NHKの手本・英BBCが受信料廃止か – 木村正人

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「NHK受信料制度をぶっ壊す」

[ロンドン発]貧富の格差拡大による政治の分断、ストリーミングサービスの台頭で公共放送が岐路に立たされている。一方では中国やロシアのプロパガンダが激しさを増し、公共放送の強化を求める声もある。NHKがお手本とする英BBC放送では受信料制度の廃止を求める声が強まる中、日本ではNHK受信料値下げ策が国会に提出された。

昨年10月の総選挙。「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」(現在は党名変更)の立花孝志党首は「衆院選に勝ってNHKをぶっ壊す。受信料制度、営業方式をぶっ壊していく。NHK受信料は公共料金なのに見ない人がなぜ料金を負担しないといけないのか」と訴えた。候補者は全員落選したものの、小選挙区で約15万票、比例代表で80万票近くを集めた。

立花党首は、不正に取得したNHK契約世帯の個人情報を拡散するとNHK側に迫ったとして不正競争防止法違反と威力業務妨害などの罪に問われ、今年1月、東京地裁で「政治活動としての許容範囲を超えている」と懲役2年6月、執行猶予4年(求刑懲役2年6月、罰金30万円)の有罪判決を受けた。

受信料制度にあぐらをかいたNHKの改革を求める声はもはや無視できなくなっている。政府は2月、受信料値下げ策を盛り込んだ放送法改正案を閣議決定し、国会に提出した。徴収した受信料のうち内部留保している繰越剰余金の一部を積み立て、値下げ原資とする一方で、正当な理由がないのに受信料を払わない世帯から割増金を徴収できるよう改正する。

開局100周年を迎えるBBC

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今年、開局100周年のBBCではスタッフ2万2千人が8つのTVチャンネル、50超のラジオ局、世界で最もアクセスの多い英語ニュースサイトを運営する。扱われる言語は40以上。それを支える年159ポンド(約2万4900円)の受信料について、ナディーン・ドリス英デジタル・文化・メディア・スポーツ相は1月17日、2年間据え置く方針を発表した。

BBCは180ポンド(約2万8200円)への値上げを望んでいたが、ドリス氏は「世界的に生活費は上昇している。受信料を値上げすれば自宅に取り立てが来て、刑事訴追を受ける恐れがある。懸命に働く家計に余計な圧力をかけることを正当化できない。BBCは今後も年数十億ポンドの政府資金を受け、最善の活動を続けられる」と述べた。

英中央銀行、イングランド銀行の予測ではインフレ率は4月に7.25%に達する見通しだ。エネルギー規制機関オフジェムはエネルギー価格の上限を54%引き上げる。英シンクタンク、レゾリューション財団の試算によると、平均的な家庭で年1200ポンド(約18万7700円)の負担増になる。これに受信料値上げが加わるとたまらないというわけだ。

ネットフリックス(Netflix)やアマゾンプライムなどストリーミングの巨人が台頭する中、ドリス氏は「BBC商業部門の借入限度額を倍以上の7億5千万ポンド(約1173億円)に引き上げる。受信料が未払いの場合、各家庭に刑事罰を科す強制的な受信料が適切かどうか真剣に考える時が来ている」と指摘するとともに、不偏不党と編集基準に関する10項目の実行をBBCに求めた。

2年後から4年間は物価上昇に合わせて受信料を値上げするという。ドリス氏は下院答弁で「BBCが視聴者に毎年のように受信料を要求し続けることには正直言って同意できない。2028年から受信料を段階的に廃止するか、将来の資金調達モデルがどのようなものになるかについて議論や分析は始まっていないが、全下院議員が議論に参加すべきだ」と述べた。

比較的高いBBCとNHKの受信料

BBCのリチャード・シャープ理事長とティム・デイヴィー会長は「BBCのサービスの範囲を考えると受信料は素晴らしいコストパフォーマンスを示している。受信料の2年間据え置きでインフレを吸収しなければならない。視聴者だけでなく、BBCに依存する文化産業にとっても残念なことだ」と表明した。BBCの収入は10年前に比べ実質30%減少している。

世界各国の公共放送の受信料がどうなっているのか、英下院図書館の報告書(2020年1月時点)に日本、韓国、南アフリカを加えグラフを作成してみた。NHKの受信料は衛星放送も受信できる衛星契約月額2220円の12カ月分計2万6640円で比較した。NHKやBBCの受信料が比較的高いのは予算に占める受信料の割合が大きいからだ。

