新規購入客が変革をもたらしている 高級時計市場 【ラグジュアリーブリーフィング】

DIGIDAY

Glossy+ ラグジュアリーブリーフィングを紹介する。これは、成功を推進するためのグローバルラグジュアリーブランドの戦略を解き明かすメンバー向けの最新記事である。その第一歩として、ラグジュアリーの現状と未来についてのレポートを5つのパートに分け、5週間にわたって掲載する。各記事ではファッション・美容業界のラグジュアリーカテゴリーに焦点を当てて、ラグジュアリーマーケティング担当者、創業者、投資家、アナリストからなるフォーカスグループの洞察を取り上げる。また、サックス(Saks)と協力して、サックスのラグジュアリー消費者のパネルから独自の洞察をまとめた。第2週は時計とジュエリーにフォーカスして、ホディンキー(Hodinkee)、アヴィ・アンド・カンパニー(Avi & Co.)、ベゼル(Bezel)などのブランド幹部からの洞察をお届けする。Danny Parisi, senior fashion reporter, Glossy

ラグジュアリー時計の新しい購入者層

伝説的なスイスの時計ブランド、パテック フィリップ(Patek Philippe)に、「パテック フィリップを本当に所有することは決してない。単に次の世代のためにその世話をするだけだ」という有名なマーケティングスローガンがある。

この言葉が、パテックだけではなく高級時計市場全体にとっていまほど当てはまるときはないだろう。過去3年間で高級時計の売上は大幅に増えており、世界市場は2027年までに320億ドル(約4.3兆円)の価値があると予想されている。若者や女性、そして20世紀の大部分において時計市場の最大の2市場だった米国とヨーロッパ以外の消費者を含む新規の消費者層がその市場を率いている。

ロサンゼルス拠点の創業2年の中古高級時計マーケットプレイス、ベゼルの最近のデータはこうした傾向を如実に示している。昨年、高級時計の売上は前月比で約75%増加した。ベゼルの購入者の約60%はミレニアル世代かZ世代であり、女性購入者は前月比で50%増加しているという。ベゼルは、ロレックス(Rolex)、オーデマ ピゲ(Audemars Piguet)、パテック フィリップ、IWCなどの主要ブランドをすべて取り扱っており、1000ドル(約13.6万円)から25万ドル(約3393万円)を超える製品を販売している。

「当社の顧客の多くは初めての購入者だ」と述べているのは、ベゼルの共同創業者兼CEO、クエイド・ウォーカー氏だ。「そのため、当社は顧客がいつでも担当者に問い合わせられるように努めている。高級時計は多くの人にとって記念すべき購入だ」。

スイス時計産業連盟(Swiss Watch Industry)によると、2020年の高級時計市場の売上高は小売業に広く影響を与えた新型コロナウイルスの影響を受け13%減少したものの、急速に回復している。スイス時計の世界向け輸出額は2022年だけで270億ドル(約3.7兆円)を超え、過去最高に達した。ベイン(Bain)の4月の調査によると、時計などの贅沢品に対するZ世代の支出は現在から2030年までに高齢層の3倍のペースで増加する可能性があるという。

ブリン・ウォルナー氏は、女性用時計に特化したインスタグラムアカウントとメディアブランドのダイムピース(Dimepiece)を運営しており、(インスタグラムには)4万人以上のフォロワーがいる。同氏は、主要な高級時計ブランドは伝統的に若者や女性のニーズに対応していないと語っている。スイスの時計は通常、米国やヨーロッパの年配の裕福な男性が所有しているものだった。

ウォルナー氏は次のように述べている。「時計ブランドの広告に共感したことはまったくなかった。これまでブランドは女性用時計を妻へ贈ることができると男性に対して売り込んでいた。女性や若者が心から惹かれるようなものはなかった」。

高級時計業界に新たなオーディエンスを取り込む最前線にいるのは、ベゼル、リストチェック(Wristcheck)、ザ・リアルリアル(The RealReal)といった再販業者や、ダイムピースやホディンキーなどの時計ブログなどブランド以外の組織だとウォルナー氏は述べている。彼女は、ダイムピースで取り上げられた時計を見たとか、ベラ・ハディッド氏のようなセレブリティが目立つ時計を身に着けているのを見て、初めて女性用時計の奥深さに注目し始めたなどという声を多くの女性から聞いているという。

