Q&A:「デジタル市場法( DMA )」とは? – EUのデジタル市場で活動する企業のための最新版ルール集

DIGIDAY

デジタル市場を規制しようとする試みは、どこか地球外生命体と似ています。存在していても不思議はないのに、現実にはまだ誰もそれを見たことがありません。ですが、EUの「デジタル市場法(Digital Markets Act:以下、DMA)」が、ついにこの問題に決着をつけてくれるかもしれません。

つまりこれは、デジタル市場に秩序をもたらそうとしてきたかつての試みとは異なっています。こうした試みがフォーカスしてきたのは、デジタル市場の不均衡が引き起こすさまざまな「症状」でした。たとえば、一般データ保護規則(General Data Protection Regulation:以下、GDPR)は個人データの管理をユーザー自身の手に取り戻させることに取り組んできました。それに対してDMAがフォーカスするのは(少なくともめざすのは)、この不均衡の「原因」、つまりはプラットフォームです。そう聞くと希望が湧いてきますが、その詳細次第で結果は大きく変わってくるでしょう。DMAはどこまで具体的なものなのでしょうか? 各国の議会はどこまで積極的にDMAを、そこに宿る精神に則って執行するのでしょうか? その答えは時が教えてくれるでしょう。

では、いまマーケターがすべきことは何なのでしょうか? いまのところ、できることはほとんどありません。DMAの発効は2022年10月に予定されていますが、その草案も4月中には完成しない見込みです。とはいえ、ヨーロッパ各国の議会がDMAの2022年中の裁可をめざしていることを考えれば、いまのうちにこれまでにわかっていることを掘り下げておくことには意味があります。

──DMAとは何ですか?

簡単にいうと、EUのデジタル市場で活動する企業のための最新版ルール集です。GDPRと同じように、DMAがめざすのは、「ゲートキーパー(門番)」と呼ばれる大手オンラインプラットフォームの市場支配力に制限を加えることです。

DMAがGDPRと違うのは、DMAはデジタル市場を広く規制するものではないということ、そして中小企業に不相応な影響を及ぼすものではないということです。少なくとも、計画上はそうなっています。つまり、DMAの対象は時価総額の750億ユーロ(823億ドル:おおよそ10兆円)以上の巨大テック企業なのです。ちなみに、メタ(Meta)の時価総額は約6360億ドル(約79兆8800億円)、Googleは約1.9兆ドル(約238兆6400億円)です。

DMAがこの点にフォーカスしていることは、最大かつ強い影響力を持つ大手テック企業に対し、ユーザーがプラットフォーム上で他社のアプリやサービスを利用できるようにする計画があることからも明らかです。もしそうなれば、Apple製デバイスのユーザーは、App Store(アプリの販売に際して、アプリデベロッパーは手数料を支払う)以外でもアプリをダウンロードできるようになります。これによって、独立系デベロッパーのアプリとAppleのアプリの競争は激化します。つまり、新規参入者や弱者が目覚ましい進歩を遂げれば、理論上は巨大テック企業とも対等に渡り合えるようになるのです。

これは、デジタル広告から何百億ドルという四半期収益を上げていない企業にとっては、夢のような話です。巨大企業はいとも簡単に自社事業の互いに異なる各所からユーザーデータを集めて組み合わせ、それを別の方法で利用してターゲティング広告を売ってきました。そのせいで、これら小規模企業は長年、その成長を妨げられてきたのです。

DMAの下では、このようなことは許されません。

別の言い方をすると、たとえば「ゲートキーパー」は位置データを使ってユーザーが礼拝に行く場所を基にして、その人が何教の信者なのかを特定できますが、これからはこうしたこともやりにくくなるでしょう。巨大テック企業のCEOといえども、これには従うしかありません。

デジタルマーケティングエージェンシーのアキュラキャスト(AccuraCast)でマネージングディレクターを務めるファルハド・ディベチャ氏は、「一歩前進です」と言います。「巨大テック企業に及ぼす明確な影響という点から見て、これまでの規制よりもずっと包括的な規制といえそうです」。

──DMAのなかには、突出して広告業界に大きな意味を持つ部分はあるのでしょうか?

DMAは、どちらかというと各部分をまとめたものですが、なかには他よりも重要と思われる部分もあります。DMAにより相互運用性が制限されるということもそのひとつです。ユーザーの明確な同意がなければ、テック企業はサービス間でデータを共有することができなくなります。たとえばメタの場合、Facebookとワッツアップ(WhatsApp)あるいはインスタグラム(Instagram)のあいだでのデータ共有が制限されると考えられます。

オンライン上の人々への侵入的なプロファイリングの法的根拠に、「正当な利益」はもう使えなくなるのです。

おそらくDMAのなかでもっとも重要なのは、「自己優遇(self-preferencing)」および差別的な検索ランキングやデータ共有、データポータビリティに対して制限を加える条項でしょう。基本的に「ゲートキーパー」によるビジネスユーザーとエンドユーザーの両者に対する非公開データの使用はブロックされます。この点については(今のところ)はっきりとは書かれていませんが、この条項の各規定はケースバイケースで評価される可能性があることが示唆されています。簡単にいうと、DMAはこうすることで、他の企業がアクセスできないデータを「ゲートキーパー」が集めるのを阻止しようとしているのです。

これはつまり、広告主はプラットフォームが選ぶ(ときに正確さを欠く)数字を、その言葉のみを根拠に鵜呑みにしなくてもいいということです。自社の顧客やキャンペーンに関するマーケティングデータやパフォーマンスデータに、もっとアクセスできるようになるのです。

──「自己優遇」および差別的な検索ランキングについて、これはGoogleやAmazonにとっては厄介な問題なのでしょうか?

