目指してたどり着いたのか、それとも偶然たどり着いたのか。
2013年にコロンビア沖で撮影されたザトウクジラが、9年後、専門家もびっくりするくらい遠く離れた場所でまた撮影されました。
国際研究チームは、これまで記録された中で最長距離を回遊したザトウクジラの個体を特定しました。Royal Society Open Scienceに掲載された研究結果で詳細が報告されています。今回の発見は、ザトウクジラの複雑な行動や、記録的な距離を回遊することになった環境要因について、新たな視点を提供しています。
回遊距離、過去最長
Macuáticos Colombia Foundationの科学者をはじめとする研究チームによると、ザトウクジラは生体のオスで、2013年7月10日にコロンビア沖で初めて撮影されました。それから9年後の2022年8月22日、アフリカ東部のタンザニアとザンジバルを隔てるザンジバル海峡で同じ個体が撮影されたといいます。
コロンビア沖からザンジバル海峡までは、大圏距離で13,046kmも離れています。研究論文の共同執筆者であるTanzania Cetaceans ProgramのEkaterina Kalashnikova氏は、これはザトウクジラの移動距離として史上最長である可能性が高いとBBCの取材に答えています。
大圏距離とは、球面上における2点間の最短距離ですが、研究チームは「この個体の正確な回遊ルートは不明です」と論文に記しています。実際、ザトウクジラが最短距離を泳いだ可能性は低く、おそらくははるかに長い距離を移動したと考えられます。
世界で最も長い距離を回遊することで知られているザトウクジラですが、この距離はあり得ないレベルとのこと。研究によると、ザトウクジラは南北方向(経度方向)の回遊パターンを繰り返す傾向があり、通常は寒冷な餌場と温暖な繁殖地を行き来します。
しかし、このクジラは三つの海を東西(緯度方向)に横断しているんです。つまり、繁殖地を変えたことになります。ちなみに、太平洋からインド洋に繁殖地を変えた初めてのザトウクジラなのだとか。過去にもう一頭だけ、メスのザトウクジラがブラジルからマダガスカルまで9,800kmの大横断をしたそうです。
その目的とは?
研究チームは論文で
「ここまでの長距離移動は特異な例であると思われ、何が要因なのかという疑問が生じます。繁殖に関連している可能性もありますが、必ずしもそれに限定されるわけではありません」
と述べています。つまり、この個体は繁殖のためだけに三大洋をまたぐ旅に出た可能性も、なきにしもあらずということ。
研究チームは「この普通ではない生息地探しの背景には、地球規模の気候変動や、環境条件と事象の変化が考えられます」と述べ、南大洋におけるクジラのエサであるオキアミの分布の変動も関係している可能性があると付け加えています。
また、ザトウクジラの個体数増加によって、繁殖パートナー探しや資源をめぐる競争が激化したことで、通常の回遊ルートから離れた場所でエサや繁殖地を求めるようになったのではないかと推測しています。
研究チームは、「ザトウクジラの行動生態学に関する現在のデータは限られているため、繁殖地を変えた正確な原因や原動力は推測するしかありません」と認めつつも、この記録的な回遊はザトウクジラの行動の柔軟性を示すものであり、それが環境変化への適応を助けている可能性や、そのような圧力に対して進化しようとする様子を反映している可能性があると付け加えています。
市民科学のパワー
研究者たちは、ホエールウォッチャーがクジラの目撃写真をアップロードできるHappywhaleというウェブサイトにあった写真のおかげで、今回のザトウクジラによる記録破りの旅を特定できました。同サイトでは、自動画像認識ソフトウエアを使用して、尾びれの独特なパターンからクジラを識別しているといいます。市民科学者と科学者のコラボで明らかになったザトウクジラの知られていなかった生態。市民もまた、科学を進歩させているんですよね。
この研究は、複雑な海洋生物の驚くような行動に光を当て、最終的にはザトウクジラと海洋生態系に関する新たな知見をもたらすかもしれません。