ウォルナー氏は、これはブランドにとって必ずしも悪いことではないと付け加える。

「時計業界はストイックで堅苦しい感じがする。その堅苦しさと、ブランド外の人々が楽しくて親しみやすい方法でブランドについて語っている方法とのコントラストには相乗効果があるようだ。ブランドはその神秘性を維持しつつも、時計には包括性を感じることができる」。

とは言うものの、ブランドは昔からの従来の消費者以外の層にも対応し始めている。3月にジュネーブで開催された年次のウォッチズ アンド ワンダーズ(Watches and Wonders)カンファレンスにおいて、Snapchatがカルティエ(Cartier)やウブロ(Hublot)などのブランドの時計を試せるAR試着機能を披露したのはその一例だ。また、時計ブランドもヒップホップを取り入れ始めており、これが新しい世代のあいだでの高級時計ブランドの人気に大きな影響を与えている

「ブランドに変化が生じ始めている」とウォルナー氏。「オーデマ ピゲは(2021年に)北米のCEOとしてジニー・ライト氏を起用して、ライト氏は業界でこのような高い地位に就いた最初の女性のひとりとなった。オーデマは多くの点で先進的なブランドの1社だ。同社はヒップホップが文化に与えた影響を受け入れている。ジェイ・Z氏と協力したことは同社の人気に貢献している」。

ジェイ・Z氏は1990年代からオーデマの時計をコレクションしており、オーデマのCEO、フランソワ-アンリ・ベナミアス氏とは長年の友人でもある。ジェイ・Z氏がオーデマ ロイヤル オーク(Audemars Royal Oak)ウォッチを愛用していることは知られており、オーデマはジェイ・Z氏と共同制作したこの時計のシグネチャーバージョンもリリースしている。

高級時計業界が堅苦しさを緩和しつつある兆候はほかにもある。時計マーケットプレイス、ホディンキーの最高経営責任者(CEO)ジェフ・ファウラー氏は、前述のウォッチ アンド ワンダーズが今年初めて一般の入場を許可したとGlossyに語った。

「6日間は業界限定期間であり、入場には認証が必要だった」とファウラー氏。「だが、最後の最後に一般の人々が入場できた。多くのブランドがB2B担当者や小売担当者までブースで働く人を入れ替えたと聞いている。それは、業界人ではない一般の消費者がブースに来たときに顧客として対応するためだった」。

香港を拠点とする時計マーケットプレイス、リストチェックの創業者兼CEOのオースティン・チュー氏も、オーデマは若者文化と新規オーディエンスを受け入れている先駆者の1社であるという意見に同意している。オーデマ ピゲは2021年の売上高が17億ドル(約2307億円)を超えるスイスの超一流ブランドの1社である。

チュー氏は次のように述べている。「我々は(11月に)オーデマ ピゲとデザインコンテストを世界的に実施した。大手時計ブランドは通常、この規模でほかの企業と協力することはないため、これは限界を打ち破るものだった」。

リストチェックには、オーデマのロイヤル オーク時計の新バージョンをデザインするコンテストに約5000件の応募が寄せられた。オーデマ ピゲの CEO、フランソワ-アンリ・ベナミアス氏とチュー氏が受賞者を選んだ。

高級時計は米国やヨーロッパという従来の拠点を超えてついに世界的に受け入れられるようになった。チュー氏によると、香港は世界最大の高級時計市場であるという。パンデミックが始まった数年間を除けば、過去10年間において人口700万人の香港では人口3億人を超える米国全体よりも多くの高級時計が購入されたという。

香港の優位性はいまや確立されており、インド、ラテンアメリカ、オーストラリアなどのほかの地域が高級時計の新たな中心として台頭しつつある。高級時計会社モバード(Movado)は3月に発表した2022年第4四半期決算で、米国での売上高が6.3%減少したと報告したが、新興国市場がその損失を相殺していると述べている。

モバードの会長兼CEO、エフライム・グリンバーグ氏は次のように述べている。「世界的には昨年の記録的な四半期から5%の減少を経験した。当社の海外収益は、ウクライナ戦争とインフレ圧力によるドイツ、イギリス、フランスでの困難な状況によりマイナスの影響を受けた。注目すべきは、ラテンアメリカ、中東、インド、オーストラリアでの業績が好調だった点であり、そのおかげでこの四半期の落ち込みの一部が相殺できた」。

