資生堂のポートフォリオの下での約4年を含む10年間、クリーンビューティの寵児として注目されてきたドランクエレファント(Drunk Elephant)だが、もはやその栄光を手にしていないのかもしれない。
このクリーンビューティブランドは、2019年10月に8億4500万ドル(約1126億円)という破格の金額で資生堂に買収された。当時、ドランクエレファントはセフォラ(Sephora)で独占販売され、2019年の時点でセフォラのベストセラー・スキンケア製品トップ10の半分を占めていた。倍数に基づくとドランクエレファントの値札は年商の8.5倍と、同時期のほかの美容ブランドよりやや高かった。資生堂は競合他社にくらべてM&Aによる勝者総取りの美容バトルに遅れをとっていた。それまでの投資先は、2017年から2018年にかけてはテクノロジー企業のマッチコー(MatchCo)、ギアラン(Giaran)、オリボラボラトリーズ(Olivo Laboratories)である。資生堂は2021年にベアミネラル(BareMinerals)、ローラメルシエ(Laura Mercier)、バクサム(Buxom)をプライベートエクイティ会社に売却している。
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2019年11月に発表された資生堂の2019年第3四半期決算では、ドランクエレファントは「(同社の)プレステージスキンケア事業の中核であり、米国の事業における売上および利益基盤を強化する」と記されている。2019年度決算では、ドランクエレファントは「堅調な売上成長を遂げた」とある。2020年については、同ブランドの前年比16.5%増となる1億5000万ドル(約200億円)超の成長を予測していた。
そしてCovid-19が起きた。2020年5月、資生堂は年度予想を取り下げた。だが、資生堂の決算によると、2020年全体で好調なeコマースの売上が大きく寄与したことで、ドランクエレファントの売上は伸びている。2020年、ドランクエレファントはドイツなど11の国と地域で発売された。資生堂は2021年からほかの欧州主要国やトラベルリテール、さらにアジア太平洋地域、日本、中国への展開を計画していた。ドランクエレファントは2021年にアルタビューティ(Ulta Beauty)に進出し、同ブランドの年度売上高は11%増となっている。資生堂の全体ではスキンケアが2桁の成長を達成、eコマースの売上は20%増加した。
消費者購買ベースではドランクエレファントの成長の勢いは継続
しかし、資生堂の決算によると、ドランクエレファントの過去1年間は、売上の伸びと落ち込みの浮き沈みが激しい時期を示している。2022年第1四半期の売上は32%減少した。一方で資生堂のプレステージブランドであるナーズ(Nars)とクレ・ド・ポー(Clé de Peau)は2桁の成長を遂げている。ドランクエレファントの第2四半期は前年同期比26%増となったが、全体としては2022年上半期に売上高は前年同期比10%減となった。資生堂のCFO、横田貴之氏は第2四半期の決算説明会で、売上減少の原因は米州市場であると述べた。資生堂は「ブランド認知度を高めるためのデジタルメディアへのアプローチを強化するとともに、強みであるスキンケアのイノベーションに注力する」ことで対応するとしている。2022年6月から、ドランクエレファントは米州における小売業者との新たなデジタルメディア戦略を開始。同ブランドの第3四半期は、前年同期比でさらに7%の減少を示した。横田氏は決算説明会で、世界的な小売店の在庫調整が出荷売上にマイナスの影響を及ぼし、おそらく卸売小売店の購入が減少したことを意味すると述べ、第3四半期のメディア投資は「消費者の購入の大きなトレンドを捉えた」ため、第4四半期にもそれを継続してさらなる投資を行う予定であることを明らかにした。ドランクエレファントの第4四半期の売上は、第4四半期の製品出荷が「大きく」伸びたため前年同期比19%増となったが、通年では前年同期比1%減を相殺するにはいたらなかった。クレ・ド・ポーは前年比6%増で2022年を終え、ナーズは前年比22%増となった。資生堂はコメントの求めには応じなかった。
「消費者購買ベースでは、(ドランクエレファントは)第3四半期から非常に強い成長の勢いが続いており、2023年には出荷がより強く回復すると予測している」と、横田氏は2月11日の2022年度末決算説明会で述べている。
資生堂は、2021年を「変革と次への準備」の期間と定め、事業ポートフォリオの見直しや財務基盤の強化を中心とした構造改革に注力するとしている。そして創業150周年にあたる2022年は、グローバルブランドのさらなる成長を加速させる「再び成長軌道へ」の年に、2023年は「WIN 2023」として「完全復活」の年としている。資生堂はスキンビューティカンパニーとして、売上高約1兆円、営業利益率15%を目指している。
注目のボディケアカテゴリーへの展開
「ドランクエレファントはクリーンセグメントの初期のブランドだったが、2018年から2019年にかけて、非常に多くの新たなクリーンブランドがローンチし、Covid-19が厳しい(市場)であることを示した」と、ジェフリーズ証券(Jefferies)のアナリスト、宮迫光子氏は述べている。「現在、中堅の(プレミアム)ブランドの売上は、インフレーションのため減少している。資生堂のブランドポートフォリオは50~60%が中堅ブランドで、ラグジュアリーではない」。
