「 静かなラグジュアリー 」はビジネスに有効か?【ファッションブリーフィング】

DIGIDAY

2020年以降、ブランドエグゼクティブらは、パンデミックの最中に強力なコミュニティがビジネスにもたらした価値について、Glossyとのディスカッションで声をあげている。多くの消費者が節約に励んでいたとはいえ、ライフスタイルも変化していた。そして人々は自分たちが知っている好きなブランドに目を向け、たとえ退屈なものであっても(例:スウェットパンツやレギンス)、新しい現実に合ったスタイルを購入した。

オーストラリアのデザイナーで、12年前に自身の名を冠したファッションブランドを立ち上げたレベッカ・ヴァランス氏によれば、経済が衰退している今日の消費者の購買行動にも共通する点があるという。「消費者はいまも、自分たちが好きなブランドを支持して、購入している」と同氏はGlossyに語った。「だが消費者がお金を使うアイテムは、その投資に値するものでなくてはならない」。

それを念頭に、オケージョンウェアで有名なレベッカ・ヴァランス(Rebecca Vallance)では、タイムレスで汎用性の高いアイテムに特化したラインなどの商品を拡大している。エッセンシャルズ・コレクション(Essentials Collection)という名のコレクションは、スーツ、インナー、アウターウェアなど、ブラック、アイボリー、オートミールの3色からなる15種類のスタイルで4月3日にローンチ。このコレクションは発売当初はブランド全体の既製服の30%を占めることになるが、ヴァランス氏は年に2回、新たなスタイルでこの層のアイテムを増やしていく予定だ。

ヴァランス氏いわく、ローンチは顧客から着想を得た。たとえば、2022年秋のコレクションでもっとも売れたのはリトルブラックドレスだった。「そして、市場が『クワイエット・ラグジュアリー/静かなラグジュアリー』にシフトしていることを実感した」と同氏は語り、メリノウールやカシミアなどの高級素材を使用したエッセンシャルズ・コレクションを強調した。さらに同ブランドには、ショッピングの行動に基づいて生産を調整し「早く反応する」力があると述べている。

タイムレスなスタイルへの注目

経済状況を鑑みると、みずからの富を誇示するようなトレンド(ひとつにはロゴマニアなど)を身につけるのは悪趣味だというのが、空気を読んでいるほとんどの人の意見だろう。さらに、消費者が自分の裁量的な支出により慎重になり、たとえば#OOTD(今日のコーディネーション)よりも1着あたりのコストパフォーマンスを重視するようになると、汎用性のかなり高いファッションスタイルが再び注目されるようになった。アメリカンクラシックから「静かなラグジュアリー」まで、価格帯を問わず、これはいくつかのトレンドに表れている。そしてブランドや小売業者も同様にこの動きに乗っかっている。これをサステナビリティの動きと呼ぶ人もいる。

誰に尋ねるかにもよるだろうが、タイムレスなスタイルを優先することは、売上のかなりの部分を卸売チャネルから得ることを当てにしているブランドにとって賢い動きである。

3月27日の決算説明会で、トミー・ヒルフィガー(Tommy Hilfiger)とカルバン・クライン(Calvin Klein)を所有するPVHのCEOステファン・ラーソン氏は、卸売り業者は「慎重」になっていると語った。そのため、PVHのブランドは、こうしたパートナーとの緊密な連携を継続すべく、世界的なベストセラーや「コア」な製品をますます優先するようになっている。

eテイラーのネッタポルテ(Net-a-Porter)の場合は、2023年春のトレンドプレゼンテーションで強調した5つの主要トレンドにプレーンラグジュアリー(Plain Luxury)を加え、シンプルなエレガンスが現在の「ラグジュアリーの極み」であると宣言している。そのため同社は、今シーズンは、ロエベ(Loewe)の新しいシンプルなトートハンドバッグを8種類のスタイルで500点近く、そしてニューヨークのサヴェット(Savette)のミニマリストバッグを600点近く購入している。

