モバイルの可能性を拡大する、3つの カンヌライオンズ 事例:焦点は目的達成に不可欠かどうか?

DIGIDAY

本記事は、ニューヨークと東京を拠点とするビジネスインベンションファーム「I&CO(アイ・アンド・コー)」の東京オフィス共同代表 / Director of Design and Content 高宮範有氏による寄稿となります。

今年6月、世界最大級の規模を誇る国際広告賞、カンヌライオンズ(日本語正式名称:「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」)が開催された。新型コロナウイルス感染拡大の影響による初のオンライン開催、そして中止になった昨年と合わせて2年分のエントリーを審査するという異例づくしの回に、モバイル部門の審査員を務める機会をいただいた。

本稿ではモバイル部門の審査を振り返り、受賞したエントリーを通して見えるモバイルが持つ可能性についてお伝えする。

目的と手段が入れ替わる時がある。ある目的のために選択したはずの手段が、いつしか手段そのものが目的化し、そのやり方を維持することに躍起になってしまう。手段に溺れる、もしくは手段が目的を乗っ取る事態。こういった話が、あちらこちらから聞こえてくる。

ある会社では、感染拡大を防ぎ、社員の安全を確保するために、全社でリモートワークを推奨している。具体的には、各部署に一定の出社率を設定し、出社調整をしているのだが、設定した数字を達成するために、上長がメンバーに本来必要のない出社を求めているらしい。要は、部署目標となった出社率からの乖離が大きくならないようにしたいとのことで、出社率ほぼゼロで業務を回せるはずが、目標値である出社率30%前後を維持するために、交代でわざわざ出勤しているという。

こういった目的と手段の逆転は、一様に残念な状態を生み出す。いかに斬新で話題性のある手段であろうと、多くの企業で導入されている実効性の高い手段であろうと、目的に合致していなければ意味をなさない。

話をカンヌライオンズに戻すと、モバイル部門は、いわば手段の部門だ。目的を達成した素敵な手段を評価するカテゴリー。ここに面白さがあると考えている。世界中からモバイルを活用した「その手があったか!」が集まってくる。もはやどの部門でもアワード獲得だけを狙った施策は淘汰されているが、モバイルは特に、そういったエントリーには厳しい部門だ。手段がモバイルに限定されると自ずと本質が見えてくる。当たり前のことであるが、目的に合致した「その手があったか!」しか評価されない。そして、2年を通して見ることで課題や体験の本質を捉えることの大事さと、モバイルが持つ可能性が浮かび上がってくる。アワードを受賞したものは、どれも目を見張るような効果の高い取り組みだ。そのなかでも、際立った素晴らしい事例を3つ紹介したい。

1. 私たちの最も身近なスクリーン=モバイル

生活に溶け込むモバイル体験を見事に作り出したのが、AKQAが手がけた「ストレンジャー・アンテナ(STRANGER ANTENNA)」。Netflixが配信するSFホラードラマテレビシリーズ「ストレンジャー・シングス(Stranger Things)」の新シーズンに向けたプロモーションとして、ブラジルで展開された施策だ。

「ストレンジャー・アンテナ」は、モバイル端末にスチールウールを近づけると映像にかかっているノイズが消え、コンテンツ(「ストレンジャー・シングス」新シリーズの特報映像)をクリアに見ることができるアプリだが、この「スチールウールを近づける」というアクションが、実はテレビの映りを良くするための解決策としてブラジル国民の生活に広く根付いている。かつて、調子の悪いテレビを叩いたりアンテナの向きを変えてみたりした経験がある人は多いだろう。そのブラジル版がこのスチールウールをアンテナに近づける行為にあたる。この施策の肝は、そんな日常の「あるある」をモバイルに持ってきた点だ。

現在のモバイル端末は金属などを近づけると電波が干渉されて機能に影響が出るようになっており、それを防ぐためのケースなども販売されているが、ここでは技術的なハックでその逆の現象を起こしている。「ストレンジャー・シングス」という作品の特徴と、ある一定の条件下でしか見られないコンテンツのワクワク感、それが古くから馴染んだアクションによって発見される必然性。これらがマッチすることで、コンテンツを楽しむという目的に対しモバイルがもはや補助的なスクリーンではなく、最適な体験を提供する「もっとも身近な選択肢」になっていることを示している見事な事例だった。

*このエントリーは日常の「あるある」で発見される仕掛けが意味をもつため、動画の掲載は割愛した。

2. モバイルは、共感を増幅させるデバイスである

世界の人々をつなぐモバイルの強さを感じさせたのが「フィード・パレード(FEED PARADE)」だ。

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ギネスブックによって「世界最大のプライドパレード」として認定されているサンパウロのプライドパレードが、2020年は新型コロナウイルス感染拡大の影響で中止となった。こうした状況下で「フィード・パレード」は、パレードが行われるはずだったストリートを空撮した大量の写真を投稿することで、インスタグラムにパレード会場を出現させた。そして、フィード上の会場(ストリートの写真)にユーザーの参加(チェックインやコメント)を促すことで、プライドパレードそのものをモバイル空間に移し替えることに成功したのである。