2021年にユース・トゥ・ザ・ピープル(Youth to the People)を非公開の金額で購入し、先週イソップ(Aesop)を25億ドル(約3327億円)で買収したロレアル(L’Orèal)のように、2019年以降、他のコングロマリットはクリーンビューティブランドを獲得している。そのほか注目の買収には、クルタン・クラランス一族の持株会社であるファミーユC(Famille C)によるクリーンメイクアップブランドのイリア(Ilia)、プライベートエクイティ会社カーライルグループ(Carlyle Group)によるビューティカウンター(Beautycounter)などがある。ユーロモニター(Euromonitor)は、2019年までに世界のスキンケアブランドの20%がクリーンビューティを謳うようになると推定している。
ドランクエレファントはスキンケアの根拠を拡大してボディケアを取り入れるようになり、ヘアケアもローンチしたが、それは他の多くのクリーンブランドも同様だ。2020年には、ドランクエレファントはシリ・ボディローション(Sili Body Lotion)やココミノ(Cocomino)のシャンプー&コンディショナーなど、初のボディ&ヘアケア製品を発売した。続く2021年には、ファンクションオブビューティ(Function of Beauty)やオーセンティックビューティコンセプト(Authentic Beauty Concept)と同じ時期に、ドランクエレファントはヘアのコーウォッシュも発売している。一方、ボディケアカテゴリー全体の関心が高まっており、2023年はGlossy Popでは「ボディケアの年」に向けて備えている。JLoビューテイ(JLo Beauty)やブリス(Bliss)などのブランドが、新たなボディ製品で話題となり、セフォラなどの小売業者もこのカテゴリーに関心を示している。
2023年は売上が完全に回復する予想
宮迫氏は、中国と日本での売上低迷による資生堂の最新の四半期決算は残念だったとしながらも、2023年は売上が完全に回復する年になると予想している。中国と日本は最近、Covid-19に関する厳しい措置を解除し、外国人旅行者や地元企業に影響を与えている。資生堂は、インドなどの新しいアジア市場での成長も視野に入れている。これは、この地域で存在感を高めているドランクエレファントにとって好材料となるだろう。
他のアナリストもこの意見に同調している。マッコーリーキャピタル証券(Macquarie Capital Securities)のアナリスト、シェンタオ・タン氏は、資生堂の決算発表後に行った2月の分析で、同社の問題市場は日本と中国だが、化粧品購入が正常化すれば「大きな回復」が見られるだろうと指摘している。さらに同氏は、マーケティング費用は短期的にはマージンの重荷になるだろうが、即時のメリットとなるだろうと記しており、たとえば、資生堂のポートフォリオブランドの商品効果を重視したマーケティングは、中国市場の好転を後押ししているとしている。
製品の売り切れのメリット・デメリット
宮迫氏によると、日本でのドランクエレファントの存在感は小さいにも関わらず、人気が出る可能性がありそうだ。宮迫氏が住む東京のマンションの近くの店舗ではドランクエレファントを販売しており、商品がたびたび売り切れているという。
米国では、ドランクエレファントのD-ブロンジ・アンチポリューション・サンシャインドロップス(D-Bronzi Anti-Pollution Sunshine Drops)やオーブルース・ロージードロップス(O-Bloos Rosi Drops)のリキッドチークがTikTokでバイラルになって牽引され、頻繁に売り切れている。ドランクエレファントのTikTokのフォロワーは48万8000人を超えており、この記事が書かれている時点で、ハッシュタグ#BronzingDropsは131百万ビュー以上となっている。ドランクエレファントは、他の美容ブランドと同様に、インフルエンサーに無料で製品を提供しているが、インフルエンサーの投稿に対して金を払うことに対しては強い反対姿勢を取っている。同ブランドの製品のTikTokでの成功に乗じて、たくさんのデュープ(高額商品と同様の効果を低価格で得られる商品のこと)となる代用品も存在する。38ドル(約5100円)のサンシャインドロップスの代わりに、TikTokerたちはロレアル・パリの約15ドル(約2000円)のトゥルーマッチ・ルミ・グローション(True Match Lumi Glotion)やセイ(Saie)の28ドル(約3730円)のグロウィスーパージェル(Glowy Super Gel)などを提案している。注目すべきことに、2022年9月にセイは、かつてドランクエレファントのグローバルブランド・プレジデントを務めていたルシア・ペルドモ=ルールマン氏をプレジデントに任命している。
「製品の売り切れは、消費者がその製品をさらにほしくなるような希少感を生み出せば、プラスに働くかもしれない」とハーバード・ビジネス・スクールのマーケティング・ユニットで上級講師を務めるジル・エイブリー博士は言う。「だが、(小売)チャネルパートナーとの関係を緊張させたり、サプライチェーンの圧力で製造能力の拡張やコストの上昇を招いたり、製品を買ってくれる顧客を失ったりする可能性があるなど、製品の売り切れにはマイナスの影響もある」。
米国市場で成長の勢いをみせるドランクエレファント
