インディーズ・ビューティブランドの 廃業 が相次ぐ。市場は飽和状態【ビューティ&ウェルネス ブリーフィング】

DIGIDAY

2019年、エイサー・ビューティ(Athr Beauty)として知られているこのブランドは絶好調だった。創業からわずか1年で、すでにセフォラ(Sephora)に参入、プラスチックを使用しないパッケージで新機軸を打ち出して、人気を博していた。

「私のところには、それはもう大勢から連絡が入った。あのときは、あちらこちらのメディアで取り上げられていたから。セフォラにも進出していた」。そう話すのは創業者のティーラ・アビット氏だ。2020年には、美容誌『アリューア(Allure)』が発表する賞「ベスト・オブ・ビューティ(Best of Beauty)」を受賞している。

5年で廃業に至った経緯

ローンチからわずか5年、エイサー・ビューティは5月19日にインスタグラムで廃業を発表し、ファンを動揺させている。

アビット氏は自社ブランドのインスタグラムに投稿し、「エイサー・ビューティ閉鎖を発表するのは悲しくてたまりません。非常に難しい決断でしたが、当社にとって正しい決断なのです」とメッセージを残した。エイサー・ビューティは現在、製品の在庫分を直販ECサイトで販売しており、付与されたポイントは5月31日まで利用できる。

廃業はエイサーだけではない。新型コロナの感染拡大がはじまってからというもの、ビューティブランドの廃業は続いており、最新の事例がこのエイサー・ビューティである。2022年10月には同じようなクリーンビューティ系ブランドのライラB(Lilah B)が閉鎖予定を発表、12月にはベイパー・ビューティ(Vapour Beauty)が廃業を発表した。こうしたメークアップブランドは、YouTubeのビューティインフルエンサーたちに関係する多くのブランドと同じ道をたどった。たとえばモルフィ(Morphe)の親会社フォーマ・ブランズ(Forma Brands)が2022年に破産申請する一方で、ユーチューバーのマリーナ・ステル氏は自ら創業したメイクアップギーク(Makeup Geek)を2022年に廃業、その前には2021年にタティ・ウェストブルック氏が自身のブランドを閉じている。

「この2年、閉鎖したブランドの数をみると、異例尽くしだ」とビューティコンサルティングエージェンシーのメイキング・レモネード(Making Lemonade)の創業者で、ボクシーチャーム(BoxyCharm)でマーチャンダイジング担当バイスプレジデントも務めたことがあるドナ・ロペス氏は話す。

そもそもどの分野であれ、スタートアップはリスクに直面するものだが、現在は市場の飽和状態や資金の減少、顧客獲得コストの上昇など、さまざまな逆風が独立系ブランドに影響を与えていると複数の専門家が指摘している。

リティ・ベンチャー・パートナーズ(Verity Venture Partners)の共同創業者であり、共同マネージングパートナーのティナ・ブーサバ氏は、クリーンメイクアップブランドのコーサス(Kosas)、セイ(Saie)、ボリション(Volition)に初期投資を行なっており、「私たちはいま、間違いなく整理統合の時期にある。ビューティ業界だけではない。ほかの業界でも幅広く見られる」と指摘する。

スタートアップの創業はどの業界でもリスクが伴う可能性があり、スタートアップはそれぞれがその会社特有の問題を抱えているものだ。しかし、ビューティ業界が現在直面している問題は、はるかにリスクが大きい。

たとえばエイサー・ビューティは、ちょうどセフォラに進出したばかりの2019年に経済的打撃を受けた。その当時「Athr」は「Aether」というブランド名だったが、アパレルブランドの「Aether」から登録商標で訴訟を起こされた。

「相手は『あなたたちが営業できなくても知ったこっちゃない』という様子で、とても攻撃的だった。会社だけでなく、私と夫も相手取り、個人に対しても訴訟を起こしたのだ。夫は私の事業とは一切関係ないのに。自宅を手放すことになるだろうと覚悟した。子どももいたし、一番つらい経験のひとつだ」とアビット氏は当時を振り返った。当該アパレルブランドにコメントを依頼したが、回答はなかった。

