブルな働き方をすることで、フルタイムで働いていた人がスムーズにリタイア生活に移行できるようになる。まるで崖から落ちるような落差を感じることなく、変化に適応できるようになるのだ。「勤務形態を柔軟にすればするほど、高齢者がより長く労働市場にとどまれるようになることが、パンデミックで明らかになった。重要なのは、ハイブリッドな働き方と柔軟な働き方の両方を可能にする枠組みの確立だ」と、貯蓄保険や退職金保険を手がけるフェニックス・グループ・ホールディングス(Phoenix Group Holdings)のグループCEOを務めるアンディ・ブリッグス氏は話す(同氏は、英国政府から高齢者の就労支援役に任命されている)。
退職の先延ばしは、個人の経済面から見ても重要な検討事項だ。「(先延ばしによって)リタイア後のお金を貯める期間が長くなる。現役時代に十分な蓄えができていない人にとっては、これが生命線になることもありうる」と、コールズ氏は語った。
ブリッグス氏によれば、英国の平均的な男性労働者が65歳ではなく55歳で退職すると、約28万ポンド(約4200万円)の雇用収入が失われ、個人年金が55%も減少する可能性があるという。
また、企業の側にも、退職の先延ばしによって得られるメリットがある。それは、経験豊富な労働者が持つ重要なスキルや知識を引き続き活用できることだ。「英国で、50歳以上の人々が生産年齢人口の30%を占め、もっとも急増している年代となっているのは、疑いようのない事実だ」と、ブリッグス氏は指摘する。「雇用主は、できるだけ大きな人材プールを活用したいと考えるものだ。そう思わないビジネスリーダーなど、私は知らない。したがって、50歳以上の人々を採用したり引き留めたりすることは、ビジネス面で理にかなっている」。
もちろん「デメリット」もある
ただし、熟練した年配の従業員を確保しようとする企業は、柔軟性を高める必要がある。「多くの、いやおそらくほとんどの雇用主は、柔軟性をまったく欠いている。彼らはまるで、パートタイムで働きたいという至極真っ当な要望に応えるよりも、優秀な人材を失うことを望んでいるようだ」と、英国と米国にオフィスを構え、退職金制度を専門に手がけるプロ・ビジョン・ライフスタイル(Pro-Vision Lifestyles)の創設者マイク・ミドルトン氏はいう。「残念なことに、ほとんどの従業員はこのことに気づいている。自宅でパートタイムで働きたいなどと上司に相談して、仕事から外されるのを恐れているのだ」。
だが、従業員の側も油断は禁物だ。「在宅勤務の選択肢を理由に退職を遅らせる決断をした人は、自分のスキルを常に最新の状態にしておかなければならない」と、ブリッグス氏は警告する。「(ハイブリッドな働き方や柔軟な勤務形態は)これからも続くはずであり、従業員と雇用者は協力して、その可能性を探っていくべきだ」と、同氏は語った。
[原文:‘Giving people more control’: Rise in flexible working is enabling older workers to defer retirement]
NICOLA SMITH(翻訳:佐藤 卓/ガリレオ、編集:長田真)