レベッカ・ヴァランスは卸売パートナーと協力して国際的に、具体的にはヨーロッパ、アメリカ、中東で事業を拡大している。2023年の現時点ではブランドの卸売収入は前年比108%増で、事業の52%を占めている。ヴァランス氏は2024年からブランドショップを国際的に展開する予定だ。

小売業者が重視すること、そしてブランドの試み

「静かな」スタイルが人気を維持するのであれば、安全策をとることは小売業者にとってよい兆候となるだろう。だが消費者が品揃えに飽きてしまうと、その代わりにブランドの直接的なビジネスが有利に働くことになる。これは、ブランドのAmazon戦略とよく言われるもので、ベーシックを餌としてマーケットプレイスで販売し、買い物客をより充実した比較的高めのD2Cの品揃えに誘い込むというものだ。

一方、デジタル卸売マーケットプレイスのジョア(Joor)が発表した2023年2月の春のマーケットレポートによると、春に向けて小売店のバイヤーがもっとも重視したいのは、新しいものを提供すること(調査対象のバイヤーの75%)とトレンドに追いつくこと(52%)だった。持続可能性への投資(27%)と手頃な価格(25%)は、はるかに低い順位にあり、「多様性」は選択肢として提示されなかった。

ファッションファンの大きな行動のひとつである「SNSで着飾る」ことと本質的なものに対する傾倒が矛盾している点は注目に値する。

ヴァランス氏は、ブランドの顧客は「これまで以上に」ソーシャルメディア上でチェックしてほしいものを知ってから来店するようになったと述べている。

9月、エバーレーン(Everlane)のCEOアンドレア・オドネル氏は、インスタグラムのようなチャネルをブランドにとって有利に活用することの難しさについて、Glossyに語っている。「タイムレスなスタイルは目立たない」と同氏は述べた。「高価なインフルエンサーに何かを着せることはできるが、我々は評価されない。その何かがエバーレーンのものだとわかる範囲はかなり限定的だ。だから、それをどうにかするために努力している」。

4月5日公開のGlossyポッドキャストのために3月に行われたインタビューで、オドネル氏は、エバーレーンの製品の70%はシーズンからシーズンへと引き継がれ、30%は現在、季節ごとにスタイル主導の「新しさ」があり、付属のストーリーのおかげで「目的もある」ものだと述べている。この夏、エバーレーンはアメリカンファッションの「アイコン」のスタイルに敬意を表し、たとえば「完璧なTシャツ」や「完璧なデニム」を展開する。

「(ブランドが)顧客をも興奮させるサステナブルなスタイルを提供し、市場に過剰供給せずに健全に利益を上げられることが証明できればできるほど、私たちの影響力は大きくなる」とオドネル氏は述べた(多くのブランドが、アースマンスに合わせて関連する目標を今後30日間に発表する予定だ)。

AIの能力と可能性は最重要課題

ベンチャーキャピタルのアンドリーセン・ホロウィッツ(Andreessen Horowitz)のゼネラルパートナーであるコニー・チャン氏によると、「トレンド」は必ずしも「無駄」とイコールではない。チャン氏は、シーイン(Shein)やサイダー(Cider)などのファストファッションマーケットプレイスの「背後にあるテクノロジーの量」が「過小評価されている」と評した。

「これらの企業は、ファッションデザインのプロセス、誤差の少ない売上予測、数カ月前に大量発注する必要がないようにサプライチェーンを管理するなど、あらゆるところでテクノロジーを駆使している強力なエンジニアリングチームを抱えるハイテク企業だ」とチャン氏は言う。「これらの企業が、従来のリスクなしにタイムリーでファッショナブルな作品を販売できるのは、テクノロジーによるものだ」。注目すべき点として、2021年にアンドリーセン・ホロウィッツはサイダーに投資している。

ここ数カ月、AIの能力と可能性は、業界関係者以外の人々にとっても最重要課題となっている。とりわけファッションブランドのエグゼクティブの多くは、予測分析を用いて、適切な製品を適切な顧客に適切なタイミングで供給するために、生産量の適切な追跡を支援する能力に関心を持っている。

