はっきり言おう。カンヌはときに軽薄なばか騒ぎに陥りかねない。しかし、その混沌のただなかで、業界の歪んだバロメータという役割を果たすことも確かだ。
上辺だけの美徳を振りまくその向こう側で、カンヌは業界のトレンドとひそひそ話の坩堝(るつぼ)と化す。だからこそ、通行証を首に掛け、法外な値段のラテをすすり、業界のうわさ話と自己陶酔、そして時折、本物の創造性がほとばしる1週間を過ごしたわけだ。
そんな1週間を過ごした諸氏、過ごしていない諸氏にも、今回のカンヌを支配したいくつかのテーマを以下に紹介したい。
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AIをめぐるジレンマ:クリエイティブ広告の境界線を引き直す
クロワゼット大通りに今年も業界雀がさんざめいた。カンヌの1週間は、人の集まるところ、AIをめぐる広範な話題がその場を支配した。誰もが答えを知りたくてたまらない問い。それは、「そもそも、ときに捉えどころない人間の想像力の本質を、機械は理解できるのだろうか」というものだ。カンヌに広がるこの問いは、先の見えない不安の影を落とし、業界のベテランたちはAIという破壊的な力に真正面から向き合うことを迫られる。
クリエイティブメディアエージェンシーのエイジェンシー(Eidgensi)でジェネラルマネジャーを務めるジョルジュ・テルトワ氏は、AIが人から主役の座を奪うことは当分ないと固く信じている。そしてそれには正当な理由がある。将来的にAIがエージェンシーの心強い味方となることは確実だとしても、ショーの幕を開けるのは人の創造性のひらめきであることに変わりはないとテルトワ氏は話す。AIが勢いを増すに伴い、初心者レベルや管理事務など、裏方的な役割は再編され、潜在的に不要なものとなるかもしれない。それでもなお、人間の知性だけが提供できる貴重なスキル、洞察力、創意を糧に、エージェンシーは今後も繁栄しつづけるだろうとテルトワ氏は述べている。
一方、モバイル広告プラットフォームであるアドルディオ(Adludio)のポール・コギンスCEOのような懐疑派は不確実性に言及する。彼らはクリエイティブプロセスにおける人間の持続的な役割を認めながらも、AIがデザイン、業務効率、ブランドパフォーマンス、データドリヴンインテリジェンスにもたらす明白な加速度を強調する。実際、近い将来、カンヌライオンズの受賞者の大半がAIの力を借りて作品を作る時代が来るか来ないかの話になったとき、来ないほうに賭ける人などいるのだろうか。
カンヌライオンズはこうした視点がぶつかり合い、せめぎ合う場となった。そして、クリエイティブの未来を形づくるAIの役割について、熱のこもった議論や考察が行われ他だろう。舞台は整い、主張も整い、AIの影響力をめぐる審判が権威ある祭典の場で下される。
メディアサプライチェーンの新たな動向
カンヌでは、メディアサプライチェーンの話題は想定内のことであり、今年も例外ではない。ただし、例年とは異なり、このテーマが主役を演じることはなかったようだ。むしろこれまでよりも、フェスティバル全体に染み込むような広がりを見せた。
そして、たとえば全米広告主協会(ANA)による運用型広告の透明性に関する調査がついに開始されるなど、明確なテーマが存在する一方で、このカンヌの地でアドテクベンダーが提携相手から競合相手に変移するなど、より微妙な力学も浮かび上がる。具体的な議論はともかく、こうしたテーマはすべて、古い協力関係が廃れて新しい協力関係が築かれるという概念に帰結する。
コムキャストアドバタイジング(Comcast Advertising)のプレジデントを務めるジェイムズ・ルーク氏は、「カンヌは、もっと広範なグローバルメディアエコシステムと関わり、人と人とのつながりを深めるテクノロジーをよりシンプルに、より有効に活用する方法を、より野心的に考える機会を与えてくれる」と述べている。「私はカンヌのような対話の機会を歓迎する。なぜなら、世界中の買い手と売り手のために、メディアサプライチェーンを簡素化することは、我々が日々力を入れていることだからだ」。
クリエイティブリスクとコーポレートリスクの狭間で
世界は分断され、社会の規範から少しでも外れたブランドはたちまち激しい非難にさらされる。そうしたなか、カンヌは責任ある広告の課題を議論する場のひとつとなっている。業界の大物たちは、誤った行動の結果や、冒険をしないことのリスク、大胆な態度を取ることの潜在的な見返りについて議論を交わしたことだろう。
それは、ブランドイメージを管理するというある意味皮肉なゲームだ。一歩間違えれば、企業の売上は急落し、ソーシャルメディアでは批判や悪い評価が急増する。
