「TSMCが来た町」で壮絶な光景を見た

ご存知ですか? 熊本県の菊陽町(きくようまち)。

世界的な半導体メーカーTSMC(Taiwan Semiconductor Manufacturing Company Limited)の工場が来た町です。TSMCといえばApple(アップル)のiPhoneのチップを作っているサプライヤーでもあり、半導体は僕らの文明には必要不可欠となっている存在。

この地名・企業名を聞くだけで「ああ、半導体バブルの…」みたいなイメージが浮いてくる人もいらっしゃるかも。実は僕も「TSMCのおかげで急発展しているらしいぞ」くらいの印象でした。

半導体が町の様相すら変えている。

ともなれば、この“TSMCが来た町”を自分の足で確かめておかねばと思い、今回菊陽町へと乗り込みました。町が一気に様変わりする瞬間に立ち会えるのは、今だけかもしれませんからね!

ただ今回の取材は、僕の解釈。あくまでも僕が見て思ったことですからね? オーケー?

…そのうえで言っておくと、行く前と行った後で感情が変わってしまい、自分でもよくわからない複雑な感情を抱えてしまったのです。その、感じたことを正直に伝えていこうと思います。

そして、早々ですが、先ほど軽く触れた「いきなり半導体バブルの町」的なイメージを正させてください。

この菊陽町には賢く戦略的な発展の歴史があり、TSMCが来たからといって突如町が変わったわけではなかったのです。追って説明します。

僕の良く知っている町と、知らない都市が混じり合う異次元

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Photo: かみやまたくみ

菊陽町へは熊本市から内陸へと車で40分、もしくは阿蘇くまもと空港から10分。

片側2車線の道路沿いには、車のディーラーやスーパー、広大な駐車場を備えたイオンモールなどが建ち並び、飲食店も多く点在していました。その景観は、典型的な田舎の大きなバイパス沿いの町という印象ですね。

あれ? 見たことあるぞこんな町並み。と、なんだか既視感。ぶっちゃけこの景観って僕の地元(群馬県)とあまり変わりないんですよね。本当によくある発展した地方都市といった感じ。

ところがどっこい。

線路を超えて10分ほど車で走ると、木々や畑が広がる「山沿いの農地」の風景に変わります。そうかと思えば、見渡す限り巨大な工場が立ち並ぶ「工場地帯」へ。ジェットコースターのように一気に様相が変わったのです。

その中でも、特に一段と白く巨大な工場が…

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Photo: かみやまたくみ

JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)

TSMCが過半数を出資(ソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社と株式会社デンソーが少数株主として参画)したTSMC日本初の半導体工場。ここでは22/28nmプロセスと12/16nmプロセスの半導体チップを生産しているそうな。

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Photo: かみやまたくみ

そして、デカいとは思っていましたが、実際に見るとまぁ想像を絶するデカさでして…。

わかりにくいかもしれませんが、写真右の木の奥に並んでいるゴマ粒みたいなのが車です。Jasmロゴの「J」だけでも車より大きそうで、ちょっと引きました。この規模は恐ろしいな…と。

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Photo: かみやまたくみ

そして恐ろしさついでに言うと、森と農地、道路と工場が入り混じる異形な光景なんですよこれが

バカでかいJASM工場の道を挟んだ隣の農地では、軽トラで乗り付けたおじいさんが畑を耕しているんです。この道路の右と左で時間軸が違うの? くらいの非現実さ。何なのこの異次元感…。

道を見るだけで飛び込んでくるTSMCバブル

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Photo: かみやまたくみ

そして、生活の様相の変化がダイレクトに感じられたのが周辺の「道」です。

退勤時間になると、バス、しかも観光バスを貸し切って臨時に走っていると思われるバスが、次々と工場に入っては人を乗せては去っていきます。

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Photo: かみやまたくみ

そもそも道は信号待ちの車で渋滞気味。

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Photo: かみやまたくみ

さらに、工場をでてすぐの交差点では、病院、不動産、人材派遣、ホテル、マンション、さまざまなライフライン系の業種の看板が、JASM工場から出てくる人々を迎え撃ちます

道沿いにある最寄りコンビニでは時給1,000円でのアルバイト急募の張り紙も(熊本県の最低賃金は898円。熊本駅前のコンビニですらアルバイトの求人は950円でした)。

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Photo: かみやまたくみ

影響は工場付近のみならず。

隣接する大津町では、ベッドタウン化が進行していて、巨大なマンション群がぽこじゃか生えておりますし、工場地区の頂きにある熊本県立技術短期大学校には、今年4月から定員20名の「半導体技術科」が新設されるといった掲示物を発見。

この周辺に住めるだけでも未来は明るい感じがするのに、この学科に入れれば半導体業界へのルートも作れてさらに将来安定? …だったりするんですかね? だとしたらいいな…(心の声)。

といったように、目に飛び込んでくるものすべてにバブル感を感じられて、「いや〜…そうかー…いや〜…」と。ここだけ経済発展の次元が違いすぎて、本当に「いやいやいや…」しか声にならないのです

大きな勘違い。この町はTSMCで突如バブルになったのではなかった

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Photo: かみやまたくみ
菊陽町には新しめの戸建てや集合住宅が目立ちました

この町のことをさらに深く調べていくうちに、発展に至る理由も知ることができました。

僕、てっきりTSMC(JASM)の工場が来て、いきなりバブル!

