プログラマティック広告 の透明性、未だ実現せず:利害関係者間では摩擦と緊張が発生

DIGIDAY

プログラマティック広告取引の透明性に関する、監査の必要性が叫ばれて久しい。監査がしかるべき形で実施されれば、メディア投資の流動化だけでなく広告運用の効率化が可能になり、消費者にとっての広告の価値向上につながると、アドテク関係者らは期待を寄せている。

プログラマティック広告取引の仕組みは、悪意を感じさせるほど複雑だと評されてきた。しかしその実態を明らかにする新たな取り組みは思うように進展しない。全米広告主協会(Association of National Advertisers、以下ANA)は2022年2月、プライスウォーターハウスクーパース(PriceWaterhouseCoopers、以下PwC)による監査をおこなう意向を表明したが、まだ進展がみられていないようだ。

それも意外ではない。2年前、同種の調査を英国広告主協会(the Incorporated Society of British Advertisers、以下ISBA)が試みたとき、実施方法と技術をめぐる問題や政治的駆け引きのせいで、限られた範囲の活動にとどまったという経緯がある。

今回、準備作業に遅れが生じているのはより包括的な監査をめざしているためだ。ANAは、取引を仲介するアドテク企業の手数料が差し引かれたあとのパブリッシャーの懐に入る広告収入に加え、支払われた広告費の使い道についても監査の対象としている。つまり、広告詐欺からの保護、ブランドセーフティの確保、ビューアブルインプレッション(ユーザーが閲覧できる状態にあった広告インプレッション)の実態を調べるということだ。

そういった未確定要素があるため、DIGIDAYが2022年10月の記事で報じたように、多くの課題が生じている。ただし、それは始まりにすぎない。大手広告主の一部が、監査の構想だけでなく実施方法に不賛成であることもやっかいだ。

大手広告主は納得していない

事の成り行きをよく知る情報筋がDIGIDAYに語ったところでは、監査の主な利害関係者のあいだで摩擦が起きているという。

アルコール飲料のディアジオ(Diageo)、一般消費材のプロクター・アンド・ギャンブル(P&G)やユニリーバ(Unilever)といった大手広告主ブランドは、英国のISBAによる「謎の差額」(unknown delta)の調査に倣うべく、ANAとPwCが立てた計画案に気乗りがしないようだ。

この件に詳しい4人の関係者から得た情報では、ディアジオ、P&G、ユニリーバがそういった態度をとるようになったのは、アドテク専門の某パートナー企業からアドバイスを受けたあとだという。ちなみはこれらの広告主は3社とも、Googleに次ぐアドテク大手で今回の監査に不参加のザ・トレードデスク(The Trade Desk)と取引がある。

3社は、ANA提唱の監査ではアドテクのコスト可視化ができそうにないと指摘しており、それが広告主やプラットフォーム事業者、アドテクベンダーにそっぽを向かれる原因だと主張している。また、2年前にISBAが実施した透明性調査について、対象となった企業と広告費の母数が小さすぎて、正確に把握できたのはプログラマティック広告取引全体の10%にすぎないと批判する。

DIGIDAYはP&Gとユニリーバに取材を申し込んだが、本稿執筆時にはコメントが得られなかった。しかしANAの広報担当者からはeメールで次のようなメッセージが送られてきた。「この種の調査に協力するにはかなりの時間と労力を要するため、参加を辞退する広告主が出るのはとくに珍しいことではない」。

またこのeメールは、「現時点でおよそ30社の広告主がANAのプログラマティック透明性調査に参加しており、一部の大手と中小広告主の不参加は、この調査から導き出される結論の整合性、信用性、有効性をそこなうものではない」と主張している。

なお、ANAの調査に参加予定の広告主企業名は明らかにされていない。

監査計画案の課題

この種の監査活動は機密性が高く、取材に応じる場合は匿名が原則だが、前述とは別の筋から得た情報によれば、一部の大手広告主ブランドが、ISBAの手法よりむしろANAの手法案を問題視しているらしい。

2020年の透明性調査では、ISBAと英国のPwCが協業し、広告主とパブリッシャーを説得して、広告取引を仲介するアドテク企業、つまりDSPとSSPからログレベルのデータを入手させた。収集したデータは分析され、会計報告の数字との差額が算出された。政治的駆け引きのせいで、当該情報の取得には1年以上かかったという。

英国で当時使われた手法を米国に適用するとなると、市場が複雑で規模が大きいだけに厄介だ。個々のパブリッシャーからのデータ収集も多くの人手を要するだろう。また、英国とは異なり、監査人は会計報告の不明部分を明らかにするため、TAG(Trustworthy Accountability Group)とフィドゥシア(Fiducia)の提携により提供されるTAGトラストネット(TAG Trustnet)という分散型台帳技術ネットワークの利用を提案したといわれる。

一方、ディアジオに詳しい情報筋によると、同社の場合、ANAの調査に関与しない決断をした理由は、ANAが提案した手法の問題ではなく、「プログラマティック広告の主要パートナー」が参加しなかったからだという。

