先日ご報告した滝本弁護士との裁判では、「三女派」なるものが存在するのかどうかと、「三女派」の定義が問題となりました。
滝本弁護士が、裁判の原因となった上申書で「オウム集団は、三女派などを含め、広く社会的にも監視されていくべきもの」「山田らの集団も(中略)三女派というべき」と三女派を監視すべきだと上申書に書いていたからです。
わたしは、「三女派」とは、派閥などのように、わたしが指導する、あるいは関与している組織なり集団なりを意味する印象を受けると訴えました。
この点、滝本護士は、「三女派」の意味について、まず
原告に同調し、あるいは原告の指揮や影響を受けているもの
と主張していました。
しかし、その後、その意味を大きく変遷させていきます。
三女と主義・主張を同じくする、あるいは三女を指導者として仰いでいる者の集団
と変え、とうとう陳述書では、
「三女派」というのは、現実的に原告三女が差配しているかどうかは関係なく、原告三女の宗教的権威なり『霊性』なりを認める人たち、また広くは原告・三女の書籍や講演会などを契機に原告・三女のファンのようになり、その言うところに関心を持ち、同人に従っていきそうな予備軍を含めて指す
と書いてきました。
滝本弁護士が陳述書に書いていた「三女派」の定義に従うと、わたしの言動に関心を持ちファンのようになると、「三女派」の一員だということになります。
辞書によると、「予備軍」とは「そうなる可能性のある者の集団」だそうです。「そうなるかもしれない」ということであれば、「あなたは三女派です」とされてしまいます。
「従っていきそう」であれば、実際に従わなくても「三女派」になります。
わたしのブログを読んで下さっている皆さまも、わたしの言動に関心を持って下さっているので、三女派ということになります。
――ちょっと待って下さい。
わたしの書籍や講演に関心を持ったら、みんな「三女派」?
書籍を読み、「元気出して下さい」「応援しています」と励ましてくださった方も、みんな「三女派」だと、滝本弁護士は考えておられるということでしょうか。
わたしは、滝本弁護士の主張する「三女派」という言葉の意味は、上記に述べたことと上申書の記載内容からすれば、日本語の定義を大きく外れていると感じています。 これに対し裁判所は、
「三女派」との表現は、原告がオウム真理教を事実上承継した団体の中で指導的な立場にあることまで示すものではない
と認定し、わたし(原告)個人に対する名誉毀損は成立しない、としました。
皆さまは、オウム集団の「三女派」という言葉に、どのような印象を持たれますか?