広告主はいま再び、ブランドとインフルエンサーの関係に注目している。そして、ブランドとの取引に責任を負うのは誰なのか、上手くことが運ばなかったときに結果責任を負うのは誰なのか、といった点に疑問を投げかけている。
この動きは、最近ファストファッションの巨大ブランドであるシーイン(Shein)が多様なクリエイター数名を中国にある同社工場へのツアーに招いたことに始まる。おそらくそれは、同ブランドの評判に対する人々の信頼を取り戻すための策だったのだろう。シーインのブランド評価をめぐっては劣悪な労働条件や環境への悪影響が問題視されていたからだ(掲載に間に合うようにコメントを求めたが、シーインからの回答はなかった)。
だが、この動きは裏目に出て、同社とインフルエンサーの両方を世間の反発にさらすこととなった。TikTokユーザーたちは、シーインの衣類を購入する代わりに件の視察旅行のパロディ動画を投稿し、ツアーに参加したインフルエンサーたちが怪しげなブランド契約にサインしたと非難している。
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インフルエンサーマーケティングの変曲点
今回の騒動でエージェンシーの幹部たちは、ブランドイメージの回復にクリエイターやインフルエンサーを使うことのメリットを疑問視するようになった。そして事態収束後もインフルエンサーマーケティング業界に波及効果があるのか、それはどのような影響なのかに、引き続き注目が集まっている。
「シーインが費用を負担して行ったインフルエンサーツアーに対する批判は正当なものだ。そこに倫理上の疑問があることに加えて、キャンペーンの進め方が下手だったせいでもある」と、グローバルインフルエンサーエージェンシーであるビリオンダラーボーイ(Billion Dollar Boy)のCEOで創設者でもあるエド・イースト氏は、eメールのなかで述べている。「キャンペーン全体が不純な印象を与え、ブランドの悪評を一掃しようという目的が透けて見えた」という。
ほとんどの場合、消費者はインフルエンサーを信用している。実際、データ測定企業のニールセン(Nielsen)が発表した2021年広告信頼度調査によると、消費者の71%がインフルエンサーによる広告、オピニオン、プロダクトプレイスメントを信じると答えている。だが、いまは消費者もかつてないほどに情報に精通しており、インフルエンサーが広告費を受け取って商品を販売するような嘘くさいパートナーシップなど嘲笑の対象だ。
「おそらく、シーインの失敗は業界にとっての変曲点になるだろう。クリエイターやインフルエンサーは自身のブランドやパブリックペルソナ(公的人格)について、より真剣に考えるべきときが来ているのかもしれない」と、クリエイティブエージェンシーでもあるエムダッシュ(The Em Dash Co.)の創設者でクリエイティブ責任者であるジェイド・パウエル氏は言う。
「企業の価値観主導で意思決定を行うというブランドの新たな波はよく話題にのぼるが、これは米リテール大手のターゲット(Target)やナイキ(Nike)のような大企業にのみ当てはまることではない」と同氏は言う。「意図的に築かれたブランドなのかどうかにはかかわらず、インフルエンサーやクリエイターを含めた、ブランドを持つすべての人に言えることだ」。
多様なインフルエンサーの活用も裏目に
イースト氏からみれば、シーインの失策はよくも悪くも業界にインパクトを及ぼすものだという。インフルエンサーマーケティングという業界全体としてのパーセプションを損ないかねなく、また業界としてブランドとの取引基準を更新せざるを得ない状況にもなりかねない。
インフルエンサー招待ツアーが裏目に出てしまったブランドは、シーインが初めてではない。2023年6月、コスメブランドのタルト(Tarte Cosmetics)は、同社のクリエイタープログラムが多様性に欠けていると指摘されたことを受け、インフルエンサープログラムを徹底的に見直す計画を発表した。
イースト氏は、「これによってインフルエンサー招待ツアーなどという時代遅れの手法には終止符が打たれる方向に進むかもしれない。旅費全額負担の豪華な旅行など、もはや現代のオーディエンスにはそぐわない」とし、「昨今の厳しい経済情勢に配慮しない、無神経なやり方だ」と非難する。