手数料の内訳を開示できない契約条件

事業者がログレベルのデータを直接外部に提供できない理由のひとつに、法的拘束力のある契約上の情報開示の制約がある。英国では必要なデータが入手できたためISBAの調査が可能になったが、米国では事情が違う。サプライチェーン各層の事業者間で締結された契約の条件により、ログレベルのデータへのアクセスが許されない場合も多々あり、これが米国の監査人が提案する手法の実施には大きな障害となる。

ある情報筋は次のように述べている。「(調査担当者が)少数の広告主とやりとりしながら、彼らが連携するDSPとSSPに、広告インプレッションごとのログデータをテクノロジー層で共有するよう働きかける一方で、パブリッシャーと同様の取り決めをしなかったらどうなるか。調査は暗礁に乗り上げるだろう」。

「DSPはSSPと交わした契約上、入札情報の開示を禁止する条項を守らなければならないし、パブリッシャーも契約で、財務データの共有に関する法的制約に縛られる。監査テクノロジーを導入しさえすれば法的要件をクリアできるというわけではない」。

筆舌に尽くしがたい複雑さ

まさに「船頭多くして船山に登る」かのような、統率のとれない状態だ。広告主と連携するアドテクベンダー(つまり第三者)は、広告主以外の事業者とも連携し、その事業者が「第四者」となる。第四者はまた別のソフトウェアベンダーを使うため、そのベンダーが広告主にとっての「第五者」となる、といった具合に連鎖は続き、サプライチェーン層が20以上に上る場合もある。このチェーンの各段階において、データガバナンスを担保する活動がおこなわれる。つまり、所有者は誰か、アクセス権をもつ当事者は誰か、といった定義にしたがってデータが運用される。

この仕組みの複雑さを助長しているのが、チェーンの各段階で発生する手数料で、その料率をテイクレートという。理論的には、手数料の受け渡しの確認は容易で、アドテクベンダーが公表している金額と、実際に受け取った金額にもし乖離があれば、調べてつきとめるのは難しくないはずだ。

しかし、プログラマティック広告におけるメディアバイイングの頻度はきわめて高く、そのつど検証すべき取引やプレイヤーが膨大な数に上る。よって、調査のプロセスは煩雑なものになるだろう。

さまざまな軋轢

また、事業者間の軋轢も解消する必要がある。問題は監査の手法をめぐる軋轢だけではない。政治的駆け引きが状況の複雑さにさらに拍車をかける。

まず初めに、PwCはプログラマティック広告監査の監督を務める会社の会計監査法人であり、ザ・トレードデスクの会計監査法人でもある。ザ・トレードデスクが監査に関わらないかぎり利益相反はないのだが、同社が不参加を決めた背景にあるのは利益相反の回避ではなく、実務的な理由だ。とはいえ、不参加により問題はひとつ片づいた。

監査人も軋轢とは無縁ではない。2020年にプログラマティック広告取引の監査を実施したPwCのチームは、ANA主導による今回のプロジェクトから外されたと、監査計画に詳しい情報筋はいう。事実だとすると、当初の提案とはまったく異なる体制だ。

忍耐が報われる

監査以外の面でも、ANAは加盟企業向けの啓蒙活動に忙しい。2022年8月、ANAは広告取引の複雑な仕組みを解説したプログラマティックメディアバイイング指針を発行し、企業の最高マーケティング責任者に「諸費用の詳細な内訳」を確認するようアドバイスしている。また、ANAの広報担当者は、2023年初頭には透明性調査の報告書を発表できると自信をのぞかせている。

このたび匿名で取材に応じたバイサイドのメディア企業幹部は、ANAの調査結果が業界慣行に実質的な変化をもたらす可能性があると述べた。2020年にISBAによる調査報告書が発表されたあと、Googleがついに、バイサイド向けとセルサイド向け、両方のアドテクツールのテイクレートを公開したことがその根拠だ。

Googleは当時、同社公式サイトに投稿した一連のブログ記事で、「Googleのプログラマティックツールを利用するパブリッシャーが、広告収益の大半を稼いでいる」と主張した。

「マーケターがGoogle広告に出稿するため、DSPであるDisplay&Video 360を使ってGoogle Ad Manager(広告管理プラットフォーム)上で買いつけたディスプレイ広告枠の場合、収益の69%以上をパブリッシャーが得る。当社のバイサイド向けとセルサイド向け、両方のサービスを介して広告が配信される場合でも同様だ」と、Googleでアプリ・ビデオ・ディスプレイ広告部門のバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーを務めるシッシ―・ツィアオ氏は書いている

前述のメディア企業幹部はこう述べている。「ISBAの調査報告書への反応として、Googleは情報を開示した。これにより広告主各社は、求めていたテイクレートのデータを入手したわけだ」。

[原文:Inside the tensions countering advertisers’ latest quest for programmatic transparency

Seb Joseph and Ronan Shields(翻訳:SI Japan、編集:島田涼平)

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