中田翔の出場停止解除「脱法的」 – 三浦義隆

BLOGOS

1. 中田翔のトレードと出場停止解除の経緯

長く日本ハムファイターズの主力を務めてきた中田翔選手が、チームメイトへの暴行によって出場停止中だった2021年8月20日、電撃的に読売巨人軍に無償トレードされた。

チームメイトへの暴力という重大な不祥事があったから、放出そのものは驚くに値しない。しかし、日ハムが8月11日に中田に科したばかりの無期限出場停止処分が、移籍当日の8月20日、わずか9日で解除されたことには驚いた人が多いだろう。

中田は8月21日に早速出場選手登録されて代打で出場し、翌22日にはスタメンに名を連ねて本塁打を放った。結果的に巨人は、阪神との優勝争いの最中に強打者をタダで手に入れたことになった。ネット上には、出場停止処分を有名無実化するような一連の動きを批判する意見が多い。

2. 中田の出場停止解除は日ハムか巨人が意図的に行ったもの

ところで中田の出場停止処分がなぜ解除されたのかについては、案外把握していない人が多いのではないか。ひょっとしたら、出場停止中の選手が移籍すると自動的に前の所属球団がした出場停止処分は効力を失う(だから納得は行かないが制度上は仕方ない)と思っている人もいるかもしれない。

普通の企業ならば、前の会社で受けた懲戒処分の効力が転職先にも及ぶなどということはあり得ない。だから出場停止処分の効力は、選手の退職=移籍により自動的になくなると考える方がむしろ常識的かもしれない。

しかし実際には以下に述べるとおり、日本プロフェッショナル野球協約(以下「野球協約」という。)上、出場停止処分は移籍後も効力を有することになっている。したがって、中田の出場停止処分は、日ハムが意図的に解除してからトレードに出したか、巨人が獲得してから意図的に解除したかのいずれかなのだ。

中田はプロ野球統一契約書17条(模範行為)違反によって、野球協約60条(1)に基づき出場停止処分を受けたとされる。

処分の根拠規定となる野球協約60条のうち、本件処分に関係する部分は下記のとおり(下線は筆者)。

60条(処分選手と記載名簿)

選手がこの協約、あるいは統一契約書の条項に違反し、コミッショナーあるいは球団により、処分を受けた場合は、以下の4種類の名簿のいずれかに記載され、いかなる球団においてもプレーできない。

(1) 出場停止選手と出場停止選手名簿

球団、あるいはコミッショナー、又はその両者は、その球団の支配下選手に対し、不品行、野球規則及びセントラル野球連盟、パシフィック野球連盟それぞれのアグリーメント違反を理由として、適当な金額の罰金、又は適当な期間の出場停止、若しくはその双方を科すことができる。球団、あるいはコミッショナー、又はその両者によって出場停止処分を科された選手は、コミッショナーにより出場停止選手として公示され、出場停止選手名簿に記載される。出場停止選手は、出場停止期間の終了とともに復帰するものとする。

出場停止選手の参稼報酬については、1日につき参稼報酬の300分の1に相当する金額を減額することができる。なお、減額する場合は、上記の方法で算出した金額に消費税及び地方消費税を加算した金額をもって行う。

条文上は「適当な期間」の出場停止のみが規定されており、無期限の出場停止ができるのか否か明らかでないが、実務上はできるものとして運用されているようだ*1

いずれにせよ、出場停止選手は「いかなる球団においてもプレーできない。」と明示的に規定されている。出場停止処分が移籍により自動的に効力を失うわけでないことは明らかである。

したがって、仮に中田の受けた出場停止処分が有期限の出場停止処分であれば、中田は定められた期間が明けるまで、巨人でも出場できなかったことになる。

しかし本件は無期限の出場停止処分であった。

一般論として無期限出場停止は選手に不利な処分だが、いつ処分を解除するかは処分権者(本件では所属球団)が決めるので、短くすることも可能である。

このような無期限出場停止の性質をいわば逆手にとって、日ハムか巨人が敢えて中田の出場停止処分を解除した。これが本件の実情と思われる。

なお、出場停止処分を解除した形式的な主体が日ハム・巨人いずれであるかはあまり問題ではない。無償トレードの交渉の過程で、巨人が移籍後すぐにでも中田を出場させるつもりであることは両球団に共有されていたはずなので。両球団が意を通じてやったことと見るのが妥当であろう。

3. 中田の出場停止解除は脱法的行為

仮に巨人への移籍がなかったとして、日ハムが僅か9日で中田の無期限出場停止を解除して翌日には試合に出すなどということが許されただろうか。制度上可能ではあるが、常識的には許されないだろう。

短くすることも可能とはいえ、一般的には無期限出場停止は、相当長期間の謹慎の必要性があることを前提としている。それで十分な反省や更生が認められたとき初めて処分を解除するというのが無期限出場停止の趣旨だろう。仮に移籍がなければ、中田は今季の残り試合全休くらいは覚悟しなければならなかったはずである。

このような謹慎の必要性が、移籍をしたことによって僅か9日で消滅するとはとうてい考えられない。

それなのに、日ハムまたは巨人は、敢えて中田の出場停止を解除したのである。

このような日ハム、巨人両球団の行いは、出場停止処分を骨抜きにする脱法的行為と言わざるを得ない。多くのプロ野球ファンから批判を浴びているのも当然であろう。

【追記】

なお、どんなに批判されたとしても巨人が今から再度中田を処分することはできない。同一事由での二重処分となり、これは明らかに違法だからである。

今から中田を謹慎させようと思えば、「中田が自主的に謹慎を申し出たので休ませることにした」といった茶番を演ずるしかないと思われる。

*1:ただし、私見だがこの点は疑問がある。無期限出場停止という著しく選手に不利な処分は違法と考えるべきではないか。ドラフト制度の下、プロ野球選手には移籍の自由がない。移籍の自由がないのに無期限出場停止をできるなら、球団は選手の選手生命を事実上奪うことが可能になってしまうからである。もっとも、本記事ではひとまず無期限出場停止処分を有効なものとして扱う。

Source

タイトルとURLをコピーしました