可能性はあります。「自己優遇」に関しては、ソフトウエア企業のペガ(Pega)でアドテクおよびマーテク部門のプロダクトマーケティングディレクターを務めるタラ・デザオ氏によれば、「ゲートキーパー」が検索ランキングで自社製品を優遇するのを防止するルールがつくられつつあるそうです。たとえば、あるユーザーがAmazonでデジタルアシスタントを検索したとします。その場合、AmazonはGoogle HomeやApple ホームポッド(Apple HomePod)を冷遇して、自社製品のアレクサ(Alexa)を特別扱いする検索結果を表示することはできません。

──プラットフォーム各社はDMAを警戒したほうがいいのでしょうか?

DMAに違反した場合の罰金額を聞くと、一部の大手テック企業CEOは驚きで眉をひそめるかもしれません。違反した企業には前年における世界全体の総売上の最大10%、常習の場合には20%のペナルティが科されることになっています。GDPRが科す最大4%とは雲泥の差です。

──では、反トラスト訴訟に直面していなければ、DMAは歓迎すべきものなのでしょうか?

そう断言するのは時期尚早でしょう。規制のせいでこれまでに何度も、結果的に大手テック企業による支配が抑制されるのではなく促進されてきました。整理統合によってデジタルメディア業界の競争は下火になってしまいましたが、DMAの登場によりそこに活気が戻ってくるかもしれません。このことはすでにはっきりしています。しかしその一方で、DMAは益よりも害となる可能性もあります。

たとえば、iPhoneユーザーはApp Store以外のアプリストアからアプリをダウンロードできるようになります。しかしそうすることで、Appleのウォールドガーデン・アプローチが防いできた、詐欺やマルウェアなどの問題にユーザーが遭遇するリスクは高まるかもしれません。

また、DMAはユーザーのプライバシーコントロールの強化も約束しています。プラットフォームがユーザーの個人データを組み合わせてターゲティング広告に利用するには、そのユーザーから明確な許可を得なければならなくなります。聞こえはいいですが、裏を返せば、それが意味するのは「果てしなく続くオプトイン」です。デザオ氏は次のように述べています。「サイトを訪れるたびにCookie受け入れるのに、誰もが疲れ果てています。これからも悪化の一途でしょうし、影響を受けるタッチポイントも増えるでしょう。今後もオプトインの繰り返しが続いていくのです」

──ため息しか出ません。希望を与えてくれるはずのものが、ユーザーに苦痛を与えるのでしょうか?

そのとおりです。その経緯を教えてくれるのが、これまでの歴史です。マイクロソフト(Microsoft)はInternet ExplorerとWindowsをバンドルし、ネットスケープ(Netscape)を葬り去りました。これをきっかけに、規制当局は競争法と反トラスト法を用いて大手テック企業を規制することの必要性を認識しました。問題は、規制当局がこうしたイノベーションを抑制できているようにみえず、迅速に行動できていないということです。規制当局が動くころには、テック企業は莫大な売上を得るようになっているため、高い報酬を要求するロビイストの一団を雇えるようになっています。彼らロビイストは法律の改正・施行の効果の制限に向けてブリュッセルやワシントンD.C.で暗躍します。この段階に差し掛かると、テック企業は株式公開企業でもあり、売上を伸ばすという株主への責任も負うようになっているのです。

「巨大テック企業にはインセンティブがいくつもあります。改善には不十分だが、とりあえずルールだけは守れるという抜け穴を見つける手段もあります」と、ディベチャ氏は言います。

むしろDMAは、競争を促進するのではなく、阻害する可能性があります。小規模企業に門戸を開くことがプラットフォームに推奨されている状況下では、小規模企業をどうにかして生き残らせるため、プラットフォームにインセンティブが与えられる可能性があります。この依存状態が生むのは、新たな独占の可能性です。しかも、小規模企業とプラットフォームは運命共同体化するため、そのスケールはさらに大きくなります。もしそうなれば、DMA後の世界も前の世界と大差ないかもしれません。

──広告主にとって、DMAはどんな意味を持つのでしょう?

まず第一に、大手プラットフォーム以上に、多角的なメディアプランやデータ戦略を欠いたマーケターにとっては、DMAが頭痛の種になるおそれがあります。

増加するサイロへの対処法を学ばなければならなくなり、これによって、ただでさえ複雑な仕事がさらに複雑になるでしょう。

確かに、すでに多くのマーケターが、サードパーティデータ(大抵の場合、サードパーティCookieに含まれています)なしでユーザーを大規模にトラッキング、プロファイリングする作業が断片化していくことを考慮にいれて、この問題への対応に取り組んでいます。ですが、DMAがそのハードルを上げています。

とはいえ、彼らの前途には暗雲しかないというわけではありません。大手プラットフォームが用いる閉鎖型エコシステムによる制限をこれまでずっと受けてきたアプリやプロダクト、サービス(たとえば、マイナーなメッセージングサービスや、Googleのオフィススイートと競合するアプリ、小規模な広告プラットフォームなど)のマーケターは、もっと対等な立場で勝負できるようになるでしょう。

プラットフォームの思いつきや気まぐれではなく、マーケティングの強さが、ビジネスの成長を左右することになるのです。

[原文:WTF is the Digital Markets Act?

Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:長田真)

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