訴訟を解決するために、「Aether」はブランド名を「Athr」に変えることに同意した。しかし、このせいでブランドではドミノ倒しが生じたのだ。スタートアップが大手販売店にはじめて参入する場合、そのほとんどは資金調達ラウンドを確保して規模拡大を支えるものだが、エイサーの場合、ベンチャーキャピタル(VC)の投資家候補が及び腰になった。

「しくじったら、最初に逃げ出す」のがVCだとアビット氏は話す。

そのうえ、リブランディングとなれば、標準的なブランドのセフォラ進出よりも出費がかさむのは避けられない。新しいブランド名のパッケージを作り、在庫分は値引きしてすぐに売りさばかなければならなかった。そこに新型コロナの直撃だ。メークアップ製品の売上は瞬く間に落ちた。

VCファンドは、ビューティやD2Cブランドに対する関心がなくなっている

エイサーだけでなく、新興のビューティブランドにとって、資金繰りは重荷になった。美容業界専門パブリッシャーのビューティマター(BeautyMatter)によると、2023年第1四半期のビューティ業界企業買収関連取引の件数は、2022年の下降傾向に引き続き、前年比で43.4%の下落となった。この数字は買収と投資の両方を含めたものだが、取引の大半は買収が占める。

IT関連をはじめとして幅広く企業に投資してきたVCファンドは、ビューティブランドやD2Cの消費財ブランドに対する関心が少なくなっていると投資家のブーサバ氏。

「浮浪雲のビューティ投資家――つまり、この5年から8年、消費財にちょっと手をだしてみた、たとえばジェネラリストのVCやIT専門のVC――は、皆、いなくなった。彼らはもう、ブランド投資に関心がない」と同氏は話す。

「D2Cが勢いづいていた頃、一時だが、VCが消費財のD2C企業に投資していたことがあった。投資分をあっというまに大きくできると踏んだからだ」とブーサバ氏は指摘する。しかし、投資家は、目に見える商品を扱っている限り、IT企業が実現できるような超成長の「ハイパーグロース企業」にはならないと学んだ。

さらに悪いことに、「オンラインの顧客獲得コストは非常に高い」とブーサバ氏。D2Cブランドにとっては、特にiOSの変更が「とどめの一撃」になった。以前はD2Cだけでしのいできたグロシエ(Glossier)は昨年の2022年、社員の3分の1を解雇したのち、ついに実店舗への事業拡大を決断した。しかしながら、「店舗で成功するのにも、コストがかかる」と同氏は指摘する。

ブランド各社は現在、早急に店舗へ食い込もうと躍起になっている。その結果、市場ではこれまでになく熾烈な争いが展開されている。デトックスマーケット(The Detox Market)はエイサー・ビューティの商品もベイパー・ビューティの商品も過去に取り扱っていたが、その創業者でCEOのロマン・ガイヤール氏いわく、クリーンビューティ系の同店に売り込みをかけるブランドの数は増えており、この5年で約400%は増加しているという。また、市場は競争が激化しており、これまで以上に多くのブランドがブランディングの腕を磨いていると同氏は見ている。5年ほど前は、「家族でほそぼそとやっていたブランドが、いまではマーケティングも手慣れたものだ」と同氏。

ビューティ業界で積極的に投資を続けている投資家は、「だれもがとても慎重で、様子見の状態だ」とガイヤール氏は説明する。「投資家は損をするようなものには投資したがらない。ほしいのは儲けのあるもの。2年前はだれもが高成長に湧いていたが、今や、安定が何より重要だ」

とはいえ、利益を出すためにはたいてい資金が必要になる。

「売り出したばかりのブランドがすぐに儲かるというのは、非常にまれだ。製品原価だけでなく、製品を生み出すコストも上昇していて、そういったものをすべて加味しなければならないのだから」とビューティコンサルティングエージェンシーのロペス氏。当然、パッケージのコストも上昇していると指摘する。