ストリートを再現するためにフィード上に用意された写真は250枚を超える。そのフィード上の1枚1枚の写真、つまりパレードの一角には、多いもので4000件近いコメントが付けられている。パレードの期間を通してフィード上のあらゆる場所にコメントが増えていく様そのものが、パレードの熱狂として再現され、パレードの本質である賛同の可視化を実現したのだ。

パレードのような大規模なイベントのオンラインシフトを考えるときにすぐ思いつくのは、パレード会場のライブカメラと過去のパレード映像を合成する仕掛けや、VR空間でアバターを歩かせるような仕掛けだろう。しかし「自分と同じ経験をしている/してきた人たちをつなげる」「LGBTQ+の人々に対する賛同の輪をひろげる」というパレードの本質を考えたとき、そういったテクノロジーを活用した取り組みよりも、「フィード・パレード」の仕掛けの素晴らしさが際立つ。一人ひとりが発信者となり、簡単に繋がりを生み出せるモバイルの特徴が、最大限発揮されているし、フィード上に残った参加者のコメントは、再びあのストリートに人々が集まれる日への期待を作り出している。まさに未来への道筋をつけていると言えるのではないか。

人と人をつなげ、誰もが発信者になれる機能を活かし、その結果として生まれる「共感を増幅させる」というモバイルの持つ強みを鮮やかにデザインに組み込んだ事例と言える。

3. データバンクとしてのモバイルの強み

今回審査員から満場一致でグランプリに選ばれたのが、「ネーミング・ザ・インビジブル(NAMING THE INVISIBLE)」だ。収集・蓄積したパーソナルデータの活用は、今モバイルに期待されることのひとつだが、「ネーミング・ザ・インビジブル」はその未来をいち早く広範に実現し、モバイルの方向性を示した

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パキスタンでは出生登録をしない人が国民の6割を超えるという。その背景には、届けを出す役所が近くになかったり交通のインフラが整っていなかったりするなかで、遠出をしてまで出生登録するメリットが腹落ちしていないことなどが挙げられる。しかし個人の基本となる情報がないことは、教育や医療など生活の様々な場面で支障が出ることを意味し、その影響がパキスタン全体を覆う根深い問題となっていた。

この課題を解決したのが「ネーミング・ザ・インビジブル」で、モバイル端末さえあればシンプルな操作で出生情報を登録でき、かつそれが政府にオーソライズされる仕組みを実現した。「ポップアップ市役所を作る」「自動登録機を街角に置く」などのアイデアも出てきそうなところ、モバイルによって、出生登録に必要な役所の機能、人、建物といったいくつもの物理的な懸案事項を飛び越えた。今、日本で各社が推し進めているDXの事例とも言える。

体験そのものに加えて素晴らしいのが、このサービスを一通信事業会社が考案し、国の公式なシステムとして採用され、120万人の出生登録という実績を出したことだ。ポップアップ市役所や自動登録機では成し得なかった数字であり、国民一人ひとりの人生に生まれたときから入り込めるこの施策は、差別化が難しい携帯キャリアのブランディングとしても最高のものになっている。

目的と手段。モバイルが最適解であるか

今回は、中止になった2020年分と合わせて、2年分のエントリーを審査した。受賞枠は増えないため倍率が2倍になり、審査も例年と違う難しさがあったと思う。モバイル部門は特に、審査持ち越しの影響を大きく受けた部門のひとつだろう。というのも、1年違えばモバイル端末でできることは大きく様変わりする。施策の内容がテクノロジーに依存したものであれば「新しさ」が肌感覚で変わってきてしまうからだ。5G、AR、ニューラルエンジンの強化で実現するサービスは、商用利用の開始や市場の飛躍と相まって今や「普通のこと」になっている。

ほかの部門、たとえばPR部門であれば、当時の社会情勢を鑑みて、その時点で社会に影響を与えたと評価できるエントリーが受賞したケースもある。私たちがPR部門でシルバーとブロンズを受賞した「#この髪どうしてダメですか」というキャンペーンは、この観点が大きかっただろう。

しかし、直感的に「少し古いな」とか「なんか普通だな」という印象を与える施策はどうしても不利になる。モバイル部門では、今回これが起こってしまった。

一方で、2020年のエントリーが2021年のエントリーに比べて総じて不利だったわけではない。大切なのは上記の役割に照らして、モバイルという手段が目的の達成に不可欠なものであったかどうかだ。

最新のテクノロジーを活用することで何らかの課題を解決できるのは素晴らしいことだが、最新のデバイスでしか体験できない機能に依存すると、逆にモバイルの可能性を狭めてしまいかねない。最適な手段がモバイルなのか? モバイルによって影響を最大化できているのか? という審査会で行われた議論は、私自身にとっても、考えを深める良い機会になった。

カンヌライオンズをはじめ、国内外のアワードで評価されたエントリーから「手段」だけを抜き取るのではなく、それぞれの本質である「目的」に目を向けると、より参考になるはずだ。エントリービデオは鮮やかな手法に焦点を当てて編集されているので分かりやすいのだが、ぜひ、エントリーのスクリプトにも目を通していただきたい。

人々にとってもっとも身近なデバイスであるモバイルの可能性はとても広く、私たちはその活用法を発見しきれていない。まだまだできることはあるという実感を、カンヌライオンズの審査を通して得ることができた。

Written by 高宮範有

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