とか思ってたんですけど、菊陽町にテクノロジー企業の工場が立地するのは、TSMCが初めてではないのです。

町史によると、1983年に東京エレクトロンの創業を皮切りに、1984年には「熊本テクノポリス計画」の母都市に指定され、農業の町と平行してテクノロジー産業の誘致が図られていたのだと分かりました。さらに、2001年からはソニーの工場(現ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング。イメージセンサーや半導体レーザーなどを作っています)が稼働を開始

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Photo: かみやまたくみ
ソニーの新工場かTSMCの第二工場か。近くには工事事業者用と思われるプレハブの仮設住宅がニョキニョキ立っていました

この地域には他にもさまざまなテクノロジー企業の工場が立ち並んだ、「セミコンテクノパーク」と呼ばれる工業団地を形成しています。JASMの工場はそこに新たに建設されたというわけなんですね。

つまり、TSMCが来た今に始まったバブルではなく、「半導体工場による発展」はむしろそれ以前から

大きなバイパスが通り、空港へも高速道路へも近い。という立地的にも好条件なこの町は、戦略的にそして野心的に発展の基盤を築いてきたのです。

じゃあなぜ今、「TSMC」がここまで騒がれるのか?

というと、やはり「半導体」という現代の生活に置いて必要不可欠で重要なパーツ。そして、外資による工場だというところかもしれません。実際僕だってそう思ってどうなんだろう? と取材に来たわけですしね。

発展の裏にある実態を見せつけられて言葉を失った

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セミコンテクノパーク付近にあったレンタカーの看板(一部、モザイク加工しています) Photo: かみやまたくみ

へぇ〜…。日本て「元」使えたんだぁ…。

JASM工場を後にする車中で見つけたのが、中国の「元」と「ドル(香港ドルかも)」の両替レートを示すレンタカー会社の広告看板。

それまでは「すげぇ発展だなぁ!」と栄えていく様相に心からワクワクしていたんですけど、この

「元」です!「ドル」です!

看板を見た瞬間から、「エグいわ…エグいのを見ちゃったな、僕ら…」と、僕と編集部かみやまと2人してホテルに帰るまでひたすらエグエグ言ってました。発展を支える資本の源流がどこにあるのか? を考えさせられちゃった。

でもまぁ、実際台湾からの技術者の長期出張もたくさんあるはずなので、そうした人々に向けてのサービス、事業が整備されるってのは当たり前だとは思うんですけどね。

なぜこうも見たようで、こうもちがうんだろう?

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Photo: かみやまたくみ
TSMCの工場がある「セミコンテクノパーク」の入口。交通量が非常に多いです

昨今の日本は「貧しくなった」って言われています。

実際僕もそう感じて小さく慎ましく暮らしているんですけど、この菊陽町とその周辺地区は聞くに違わず「バブル」の様相を呈していました。

なんというか、SFの設定とかでよくある「●●を経なかった現代」みたいなifルート

経済成長にブレーキがかからなかった別の次元の日本・菊陽町。みたいなファンタジーみすら感じましたね。

資本がどうこうとはおいておいて、単純に経済成長という面を見ても、勢いがある様子を肌で感じることができて、ちょっとした異世界観光を楽しめました。

同時に「なぜ僕の地元にはTSMCが来ないんだろう?」と、行き先のないジェラシーさえも…。

いやほんと、この町の発展ぶりを見せつけられると、病院や交通インフラなど、暮らしの便利さが格段に違うことは想像に難くありません。その暮らしを想像すると、ストレートに言えば羨ましくてたまりません。TSMCこっちにも来てぇ…。

数年後にまた来たら、また驚きがあるかも菊陽町

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Photo: かみやまたくみ
今はまだ畑。これも次きたときには何か建ってるのだろうか…

こうして件の菊陽町をはじめ、半導体工場を中心とした発展を見つめた今回の取材。

半導体来た! いきなり強キャラになった!…ではなく、昔よりの誘致と戦略と研鑽によって半導体テクノロジーで発展を続けていた町。という事実が判明したのが面白かったですね。でも、今TSMCによって経済的急成長が巻き起こっているというのもまた事実なのだと感じています。

資本の流れのエグみにショックを受けるところもありましたけど、急速な変化が訪れている、もっとも脂が乗ったタイミングで取材に来られたのは本当に良かったなぁ。

あと気になるのは、「この町の未来の姿」ですね!

ほんと、5年も経てばさらにガラッと町並み変わってそうなくらいの勢いなんですよ。それこそ、「あの時こうだったのに今はこうなの!?」といった、ノスタルビックリがカジュアルに乱打されそうなワクワクがたまんない

というわけで、僕の将来やるべき仕事リストに「数年後にまた熊本に赴く」が刻み込まれた取材でした。

その時はまた「なぜ地元とこうも…エグッ…エグッ…」とか打ちのめされるかもしれませんけど、その覚悟も込みでいつかまた旅をしたいな。このTSMCが来た町へ。

Source: JASM, 菊陽町, 熊本県立技術短期大学校, ソニーセミコンダクタマニュファクチャリング

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