アドテクベンダーのパブマティック(PubMatic)でEMEA担当の最高収益責任者を務めるエマ・ニューマン氏は、「責任あるメディアは業界にとって重要な論点として浮上しており、カンヌでもこのテーマで多くの議論が交わされるだろう」と話す。
「この分野は絶えず進化しているが、その着実な発展には持続可能な成長モデルの存在が欠かせない。責任あるジャーナリズムや社会的少数派への支援の強化、業界の脱炭素化への取り組みなど、重要な変化の兆しは見えている」。
小売企業はパーティの華
マーケターからエージェンシー、アドテクベンダーからプラットフォームまで、誰もが小売企業との提携を渇望している。この成長著しいリテールメディアは、低迷する市場においてさえ、より多くの広告費を引き出す鍵を握る。カンヌで実際に取引が行われるわけではないにしても、その可能性を探る場とはなるだろう。
たとえば、アドテクベンダーであるトリプルリフト(Triplelift)のカンヌ会期中の予定はびっしり埋まっていたという。ジョーダン・ビターマン最高マーケティング責任者(CMO)によると、コートダジュールで予定している266の会議のうち、20%がリテール関連だったと語る。
「今年のカンヌでは、リテールメディアネットワークが大きな存在感を示していた」と、ビターマン氏は述べている。そして、それは間違いではない。ウォルマート(Walmart)、インスタカート(Instacart)、ターゲット(Target)ら、多くの小売企業が南仏で広告関係者と食事を共にしたことだろう。もちろん、彼らがそうするのは初めてのことではない。しかし、リテールメディアがカンヌでAmazon以上の意味を持つのは初めてのことだ。ビターマン氏はこう説明する。「いまのところ、リテールメディアはほかのメディアカテゴリーと何ら変わるところはない。だが、何かもっと支配的な存在になる可能性を秘めている。広告費に関しては、すでにほかのどのカテゴリーよりも成長率が高く、少なくとも米国では、すでにCTVよりも大きな比率を占める」。
垂涎の的たる広告費を狙う小売企業にとって、カンヌライオンズへの参加はある種の通過儀礼となっている。業界との交渉力が試される場ともなるだろう。これまでのところ、リテールメディアの成果は玉石混淆だ。広告領域では早くから成功を収めている反面、効果測定、透明性、標準化といった死活的に重要な分野では、期待に適う結果を出せていない。
スーパーマーケットのセインズベリーズ(Sainsbury’s)が所有するリテールメディア事業「ネクター360(Nectar360)」の責任者を務めるアミール・ラセク氏は、「リテールメディアはかつてないほどの『上昇傾向』にあり、その成長ペースは従来の広告を凌駕している」と述べている。「リテールメディアはマーケティングファネル全体に対応できる能力をブランドやエージェンシーに提供し、オンラインでの売上と実店舗での売上のあいだにクローズドループを完結させてパフォーマンスの透明性を確保する。リテールメディアが単なる一過性の流行ではなく、着実に普及するものだと認められる所以(ゆえん)だ」。
プライバシーに集まる注目
カンヌに集う企業幹部のあいだでプライバシーの話題はあまり歓迎されないかもしれないが、避けては通れないテーマであることは確かだ。このテーマに関する各種の議論が、ここに来て急速に収斂されつつある。Googleが世界最大のブラウザでトラッキングを廃止する日は目前に迫っている。
一方、Appleはすでに自社のモバイル端末で同様の変更を実施している。さらに、規制環境の絶え間ない変化も、状況の複雑化に一役買っている。このような動的な環境下において、議論し、検討すべき課題が山積していることは間違いない。
データクリーンルームプロバイダーのインフォサム(InfoSum)で最高執行責任者(COO)を務めるローレン・ウェッツェル氏は、「プライバシーをつまらないテーマだと言う人もいるが、カンヌでは重要かつ必要な議論だ」と述べている。「規制環境は世界中で急速に進展しているし、消費者のプライバシー意識も高まる一方だ。この2つの要因だけを考えても、カンヌに集うすべてのCEOにとって、プライバシーは重大な優先事項であるはずだ。幸いにも、見通しは明るい。正しく行動すれば、プライバシーはビジネス上の差別化要因になるだけでなく、優位性にもなるだろう」。
[原文:Cannes Briefing: The storylines that will dominate the conversation at Cannes 2023]
Seb Joseph(翻訳:英じゅんこ、編集:分島翔平)