クリーンビューティブランドが飽和状態

複数の専門家によると、このところの市場では、ビューティブランドが飽和状態であることも問題だという。

「ブランドを始めるのは難しくない。ブランドを拡大させるとなると、極めて難しい」とロペス氏。

潤沢な資金を有するブランドにとっても、新しいライバル企業が続々と入り込む市場で競争するのは厄介だ。コロナ禍では、大手コングロマリットもブランドから手を引いた。たとえば、ELCはベッカコスメティックス(Becca Cosmetics)の営業を停止しており、LVMHではケンドー(Kendo)がバイトビューティ(Bite Beauty)を閉めている。

「いまは、メークアップ分野の飽和状態が特にひどい。この状態はかなり続いていて、おそらく2015年くらいからの傾向だ」とロペス氏は指摘する。「最終的に、うんざりするのは消費者の方だ。特定のカテゴリーで、同じようなタイプの製品を作るのだとしたら、数は限定される」。

「これから自力でブランドを立ち上げて成功させるとなると、5年前と比較してもかなり大変」と話すのはエイサー・ビューティのアビット氏だ。「皆こぞってビューティ業界のおこぼれに預かろうと飛びつけば、一人ひとりの取り分が少なくなるのは当然だ」。

ベイパー・ビューティやライラB、エイサー・ビューティ、バイト・ビューティはどこもクリーンビューティ分野に属していたが、この状態は、クリーンビューティ製品の売れ行き不調よりも、飽和状態というもっと大きな問題であると専門家は見ている。「クリーンビューティが問題なのではない。問題なのは、こうした独立系のブランドがすべて一斉に、この5~6年でクリーンビューティブランドになったことだ」と投資家のブーサバ氏は話す。

一方、ビューティコンサルティングエージェンシーのロペス氏は「ブランドを作るときに、クリーンでサステナブルなブランドというポジショニングだけを掲げてしまうと、消費者には刺さらない。というのも、それでは簡単にほかの誰かから真似されてしまうからだ」と指摘する。

こうした要素がすべて組み合わされば、スタートアップにとっては不安以外の何者でもなくなる。

「私たちの身に起こったことは、確かに私たち固有の問題だ。その一方で、決して固有とも言い切れない。小さな独立系のブランドはどこも、こうした類の問題を抱えているのだから」とエイサー・ビューティのアビット氏。ブーサバ氏は投資家の視点で「事業発展の原動力となる資金源がない状態で、小企業を経営するのがいかに大変なのか、皆よくわかっていない」と話す。

廃業の次の波はスキンケアブランドに

専門家は異口同音に、今後もさらに廃業が続くだろうと予測する。

「次はスキンケアだろう」とロペス氏。「メークアップが大ブームになったのは、2013年から2017年まで。2018年に入っても少しばかりそのブームが続いた。成長やイノベーション、それに消費者が買いたいものという観点では、まさにメークアップがビューティ分野の中心だった。メークアップを足掛かりに事業を始めた多くのブランドは、メークアップの売上が落ち始めても、マーケットシェアを増やしたい、成長を続けたいと考えた。そこで、皆が移った先がスキンケアだ。だからいまでは、スキンケアも大変なことになり始めている」。

現在の市場サイクルでは、成長投資よりも、買収のほうが引き続きはるかに多く見られるだろうとブーサバ氏は予測する。「それに、廃業するところもあるだろうが、ビューティ分野にはこれからもっと独立系のブランドが参入したり、ロールアップ戦略を駆使して小さな企業をいくつも買収するアグリゲーター企業と取引するブランドが出てきたりするようになるだろう」。

「事業を止めるのは、私が最後ということはないだろう」とアビット氏は話す。「でも、これから起ころうとしているのは、クリエイティブでイノベイティブなブランドが難題を打破して活躍できる世界ではないはずだ。まずはたっぷりと資金を蓄えていないとスタートできないし、多くの場合、たとえどれだけイノベイティブな考えがあったとしても、資金が少ないせいで、そのすばらしさが薄れてしまう」。

さらに、「家族経営のビューティブランドが絶滅するかどうかはわからないが、生き残るのが難しくなるのは間違いないだろう」とアビット氏は付け足した。

[原文:Beauty & Wellness Briefing: Indie beauty brand shutdowns continue as market reaches ‘saturation’

(翻訳:SI Japan、編集:山岸祐加子)

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