何十年ものあいだ、画期的な文化的瞬間やテレビ番組、広告などは、会社の冷水機や自販機の周りで人々がそのことを話題にするかどうか、つまり世間話のネタになるかどうかが重要なポイントになってきた。
たとえば、人気テレビドラマ「ザ・ソプラノズ(The Sopranos)」の(やや物議を醸した)最終回や、スーパーボウル中の停電事故を活用したオレオ(Oreo)の「ダンク・イン・ザ・ダーク(Dunk in the Dark)」広告のように、オフィスで人々が集まって議論するようなことがあれば、その文化的意義は明らかにあった。
今日では、そもそも人々はパンデミック以前のようにオフィスでの勤務をしていないため、冷水機や自販機の周りでの井戸端会議がなくなっている。それだけでなく、皆がひとつのことに注目するような大衆文化の重要なイベントも少なくなっている。
Advertisement
ネットはマイクロコミュニティが広がる空間に変化
近年、オンラインでのコンテンツの増加により、インターネットの経験がより個別化されていると、広告代理店のエグゼクティブたちは分析する。人々が自分が興味深いと感じる特定のニッチに焦点を当てることができ、みんなが好きだからといって、それに合わせるのではなく、自分が好きなものにフォーカスすることができる。
「インターネット(少なくともインターネット動画)は、単一の広場のようなものから、興味関心のあるトピックや個性を中心に組織化されたマイクロコミュニティが広がる広大な空間へと変化した」と、デジタル広告代理店のポータルA(Portal A)の共同創設者兼マネージング・パートナーのザック・ブルーム氏は言う。「膨大な量のコンテンツが作られていることで、人々がもっと小さなグループや特定のグループに分かれ始めたのかもしれない」。
このオンラインでのシフトがいつ正確に起こったかを特定するのは難しいが、マーケティング担当者や広告代理店のエグゼクティブたちは、2016年か2017年頃にそれを認識し始めたと言っている。(米国において)選挙サイクルが文化の分断を明らかにしたのはもちろんだが、そのタイミングは偶然かもしれないとエグゼクティブたちは考える。また、彼らはパンデミックによってこの分断が加速した可能性が高いとし、家でオンラインで過ごす時間が増えたことで、人々がさまざまな興味に関して他の人とつながりたいと思うようになったと付け加える。特定のロールプレイングゲームやASMR、2000年代初頭のノスタルジアなどがその例だ。
これは、とくにZ世代において、今後も同様であると予測される。2022年のYouTube文化とトレンド報告書(2022 YouTube Culture and Trends report)によれば、「インターネット文化がポピュラーカルチャーになり、ポピュラーカルチャーがより個別化された」との詳細が記されており、Z世代の65%が多くの人が話題にしているコンテンツよりも、自分の興味に関連するコンテンツが重要だと同意している。また、この報告書は、Z世代の55%が現実世界での知人友人が興味がないコンテンツを個人的に視聴していることも明らかにしている。
個別化された経験にどのように適合させるか
そのことは、Z世代以前の世代が独自の特別な興味やニッチに向かわなかったことを意味しているわけではない。インターネットやさまざまなプラットフォーム、そしてそれらのアルゴリズムが、ニッチな興味に対応するために、より個別化された経験を提供するように努力していると、広告代理店のエグゼクティブたちは言う。彼らは、それに圧倒されてしまうことを認めた一方で、マーケターが特定の視聴者に焦点を当て、直接ニッチなオーディエンスに話しかける機会でもあると指摘する。
「(プラットフォームは)もっと親密なインタラクションや、コミュニティ感覚を持った個人的なつながりに焦点を当てている」と、リプライズ(Reprise)のソーシャル部門のグローバルヘッドであるジェイソン・コトリナ=バスケス氏は言う。「誰が最もエンゲージメントの高いコミュニティを構築できるか、という競争のようになっている」。
レイザーフィッシュ(Razorfish)の消費者・コンテンツ体験部門でエグゼクティブ・バイス・プレジデントを務めるクリスティーナ・ローレンス氏もその考えに同意する。「オンラインでの人々のエンゲージメントの仕方と、プラットフォーム全体でマーケターが利用できる割り込み型広告とのあいだには常に緊張関係があった」とローレンス氏は言う。「今私たちが目撃している転換点は、TikTok、ディスコード(Discord)、ビーリアル(BeReal)、シャッフルズ(Shuffles)、ガス(Gas)など新しいソーシャルプラットフォームが、広告を介さずプライベートやセミプライベートなコミュニティでつながる機会を提供している結果だ」。
人々がオンラインで個別化された経験を求め続け、YouTube、TikTok、ツイッチ(Twitch)などでニッチな興味や個性に焦点を当てて動画を視聴するなかで、マーケターや広告代理店のエグゼクティブたちは、自分たちのブランドがそれらのコミュニティとどのように適合するか(もし適合するなら)を検討し、彼らに話しかける方法を見つける必要がある。このシフトは、ソーシャル広告代理店のスウィフト(Swift)のシニアストラテジストであるローレン・エンブリー氏が説明するように、ブランドにとって「泳ぎやすいレーン」を作り出すことができる。