木村正人

PCやスマホ、タブレットでラジオやテレビにアクセスする人が増えたため、テレビやラジオの所有と連動した受信料制度は時代遅れになった。受信料制度以外の主な収入モデルにはサブスクリプション、広告、課税、寄付などがある。政府が公共放送の独立性を低下させようとする傾向が強まる中、政府資金に依存しない運営は公共放送の死活問題だ。

BBCの受信料収入は10年度の35億1千万ポンド(約5490億円)から20年度には37億5千万ポンド(約5866億円)に増加。受信料収入は全体の4分の3を占める。受信料以外の収入は商業活動、政府資金、著作権使用料、賃料収入などだ。受信料を払わない人の割合は10年度の5.2%から19年度には7.25%に増え、20年には5万5061人が刑事訴追された。

BBCに出演しているプレゼンターの報酬は世間の批判を浴びて減額されたものの、サッカーの元イングランド代表ゲーリー・リネカー氏は136万ポンド(約2億1300万円)、女性司会者ゾーイ・ボール氏が113万ポンド(約1億7700万円)とまだ高額だ。予算削減のため、一部の時事番組が打ち切られる一方、深夜報道番組もゲストの話を延々と流すだけの安易な内容になった。

公共放送と時の政権の対立

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公共放送が時の政権と対立するのも世の常だ。イギリスの欧州連合(EU)離脱を主導したボリス・ジョンソン英首相は19年、残留派と離脱派のバランスを取って報道したBBCを「Brexit Bashing Corporation(ブレグジット叩きの協会)」「出演者には高額の報酬を支払う余裕があるのに、無料だった75歳以上にも受信料を課した」と批判した。

1982年のフォークランド紛争ではマーガレット・サッチャー英首相(当時)が「BBCは少数の反対派のケースを誇張して伝えた」「われわれの軍ではなく英軍と呼んだ」と激怒し、BBCは広告で資金を調達すべきだと繰り返し、BBCへの支配力を強めようとした。

新著『BBC:人々の歴史』を出版したBBCの元ジャーナリスト兼プロデューサーで英サセックス大学のデービッド・ヘンディ名誉教授(専門はメディア・撮影)は「BBCは無線電信会社の分社として始まり、技術革新とともに発展してきた。インターネットにも先頭に立って対応した。BBCにとって差し迫った危険はテクノロジーより政治だ」と危機感を募らせる。

「現在の政府はBBCに関心がない。労働党政権でも保守党政権でもBBCとの衝突はあった。しかし現在の与党、保守党は、BBCは集団主義的で社会主義的な国家組織だ、非効率で共産主義的な社会主義者がたくさんいるというイデオロギーを持っている。BBCは誰も見たり聞いたりしたくないようなつまらないものをやっていればいいと彼らは思っている」

「BBCの特徴はその範囲とリーチの広さなのだが、今の政府はより小さなBBC、競争力のないBBCを望んでいる。受信料の据え置きや減額による衰退は本当に危険だ。ポピュリスト的な性格を持つ政府が短期的な政治ゲームのためにBBCを見捨てるという状況は起こり得ると思う」とヘンディ名誉教授は言う。

BBCを毛嫌いしていたサッチャーの例を引いて「彼女の政権にはBBCの素晴らしさを説く閣僚がいた。そしてBBCの政治風刺TVドラマ番組『イエス・プライム・ミニスター』はサッチャーのお気に入りだった。今の内閣にはそのような知恵者がいるかどうかは分からない。だからこそ危険な瞬間だと感じるのだ」と過去と現在を比較する。

最近のBBCの報道について「ブレグジット報道では合理性と感情のバランスを取るのに苦労した。しかし本当の問題は公平性ではなくバランスを重視してしまったことにある。BBCの編集責任者が、地球は平らだと信じる人が十分に多ければ、それを反映させなければならないと言った。公平性とは、異なる考えを公平に扱いながら、証拠を吟味して確固たる結論を出すことだ」と指摘し、「保守党から見ればBBCは左寄りに見えるかもしれないが、私がBBCで一緒に仕事をした人は中道右派の人が多かった」と打ち明けた。

閣議に諮らず受信料制度の廃止をちらつかせた前出のドリス氏に対しリシ・スナク財務相から「議論不足」と批判の声も上がった。英紙フィナンシャル・タイムズによると、中国やロシアの偽情報やプロパガンダに対抗するため、リズ・トラス外相は海外向け国際放送、BBCワールドサービスに潤沢な資金を提供することが不可欠だと主張している。

米中逆転の時が刻々と近づき、デジタル革命、エネルギー革命、脱炭素化の動きが加速する中、公共放送の独立性を保ちながら、中国やロシアに対抗するため、どのように自由民主主義陣営の発信力を強めていくかは、受信料制度の今後を含め、日本でもイギリス同様、議論が求められそうだ。

(おわり)

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