この1年程、「CMO」の新種がメディアおよびテック企業の経営幹部陣営に加わりはじめている――「チーフメタバースオフィサー」だ。たとえば、スペインのテレコミュニケーション会社テレフォニカ(Telefónica)は3月にチーフメタバースオフィサーを雇用した。ディズニー(Disney)は2月に元テーマパーク幹部をメタバース部門のトップに据えた。そして6月には、ピュブリシス(Publicis)も独自のチーフメタバースオフィサーを起用した――ただし、その幹部は人間ではなく、バーチャルなアバターだ。
もっとも、C-メタバース-Oが続々誕生しているとはいえ、メタバース自体は、いまだ黎明期にある。メタバースとは実際のところ何なのか、十分に理解している者はほとんどおらず、この新分野に専念する役職を担えるだけの十分な能力を備えた者となると、さらに少ない。確かに、メタバース知識を社内に取り込むことは急速に必須化しつつある――しかし、チーフメタバースオフィサーがこの先一般化するのか、それともチーフソーシャルメディアオフィサーやチーフブランドセーフティオフィサーのように、何年も前、当時バズった言葉を元にして生まれたものの、すでに忘れられて久しい経営幹部クラスの役職と同じ道を辿ることになるのかは、現時点では何とも言えない。
新型CMO誕生の背景、責任、そして潜在的将来像を知るべく、米DIGIDAYはこの役職に紛れもなく打って付けの人物に話をうかがった。イノベーション&デザインコンサルタント会社ジャーニー(Journey)の共同創業者兼チーフメタバースオフィサー、キャシー・ハックル氏だ。
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メタバースという言葉は2021年、いわゆる時代精神的な存在になったわけだが、ハックル氏がメタバース業界に入ったのは、そのはるか前のことだった。ジャーニー以前は、VR/ARの専門家およびフューチャリストとしてHTC、オキュラス(Oculus)、マジック・リープ(Magic Leap)、Amazonなどにいた。ただ、彼女をこの役職に誰よりも相応しい存在にしている資質は、なんといっても、メタバースユーザーとの正真正銘の繋がりだ。ハックル氏はメタバースネイティブな3人の子の母であり、そのひとりである10歳児は自身のロブロックス(Roblox)事業を営んでいる。
なお、読みやすさを考慮し、発言は少々編集し、短くまとめてある。
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――ジャーニーのチーフメタバースオフィサーになった経緯は?
メタバース関連の業界歴は8年以上になる。まずは、HTCバイブ(HTC Vive)でVRエバンジェリストとして働いた――スピルバーグ監督の映画「レディ・プレイヤー1」に協力していた時期だ。それからマジック・リープに転職し、2年間エンタープライズストラテジストとして働いた。言うまでもなく、当時のマジック・リープのチーフフューチャリストはニール・スティーブンスン氏、つまり、メタバースという言葉を作ったその人だった。次にアマゾン ウェブ サービス(Amazon Web Services)に行って、それからフューチャーズ・インテリジェンス・グループ(Futures Intelligence Group)を立ち上げた。そこはメタバースとWeb3に関心のあるブランドや企業を顧客にしたアドバイザリー会社で、2021年末ジャーニーに買収された。
フューチャーズ・インテリジェンス・グループを立ち上げたときに、「私はCEO、創業者、でも私はここで本当は何をするんだろう?」と考えた。そこでチーフメタバースオフィサーという肩書きを付けることにした。この肩書きを使う理由のひとつは、誰がメタバースを扱うことになるのか、という会話を始めるきっかけになるから――メタバースオフィサーって、どういう意味? と。メタバースの諸々を扱う人には、さまざまなスキルが求められると思うけれど、いまはまだいろいろと議論を重ねている段階にある。
ただ、いずれにせよ、経営幹部の誰かがこれを扱わなければならなくなるのは間違いないし、単なるマーケティング的なものでは終わらないと、個人的には確信している。それ以上のものだと。ジャーニーに買収されたとき、この肩書きは絶対に譲れないと、はっきりと伝えた――あなた方はいま、メタバース会社を買収しようとしているのだから、と。
――では、あなたと同じ役職を、あるいは似たような役職を設ける企業が近い将来増えると見ている?
あなたにももう、それは見えていると思う。ただ、チーフメタバースオフィサーという呼称でなければならないのか、と訊かれれば、私には何とも言えない――それぞれの企業がしっくりくる役職名を見つけることになると思う。
とはいえ、20年程前、チーフデジタルオフィサーやチーフコンテンツオフィサーについて訊ねれば、誰もが「そんなものは要らない、ばかばかしい」と言ったと思う。つまり、事態は進化していくのだけれど、それでもやはり、メタバースに関連して生じる諸々を社内の誰かが扱わなければならなくなることは変わらないと思う。
――チーフメタバースオフィサーに欠かせない最重要な資質とは?
私はいたって戦略主導型の、ビジネスに主眼を置くタイプ。とはいえ、いくつかの最新テクノロジー分野においても幅広い経験がある――たとえば、バーチャルリアリティ(VR)、空間コンピューティング、オーグメンテッドリアリティ(AR)、クラウドコンピューティング。つまり、この役職に就く人には、ある程度、そういう実現技術に対する技術的な理解が必要になってくると思う。
AR/VR方面に強い人もいれば、Web3方面に強い人もいるだろうし、なかにはゲーミングにめっぽう強いという人もいるかもしれない。いずれにしろ、現行の各種ツールに対するある程度の理解は欠かせない。
――この黎明期において、チーフメタバースオフィサーをより多く雇用するのはどの分野だと見ている?
ファッション業界は、いま話したようなことがたくさん起きつつあると思う。チーフメタバースオフィサーはゲーミング業界からも来るだろうし、AR/VR界からも、Web3界からも来るだろう。ただ、どこから来るにせよ、この役職の任務を果たせるのは、技術面とビジネス面の間を繋げる、優れた翻訳者のような人物だと思う。
――Z世代やα世代のメタバースネイティブたちが一足飛びに出世階段を駈け登り、この種の役職に就きはじめることになる?
そうならない理由がない。オフィスのなかで一番賢い人が一番年下、という状況も起きうる。もちろん、15歳がチーフメタバースオフィサーになるとは言わないが、いくつか特定のことについては、これから戦力となるZ世代の理解度がほかの従業員のそれとは段違いという事態は、間違いなく生じる。たとえば、私の息子の場合、コンサート初体験はリル・ナズ・X氏のロブロックス内でのライブだった――私やあなたのように、スタジアムコンサートじゃない。そして、彼はそれについて一人称で話す――「僕はナズを見たんだ、あの場にいたんだよ」と。彼らにはそもそも、物理空間と仮想空間という区別がない。すべてがリアルであり、そこからして我々とはまるで違う。α世代のリアリティはかなり曖昧と言える。
私にはZ/α世代が1人、α世代が2人いて、それは私のものの見方を間違いなく変えてくれる。彼らがこうしたテクノロジーとどうエンゲージするのか、何を経験しているのか、どうやって創造しているのか、どうやって世界を築いているのか、ゲーミングは彼らにとって、社会的およびアイデンティティ的観点において、どんな意味を持つのかなど、彼らを見ているとよくわかる。つまり、それは私がしていることの多くに重要な情報をくれるし、私がしていることの多くは彼らのためにある。私はそもそも、彼らのためにより良い未来を創りたいのだから。
[原文:‘My title was non-negotiable’: A Q&A with Cathy Hackl, chief metaverse officer at Journey]
Alexander Lee(翻訳:SI Japan、編集:分島翔平)