テレワークの普及により、特にICTエンジニアなどでは地方への移住も選択肢として考えられる世の中になってきた。
その中で宮崎県は、首都圏などからの移住・転職などの参考になるように、宮崎のICT企業の情報やイベント案内を発信するコミュニティ活動「ひなターンみやざき」を展開している。Uターン・Iターン・Jターンの支援のほか、ICTエンンジニア同士のコミュニティづくりや、県内ICT企業の情報発信なども活動範囲としている。
このひなターンみやざきの一環として2月11日、東京都内のリアル会場とオンラインのハイブリッドイベント「ひなた 照らす ICTプロジェクト vol.3 トーク&交流会」が開かれた。特にリアル会場では、参加者と講演者や、参加者同士の交流も行われた。
「ひなた 照らす ICTプロジェクト」の第3回にあたる今回は、リアル参加が30人弱、オンライン参加が30人強と、約60人が集まった。これは第1回の約3倍にあたると、当日の司会進行をした株式会社宮崎県ソフトウェアセンターの長友孝之氏(情報サービス部課長)と、株式会社NOWVILLAGE代表取締役の今村充裕氏は振り返った。
テーマは、第1回が宮崎のコワーキングスペース、第2回が宮崎のITをどうするか。そして今回は「インフルエンサー」とのことだ。
所得は東京の半分なのに、物価はあまり違わない!? その実態は?
最初の講演では、宮崎県日南市マーケティング専門官でもある株式会社ことろど代表取締役の田鹿倫基氏が登場した。
田鹿氏は、まず「宮崎県は所得は低いけど物価も安いっていうけどほんと?」と質問を立てた直後に「所得は東京の約半分なのに物価は10%しか違わない」という悲観的な数字を出して、聴衆を一気にツカんだ。
ただし、この数字を掘り下げて、実は「宮崎県の生活水準はそれほど低くない」と結論付けるのが田鹿氏の話の主旨だ。東京は一部の富裕層が平均所得を押し上げていることや、専業主婦や学生など働いていない人も多いこと、宮崎県は自営業が多いことなどから、実際より所得の数値が小さくなっていると説明する。
物価についても、東京と比較して安いものからそうでもないものまであり、特に土地や教育は宮崎のほうがかなり安いという。そのため、例えば子どもが生まれてもう少し広い家に引っ越すというケースでは、優位が引っくり返るというわけだ。
続く講演では、宮崎市移住センターの企画・運営に携わりつつ、宮崎とイタリアを中心に世界で事業を展開する、カテナ株式会社代表取締役の宮田理恵氏が、宮崎の魅力を紹介した。
宮田氏は、都会との通勤風景の違いや、公園や海辺のカフェ、ゴルフやサーフィンができる場所が近くにあることなどを紹介。仕事面では、コワーキングスペースがあることや、小さい街なので横でフランクにつながりやすいことなども紹介した。特に、「宮崎にいながら、全国と、世界とつながれる」という言葉は、世界的に活動している宮田氏の言葉として説得力があるものだった。
講演直後に質問の手を挙げた参加者の男性が、宮崎市の通勤圏の範囲や、交通事情などについて、突っ込んだ事情を尋ねていたのも印象的だった。
この参加者に休憩時間に話を聞いたところ、現在、東京のIT系の会社で全国を巡る仕事をしていることもあって、地方移住を真剣に考えているとのこと。特に、宮崎空港は宮崎市街から5kmと近いことから、東京などほかの地方に行きやすいところにも魅かれているという
宮崎県にもITエンジニアが成長できる環境を
続いては、実際に宮崎県に移住・移転した会社経営者の2人が、自らの経験と感想を語った。
システム開発事業を営む合同会社ノマドリのCEOである大塚真言氏は、務めていたITベンチャーの宮崎支社の立ち上げで宮崎県に移住、そこから独立して会社を設立したパターンだ。もともと地方における地元とのふれあいは好きだったものの、実は最初は移住してやりたいことはなかったと語ったのもユニークだ。
それが、ITの最新技術の勉強会を地元で開催する中で、宮崎県のIT企業やエンジニア人材は運用保守やカスタマーサポートにばかり回されることを問題として感じるようになったという。そして、より単価の高い仕事も地元に作って「ITエンジニアが成長できる環境を作る」ことを目標に起業したという経緯を語った。
一方、もう1人の石川琢磨氏が代表取締役を務めるアディッシュプラス株式会社は、沖縄に本社がある企業が宮崎県日南市にオフィスを構えたパターンだ。企業公式SNSの運用などを請け負う企業で、JALや鹿島アントラーズなどとも契約しているという。
アディッシュプラスの場合は、親会社との差別化もあって、小さい都市にオフィスを展開しようと考えた中で、沖縄から直行便があることや、企業誘致担当者がよかったことなどから、宮崎県にオフィスを構えた。
ユニークなのは、企業誘致担当者から紹介されたオフィスが、商店街の元布団屋だったこと。大幅にリノベーションしてオフィスにしたところ、商店街の人にも街が明るくなったと言ってもらえ、出勤のときに商店街のお年寄に声をかけてもらったりもしているというエピソードが語られた。
次回のイベントは「しゃべり場」?