ボストン・コンサルティング・グループ(Boston Consulting Group)のラグジュアリー部門責任者、サラ・ウィラーズドーフ氏によると、これらの地域、特に中東では贅沢品への支出が大幅に増加しているという。中東・北アフリカ地域のラグジュアリー市場は今後数年間で9%近い成長率が見込まれている。

「中東は常に重要だった。だが、その重要性はまだ十分には語られていない。中東ではラグジュアリーの消費が高まっている。想像を絶するレベルだ」とウィラーズドーフ氏は語った。

数字で見る:ラグジュアリー購入はオンラインに移行し、クワイエットラグジュアリーが売上を牽引

サックス・コンシューマーインサイト(Saks Consumer Insights)協力

2023年4月、Glossyはサックスと提携して、3944人の高級消費者を対象に現在の購入習慣について調査した。以下は、彼らの購入習慣がどのように変化したか、また、クワイエットラグジュアリー(静かなラグジュアリー)の継続的な成長について取り上げる。

定期的に実店舗でラグジュアリー製品を購入すると回答したのは回答者の3分の1未満だった。主にデスクトップのウェブサイト(25%)、またはモバイルのウェブサイト(30%)で高級品を購入している人は全回答者の半数以上を占めた。また、モバイルアプリで購入しているという人はさらに10%いた。逆に、地元(23%)や旅行中(9%)の店舗での購入はますます一般的ではなくなっている。リストの最下位は主にパーソナルショッパーを利用する人たちであり、それは年配の消費者が中心である。

10歳ごとの年齢グループで分類すると、回答者の年齢が上がるにつれて店舗で購入する可能性が徐々に高くなる。70代の消費者は例外で、店舗で購入する可能性は60代よりもわずかに低い。21~30歳の消費者のうち、実店舗で高級品を定期的に購入するのは18%だが、61~70歳の消費者では50%である。同様に、パーソナルショッパーの利用は年齢と相関関係がある。20代のグループではパーソナルショッパーを利用すると回答したのは0%だが、70代では5%がパーソナルショッパーを利用すると答えた。

サックス・フィフス・アベニューのCMO、エミリー・エスナー氏は次のように語っている。「30年前はそうではなかったと思うが、高級品消費者は(オンラインショッピングにおいて)先を行っている。パンデミックによって急速な導入が多く促進された。(高級品消費者のオンライン購入は)この5年間でかなり劇的に変化した」。

また、データではクワイエットラグジュアリーが成功を収め続けていることが示された。回答者の44%がクワイエットラグジュアリーへの投資を増やしていると答えた。クワイエットラグジュアリー製品は高い品質を誇っており、すぐに見分けられる人もいるだろうが、ロゴやブランド商標は誇示していない。

特に注目すべき点は、回答者の世帯収入が増加するにつれてクワイエットラグジュアリーへの投資が増えていることだ。たとえば、収入が10万ドル(約1357万円)未満の消費者のうちクワイエットラグジュアリーに投資しているのはわずか21%だが、収入が50万ドル(約6787万円)を超える消費者では31%である。

ホディンキーのCEO、ジェフ・ファウラー氏によると、その傾向には、高所得の消費者の周囲には身に着けているアイテムの価値を認識できる同じ所得層の人々がいる可能性が高い点があるという。

同氏は次のように述べている。「(時計ブランドの)パテック フィリップは私にとってクワイエットラグジュアリーの典型だ。ジュネーブでのブランドイベントである男性と会ったが、彼はパテック フィリップ 2499(Patek Philippe 2499)を着けていた。これは、ほとんどの人にとって意味はないかもしれないが、良い時計だ。だが、知っている人ならその時計を見て驚愕しただろう。それは素晴らしい時計で、派手なロレックス デイトナ(Rolex Daytona)の250倍の価値がある。その人は、どこへ行くにもそれを着けていて、時計について考えたことなどないと言った」。

高級時計・ジュエリーの現状と未来

インサイダーによる現状と未来

規模と変動:時計の価格は変動している

高級時計業界の発展において混乱を招きがちな要素は価格である。

当初、2020〜2021年の高級時計の需要の増加により中古市場全体の価格が上昇した。これは、大手高級ブランドが大量生産を控えていることが追い風となった。ロレックスは年間100万本に満たない本数を製造しているが、これは業界の中でも最多のほうである。パテック フィリップの年間生産数は10万本未満だ。このようなブランドの入荷待ちリストは何年にも及ぶことがしばしばある。