「複数のソーシャルメディアユーザーが、シーインの問題ではプラスサイズのクリエイターや有色人種のクリエイターなど、これまで排除されてきたバックグラウンドを持つクリエイターをいかに利用したかということを指摘している。こうしたクリエイターはこれまでにもソーシャルメディアプラットフォームやブランドとの関係について公に表明しており、ほかのクリエイターと比較しての給与格差や機会の少なさについて言及することも多い」とエージェンシー関係者たちは話している。一方で、「とはいえ、ブランドとの契約を逃すことは、彼らにとってはもっと厳しいことなのだろう」と同情する。
「社会的な疎外から、躊躇が生まれる」と、インフルエンサーエージェンシーであるビレッジマーケティング(Village Marketing)の創設者、ビッキー・シーガー氏は言う。「とくにタレントエージェントのコミュニティとして、我々は自らの声を上げることにためらいがある人達を確実に守っていく必要がある」。
場当たり的という欠点
「理論的には、ブランド、インフルエンサー、そしてそのマネージャーやエージェンシーパートナーは、公平性と説明責任を確保するために同じ立場に立つべきだ」と、エージェンシー幹部たちは言う。なにしろインフルエンサーマーケティングは大きなビジネスであり、統計調査プラットフォームを提供するスタティスタ(Statista)の報告によれば、2023年の評価額は過去最高の211億ドル(約3兆円)なのだ。
現状、多くのエージェンシーやブランドがこの業界に投資しており、この傾向はすぐには衰退しないだろう。DIGIDAYの最新のリサーチによると、少なくとも69%のエージェンシー関係者が、わずかでもマーケティング予算をインフルエンサーに投入していると回答している。この割合は、2022年第3四半期に79%へと上昇し、2023年の第1四半期には76%と横ばいで推移していた。
だが、往々にしてインフルエンサーマーケティングの取り組みは連携を欠き、「計画的に進める戦略ではなく、場当たり的な思い付きになることが多い」と、インフルエンサーマーケティングエージェンシーであるスウェイグループ(Sway Group)のCEO、ダニエル・ワイリー氏は話す。
同氏はさらに、「本当に複雑なものを、一度切りの使い捨て戦略のようにぞんざいに扱えば、大混乱が生じる」と付け加えた。
信頼の構築が必要不可欠
怪しげなインフルエンサーパートナーシップで世間の怒りを買っているのは、シーインやタルトだけではない。2023年初めには、バドライト(Bud Light)が、トランスジェンダーのインフルエンサーであるディラン・マルヴェイニー氏とのパートナーシップに起因する反発に直面した。さらにさかのぼれば、ケンダル・ジェンナー氏とコラボしたペプシ(Pepsi)や、音楽祭のファイアフェスティバルに関わったインフルエンサーたちの件も考えてほしい。
クリエイター産業やインフルエンサーマーケティング業界が成長するにつれ、ごく初期の段階から関係者全員について、とくに政治がらみの問題に関わる部分の検証プロセスの実施を考える必要がある。「政治色の濃い問題や慎重を期すべき政治的なトピックについて話すのであれば、自身がそこに関わり言葉を述べることの重みをきちんと理解しておく必要がある」とシーガー氏は言う。
「インフルエンサーマーケティングが、マス広告のように消費者に期待されるものになるには、信頼の構築が必要不可欠だ」と、マーケティングサービスを提供するロージーラブズ(Rosie Labs)でコンテンツおよびコミュニケーション戦略担当バイスプレジデントを務めるデアナ・グラッフェオ氏は述べ、「ブランドが信頼獲得を望むにせよ、インフルエンサーが自身とオーディエンスとの信頼関係維持を期待するにせよ、真正性と透明性が極めて重要だ」と言い添えた。
[原文:What Shein’s misstep means for the influencer marketing industry]
Kimeko McCoy(翻訳:SI Japan、編集:島田涼平)