デジタルメディアへの追加投資は、自社チャネルと小売業者のチャネルで、2022年第4四半期から2023年第1四半期の間に成果を示した。とはいえ、メディアとインフルエンサーの両方が、ドランクエレファントにとってもっとも価値のある関係だ。フートスイート(Hootsuite)によると、「ドランクエレファント」というキーワードは、3月7日から4月4日の間に、米国内のすべてのメディアタイプで14万件のエンゲージメントがあり、ポジティブな意見は43%、ネガティブな意見が20.9%だった。さらにローンチメトリックス(Launchmetrics)のデータによると、ドランクエレファントは今年第1四半期に全世界で2580万ドル(約34.4億円)のMIV(メディアインパクト値)を獲得している。MIVは、インフルエンサー、印刷メディア、セレブリティ、公式サードパーティパートナー、ブランドのメディアチャネルの影響を追跡するローンチメトリックス独自の指標である。メディアはブランドのMIVの48%を占め、インフルエンサーは36%、リテールパートナーは9%、自社チャネルは6%、セレブリティは2%だった。ドランクエレファントは第1四半期に自社チャネルを増幅させ、MIVへのその貢献度は2022年第4四半期より40%高くなっている。米国市場内では、ドランクエレファントは第1四半期に1100万ドル(約14.7億円)のMIVを生み出し、これは2022年第4四半期より20%高い。ここでのメディアはMIVの46%を占め、インフルエンサーは28%、自社チャンネルは15%、リテールパートナーは12%、セレブは1%未満だった。MIVの伸びがもっとも大きかったのは小売パートナーで、2022年第4四半期と比較して127%高いMIVとなっている。
「ドランクエレファントの成長軌道については、引き続き非常に前向きにとらえている。当社のグローバル展開でカギとなるブランドであり、資生堂のポートフォリオにとっても重要なブランドだ」と、ナーズ、ドランクエレファント、トリーバーチビューティ(Tory Burch Beauty)のグローバルブランド・プレジデント、バーバラ・カルカーニ氏は言う。「2013年にブランドがローンチされた国内市場である米国では、第1四半期にとてつもない勢いを見せている。消費者の需要は複数のデモグラフィックで伸び続けており、これからの1年に期待している」。
2022年12月以降、ドランクエレファントはアゼライン酸マスクのバウンシーブライトフェイシャル(Bouncy Bright Facial)のほか、一部製品の詰め替え用のポッドやフォーミュラを改善した目元用セラムを発売した。
2月上旬、ドランクエレファントはバウンシーブライトフェイシャルのプロモーションのため、テキサス州オースティンでメディアやインフルエンサーを対象としたブライトンアップリトリート(Brighten Up Retreat)を開催。それに関するハッシュタグ#BouncyBrightは、TikTokで900万ビュー、インスタグラムのユーザー生成コンテンツは100件以上となっている。2018年以降、同ブランドはロンドン、シンガポール、ニューヨーク、パリなどで、ハウス・オブ・ドランク(House of Drunk)の消費者向けポップアップも行っている。2022年10月のパリでのオープニングには、世界中のメディアと70人のインフルエンサーが参加した。
注力すべきはトラベルリテール戦略
「ドランクエレファントは資生堂のブランドのひとつに過ぎず、いちばん力を入れているものでもない。資生堂はそれよりも、SHISEIDO、クレ・ド・ポー、ナーズに世界的に注力している」と宮迫氏は言う。「資生堂のドランクエレファントに対する戦略は知らないが、海外展開に力を入れるべきだ」。
海外の重要な機会のひとつは、資生堂の強みでもあるトラベルリテールだ。Glossyでは、資生堂トラベルリテールのプレジデント兼CEOであるフィリップ・レネ氏を2019年のGlossy注目の50人として評価している。ムーディー・デビッド・リポート(Moodie Davitt Report)によると、資生堂は2021年の第4四半期を通してAPACとEMEAのトラベルリテール全体でドランクエレファントを導入した。2月に共有された資生堂の第4四半期および2022年末決算によると、2022年にそのトラベルリテールの純売上高は、製品および地域の売上高の伸びによるマージンの増加により、前年比14%増となった。また同レポートでは、資生堂が2023年に中国でドランクエレファントをさらに「育成」し、同年にトラベルリテール部門の売上高が2.7%成長するだろうと記されている。特に中国におけるトラベルリテールの売上高は2.6%、日本は15.1%成長すると予測されており、アジア太平洋、米州、EMEAは1桁台後半から2桁台半ばで縮小するとされている。
「(2019年に)ドランクエレファントは確かな実績があり、資生堂が手がける流通とマーケティングの強みを生かすことができる新たな地域へと急速に拡大する可能性を秘めたブランドだった」とエイブリー博士は述べている。「クリーンビューティのセグメントをリードするブランドだった。私は、資生堂の能力と競争優位性、そしてドランクエレファントというブランドの戦略的成長ニーズとのあいだに、多くの相乗効果の可能性があると考えている」。
[原文:Beauty & Wellness Briefing: Has Drunk Elephant lost its luster?]
EMMA SANDLER(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)