特に、トレンドサイクルの加速や、ある月にはアスレジャー、次の月には「ナイトリュクス」といった大幅なトレンドシフトを考慮すると、「最終的には、AIは効率を上げ、(ブランドの)無駄を省くのに役立つだろう」と述べたのは、リサーチ主導の小売メディア企業ザ・リード(The Lead)のチーフコンテンツオフィサー、ソナル・ガンディ氏だ。しかし同氏は、ほとんどの企業がそこに到達するには「ほど遠い」と指摘する。

小売業のレイオフが定期的に行われるようになった今、多くのブランドはサバイバルモードに入っている。しかし、大手コングロマリットはこの分野で積極的に活躍しており、AIの機会は、とにかく現時点では、大手企業がさらに大きくなるためのもうひとつの機会であることを示唆している。3月22日に発表されたケリング(Kering)の2020年から2023年の持続可能性進捗報告では、「最適化による循環」と題されたセクションで、同社がAIを使用して販売のモデル化を進めていることが示された。その目的は、余剰在庫の破棄をケリング全体で禁止する一環として、販売と生産に関する予測を完璧にすることだ。

これに関連してラーソン氏は、「コア」製品への注目度を高めるとともに、PVHは「リード&リアクション」モデルの改善に取り組んでおり、より短いリードタイムでより高いイン・シーズンの買い付けを可能にしていると述べている。

ミニマリストのラグジュアリーに最適な販売チャネルは実店舗

「静かなラグジュアリー」は新しいものではなく、このコンセプトでビジネスを成功させたブランドは、アイリーンフィッシャー(Eileen Fisher)、ラファイエット148(Lafayette 148)、ニリ・ロタン(Nili Lotan)、ザ・ロウ(The Row)、ブルネロクチネリ(Brunello Cucinelli)、ゼニア(Zegna)、ロロピアーナ(Loro Piana)などを筆頭に、長いリストになっている。2020年以降、アナザートゥモロー(Another Tomorrow)や60年の歴史があるセントジョン(St. John)など、さらに多くのブランドがこのカテゴリーに参入した。セントジョンは、ワードローブの「基本的な要素」を集めたファンデーションコレクション(Foundation Collection)を展開しており、白のTシャツを700ドル(約9万円)で販売している。

KZ_Kスタジオ(KZ_K Studio)のクリエイティブディレクターであるカロリーナ・ズマーラク氏は、静かなラグジュアリーという概念を軸に、創業14年となる自身のビジネスを構築した。世界金融危機のさなかにファッションブランドを共同創業した同氏は、それゆえに価値と持続可能性をつねに優先してデザインしてきたという。そのためには現地生産、汎用性、製品寿命を確保しなくてはならなかった。「ラグジュアリー」なディテールには、日本のテキスタイルパートナーやフランスの皮なめし工場から調達した革新的な生地などがある。同ブランドの薄手の黒のボタンダウンブラウスは、1200ドル(約15万7000円)で販売されている。

ズマーラク氏によると、ミニマリストのラグジュアリースタイルの最適な販売チャネルは実店舗だという。店員が特別なデザイン要素を指摘して説明できるからだ。当然ながら店員はスタイリングのヒントも提供できる。ズマーラク氏は、汎用性の高い「静かな」アイテムは旅行にも最適であり、ロックダウン後のブランドにとって有益だと指摘した。

「今、私たちが目にする『静けさ』は、私たちがつねにデザインの実践に取り入れようと目指してきた静けさだ」とズマーラク氏はこのトレンドについて語った。そして同氏はブランドが長年参照してきたものとして、図書館を挙げた。

「緑豊かな庭園を見下ろす高窓に囲まれ、静かでシンプルな設計の図書館で完璧な造形の椅子に座って、読書をすること以上に魅力的なことはない」とズマーラク氏は言う。同ブランドのニューヨークのデザインスタジオでは、1対1でのショッピングアポイントメントを提供しており、インスピレーションを与えてくれる本が並ぶライブラリーバー(Library Bar)が特徴となっている。

[原文:Fashion Briefing: Is ‘quiet luxury’ good for business?]

JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)

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