このように「ひなた 照らす ICTプロジェクト」では、移住を前面に出しつつも、それだけが「ひなターンみやざき」の目的ではない。
講演のあとには、講演者4人と、宮崎県企業振興課、長友氏、今村氏、および来場者によるパネルディスカッションが行われた。テーマは「『ひなた 照らす ICTプロジェクト』コミュニティの活動に関わることで、東京から宮崎へ、宮崎から東京へ起こせるアクションを考えよう!」というもの。
パネルディスカッションの冒頭の主旨説明で長友氏は、ひなターンみやざきは「首都圏と宮崎を結ぶコミュニティを作りたい、その中から移住する人を作りたい」というものだと説明。今村氏も、単に移住するプロジェクトではなく、宮崎県に関わりがある人や、宮崎県を好きな人などをつなぐコミュニティだと語った。
パネルディスカッションは、ハイクラス人材にどうやって宮崎に来てもらうかという話からスタート。「ちゃんとした給与を払える会社が増えれば高度IT人材は増える」という話になりつつ、東京と同じ給与は難しいという話や、東京と同じレベルに成長した人は東京の会社に転職してしまうという悩みなど、次々と意見が交わされた。
さらに、こうしたどこに出口があるか分からない問題についてみんなで自由にアイデアを出し合ったり、IT人材になりたいがなれていない人の相談など、語りあったりする「しゃべり場」を次回の「ひなた 照らす ICTプロジェクト」でやってもいいのではないかという意見も出た。
また、企業の人が横につながるのは東京でも課題があること、それを宮崎でどうするか、さらには宮崎が東京や海外とつながって仕事を持ってくることができるようになるにはどうするかといった話題も出た。
すると、来場者の中から首都圏のIT企業の人が、宮崎県へのオフショア開発または拠点を構えることについて相談したいという発言が飛び出した。思った以上にアクティブにコミュニティが動いていることに筆者も驚いた。
密度の高いコミュニティで交流を促進
最後にイベントのまとめとして長友氏は、パネルディスカッションの内容を踏まえ、宮崎でもITの仕事のうち単価の高い仕事を作って賃金も上げていきたいこと、そうした土壌を作るためにも、「ひなターンみやざき」でつながったメンバーで何かやっていきたいと語り、「今後もひなターンみやざきを応援していただきたい。当事者になっていただきたい」と呼び掛けた。
冒頭で紹介したように、イベント参加者は第1回の3倍に成長した。これについてイベントの幕間に今村氏は「来年は180人ぐらい?」と冗談を言いつつ、「人を増やすだけでなく、密度の高いコミュニティにしたい」として、もっと宮崎の企業と交流したり、移住したりというように発展させたい考えを語り、「イベントの開催で終わることは考えていない」と言っていた。
参加者を見ると、宮崎県へ移住を考える人も多かったが、前述したように宮崎へのオフショアを考える企業の人や、ほかの地域で似た活動をしている人などもいた。こうした宮崎県のICT産業に関連する人や興味がある人をつなげるコミュニティとしての「ひなターンみやざき」の方向性が伺えた。