ニッチな情熱ポイントを特定する
「コンテンツは自分たちに非常に特化したものであるという期待を消費者が持っているとき、それは同時に、どのようなコンテンツがどのような人々の関心事に対して効果を持っているかについての理解も得られる」と、クリエイティブショップのノー・フィックスド・アドレス(No Fixed Address)でストラテジストを務めるキャス・チェルヴィ氏は言う。「今まで以上に、人々が何を見たいかに関するデータが手に入っている」。
同氏は続けて、「個々の人々に話しかける非常に大きな機会が得られている。たとえ個別の1対1のコンテンツを作らなくても、特定のニッチ(グループ)に話しかけることで、1人の人にだけ話しかけているように感じることができる。なぜなら、(そのグループにいる)人々の関心事がどのように一致しているかを知っているからだ」と述べている。
また、ニッチ・コミュニティで活動するインフルエンサーと協力することは、何が共感を呼び、何が呼ばないかを特定するのに役立つ。カーマイケル・リンチ(Carmichael Lynch)のソーシャル部門のトップであるケイティ・テネロビッチ氏は、「特定のニッチが見たいと思うコンテンツのビジュアル、トーン、ニュアンスを正確に把握することが重要だ」と説明した。「対象者にとってのニッチな情熱ポイントを特定すれば、彼らと話すことがずっと簡単になり、それが彼らをコンバートに導くかもしれない」と彼女は付け加えた。
オーディエンス全員に向けた予算はない
それにもかかわらず、マーケターに特定のニッチに焦点を当てるように説得するのは難しいことがある。モジョ・スーパーマーケット(Mojo Supermarket)の戦略ディレクターであるニチン・ドゥア氏は、「マーケターはできるだけ多くの範囲に投資を広げたく、誰にでもアピールしたいと思っている」と述べている。
VMLY&Rの戦略・インサイト部門マネージングディレクターであるアンバー・シェネバート氏によると、マーケターに特定の対象者に焦点を当てるように促す方法のひとつは、「全員に向けた予算があるか。世界最大の広告主でさえ、オーディエンス全員に向けた予算はない」と伝え、問いかけることだ。
「そのようにして本格的なビジネスの話し合いを始め、彼らに少し考える時間を与えると、通常はひとつか2つの対象者に絞り込んでくれる」とシェネバート氏は言う。「それがうまくいかない場合、2番目に優先すべきことは、『予算はどれくらいか』と尋ねることだ」。
インターネットが個々にカスタマイズされた体験をユーザーに提供することで、文化をシフトさせただけでなく、ブランドがコンテンツを作成する方法、そのコンテンツをターゲットとするニッチの前にどのように展開するか、といったアプローチにも影響を与えている。
スウィフトのエンブリー氏によれば、TikTokのようなプラットフォームでのオーガニックなコンテンツへの取り組みは、「アルゴリズムを最大限に活用し、ハックする」という戦略の一環として行うことができると言う。その内容は「ハッシュタグを使って特定の言葉や、ニッチが興味を持つ可能性のある内容を提示することで、その動画を当該ニッチの前に展開し、それがうまく機能していることが証明されたら、有料メディアを後押しする」というものだ。
ニッチの台頭は障壁ではなくチャンス
「私たちはとある消費財ブランドが有料広告形態でのプッシュなしで『バイラル』なTikTokチャンネルを確立するのを支援している」と、レーザーフィッシュのローレンス氏は述べる。「そのために、ブランドは『常にオン、(カルチャー面で)常に極めて最新であり続ける』というクリエイターのメンタリティを導入する必要があった。アプリ内のネイティブな音やビデオ編集を使用し、新しいトレンドやコメントにリアルタイムで対応し、ブランドのスタイルガイドを柔軟にしてプラットフォームに備わったネイティブな美学に合わせることが必要だ」。
同氏はさらに、「この消費財ブランドは、プラットフォームでの大量のエンゲージメントを促進できただけでなく、ほかのキャンペーンでは言及されておらず、TikTokでのみ言及されていた製品ラインの売上げが伸びた」と語っている。
若い世代が明らかに広告であるものを嫌う傾向が強まるなか、この戦略が今後も機能するかどうかは不明だ。それでも、プラットフォームのアルゴリズムがその経験を優先するにつれて、文化的な会話はますます個別化されるだろう。ターゲットオーディエンスの目に止まる方法を見つけることもそれに合わせて進化しなければならない。
「広告に対して、ひとつのアプローチで全てに対応するやり方は、最初からあまり効果的ではなかったと私は思っている」と、ノー・フィックスド・アドレスのサービ氏は言う。「最も効果的なコミュニケーションとは、これまでも常に、誰かに直接話しかけているような感じのものであった。これらのニッチの台頭は、障壁ではなく、かなり大きなチャンスだ」。
Kristina Monllos(翻訳:塚本 紺、編集:島田涼平)