しかし、高い需要と新品の限られた供給にもかかわらず、再販市場の価格は2022年末から2023年にかけて大幅に下落し始めた。専門家によると、その原因は需要の高まりを見て売り始めたコレクターから再販部門全体に多数の時計が殺到したことだという。

ニューヨークを拠点とする高級時計ブティック、アヴィ・アンド・カンパニーのオーナー、アヴィ・ヒエベ氏は、「パンデミックの真っ最中はとんでもない価格だった」と述べている。同社は、現在時計を手がけるブランドであり、今月初めには自社モデル3点(小売価格は30万ドル(約4072万円)以上)を発売した。「価格は一夜にして2倍、3倍になった。需要はあったが供給がなかった。半年経って、価格は下落した」。

しかし、ウォルナー氏は、価格変動を常に視野に入れておくことは重要だと述べている。

ウォルナー氏は次のように述べている。「時計の価格が下落しているという見出しをよく見かける。パテック フィリップ ノーチラス(Patek Philippe Nautilus)の新品価格は約3.5万ドル(約475万円)だ。1年前には再販市場で20万ドル(約2715万円)以上で販売されていたが、現在は再販で10万ドル(約1357万円)以上で取引されている。依然として超インフレだ」。

ビジネス戦略:曖昧になっている男性用と女性用時計の境界線

高級時計業界への女性の流入の一環として、男性用と女性用製品の境界線も曖昧になってきている。ベゼルは時計を性別で区別しておらず、たとえば、サイズで区別している。

女性が男性用の時計を着用するのは一般的だったが、最近の傾向はその逆になっている。時計愛好家のセレブ、タイラー・ザ・クリエイター氏はヴィンテージの女性用カルティエウォッチの一大コレクションで知られている。最近では、メットガラで俳優のジェレミー・ストロング氏がリシャール・ミル(Richard Mille)のRM07-04女性用時計を着用しているのが目撃されている

「いまでは男性用時計と女性用時計の区別は明らかになくなりつつある」とウォルナー氏。「タイラー・ザ・クリエイター氏やバッド・バニー氏といった大胆な人々が女性用の時計をしているのを見るのは納得できる。だが、ジェレミー・ストロング氏のようなワイルドとは思われていない人がそうしているというのは、(男性が女性用時計を着用するのが)一般的になりつつあるという兆候だ」。

ウォルナー氏はこの傾向は男性用時計が徐々に小型化している点とも一致していると述べた。この5年間、男性用時計は大きくなる傾向にあり、最大では44mmというものもあった。しかし、最近では各ブランドが従来の女性用時計に近いサイズの男性用時計を発売し始めている。

消費者の購入行動:顧客は認証を求めている

中古時計を好む顧客が増えるにつれ、時計の購入を決定する際に真正性がいっそう重要な要素となっている。時計と高級ジュエリー両方の再販マーケットプレイスでは鑑定者を採用しており、またマーケティングとメッセージで真贋鑑定能力を強調している。

過去2年間、高級品に注力してきたeBayは2022年7月に米国宝石学協会(GIA)と協力してジュエリーの鑑定を開始した。GIAが鑑定目的で外部プラットフォームと連携するのはこれが初めてである。

eBayのラグジュアリー部門グローバルゼネラルマネージャー、ティラス・カムダー氏は、11月に「当社にとって重要な要素は3つのTだ」とGlossyに語っている。「それは信頼、透明性、トレーサビリティ。当社が顧客にアンケートを行ったところ、82%が物理的な認証が当プラットフォームでの高級品購入の決定要素であると回答した。したがって、GIAとの協働は我々にとって重要であり、信頼をさらに高めるものだ」。

だが、ブランドのなかには商品を鑑定できるという再販業者の主張にあまり納得していないところもある。シャネル(Chanel)はそのような主張をしたとしてザ・リアルリアルを訴えた。しかし、ベゼルのクエイド・ウォーカー氏によると、ブランドからのそのような反発は再販業者に対して不公平だという。

「当社の鑑定人は何千点もの時計を取り扱ってきた」とウォーカー氏。「ずっと以前に生産中止になったモデルを見てきている。彼らは業界で起こっていることについて最新の知識を持っている」。

[原文:Luxury Briefing: A new shopper is transforming the luxury watch market

DANNY PARISI(翻訳:ぬえよしこ、編集:山岸祐加子)

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