トビー・ダオ氏は、産業機器メーカーのティグレン(Tigren)でマーケティングマネージャーを務めている。ダオ氏は最近、あるAIチャットボット(製品名は不明)を自社ウェブサイトに組み込む可能性を探っていた。
AIチャットボットを導入すれば、顧客エンゲージメントが高まり、カスタマーサポートの質が上がると期待していたからだ。コスト削減を期待していたことは言うまでもない。しかしながら、この製品の導入には多額のコストがかかるうえ、サイト訪問者を助けるどころか、いら立たせる危険があるというのだ。結局、同社は導入を見送った。
往々にして、チャンスとチャレンジは表裏一体だ。ダオ氏のようなマーケターはまさに今、AIを理解しているところであり、公正な立場で言えば、しばらく前から理解を試みている。マーケターにとって、人工知能(AI)は決して流行ではない。ソーシャルメディアに掲載する広告の判断から顧客データの整理まで、あらゆる場所に組み込まれている。
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しかし、ジェネレーティブAIははるかに新しいものだ。AIの一種で、人がつくった膨大な既存コンテンツからパターンを抽出し、独自の作品を生成する。そして現在、貪欲に使われている。
迅速な対応が求められるマーケター
オープンAI(OpenAI)のChatGPTやDall-Eのような画像生成ツールは最も広く採用されている技術であり、この変化の最前線にある。
独立系広告エージェンシーのプランアイティー(Planit)でPRとソーシャルメディアのディレクターを務めるアシュリーン・ラーソン氏は、「毎日のように、新しいAIツールがゲームチェンジャーになると宣伝されている」と話す。「個人的には、ティックトッカーを通じて、これらのツールの情報を仕入れている。彼らはデザイナーや開発者、そして別のタイプのマーケターで、リリースされたツールを片っ端からリアルタイムで試している」。
このように、マーケターはAIの可能性に魅せられ、AIの戦略が必要かもしれないと考え始めている。
NFTからメタバースまで、くだらない技術はハイテクのハイプサイクルの副産物だが、今回はこれまでと違う。ほかの技術と異なり、AIはすでにマーケターが時間をかけて研究してきた文化に意味ある足跡を残している。その好例が「ChatGPT」だ。スイスの銀行UBSによれば、ChatGPTは発表からわずか2カ月で1億人以上のアクティブユーザーを獲得し、これまでで最も急成長したアプリとなった。
AIは今や主流だ。そして、マーケターは迅速な対応を求められている。迅速に対応しなければ、競合他社に先を越される恐れもある。しかし、あまりに素早く動くと、この技術に関する難題のいくつかを回避してしまう危険性がある。
AIはどのように使うのか?
もしそのようなタイミングがあるとしたら、今は戦略を考える絶好のタイミングだ。
ルルレモン(Lululemon)、アメリカン航空(American Airlines)、ニーマン・マーカス(Neiman Marcus)などの大手ブランドを顧客に抱える体験分析プラットフォームであるクァンタム・メトリック(Quantum Metric)のCMOを務めるエフラット・ラビッド氏は、「このような新しいAIソリューションを検討するのであれば、私は間違いなくより実践的なアプローチを採用する」と話す。
「社内のさまざまなチームに所属するあらゆるレベルのメンバーが、ソリューションをテストするだけでなくレビューを行い、その技術がビジネスにプラスの影響を与えるかどうかについて、率直なインサイトを提供する必要がある」。
本記事のために取材した12人の広告関係者によれば、このようなマーケターはソリューションにとらわれない傾向があるという。どのように結果を出すかは気にせず、ただ収益が改善されることを望んでいるのだ。
ウェブサイトのデザインを手掛けるメイド・シンプル・メディア(Made Simple Media)の創業ディレクターであるデイブ・リーダー氏は、このようなクライアントと対面したとき、マーケターが理解できる言葉でAIの仕組みについて話すことが重要であるという。つまり、技術そのものより、それがビジネスにもたらすメリットに焦点を当てるということだ。
独立系エージェンシーネットワークのティピ・グループ(TIPi Group)で、イノベーションチームに所属するジョン・キャンベル氏は、「グループ全体のクライアントから、GTPのような新しい言語モデル技術を使うことができるか、どのように使うのかという問い合わせを受けている」と話す。「私たちは全体として、3つの主な用途に集約した。コピー作成の補助、ツールへの組み込み、作業補助の3つで、さまざまな部門、あるいはさまざまな分野に応用可能だ」
どのAIも同じではない
AIは間違いなく、2007年にiPhoneが登場したとき以来、どの技術も経験したことがないほどマーケターの関心を引いている。DIGIDAYが3月に開催したメディア・バイイング・サミット(Media Buying Summit)のパネルディスカッションによるエージェンシーとの話し合いでマーケターは、最新のAIツールについて個人的にどのような実験を行っているか、仕事のやり方がどのように一変するかを議論したがっていた。
エイミー・ケニグスバーグ氏はそのようなマーケターのひとりだ。同氏はコミュニケーションエージェンシーのK2グローバル・コミュニケーションズ(K2 Global Communications)で、ジェネレーティブAIのChatGPTを使ってクライアントの記事をリライトしている。
ChatGPTを導入するまで、同氏はこの仕事を手作業で行っていた。しかし、ケニグスバーグ氏が今直面している問題は、ChatGPTが生成するコンテンツの相当な量が冗長であることだ。ChatGPTが生成する文章は基本的に正しいが、繰り返しが多くシンプルな傾向にあるという。そのため、ケニグスバーグ氏らは文章の大部分を手直ししている。つまり、ChatGPTは初稿をまとめることはできるが、最終成果物には程遠いということだ。
メリットはほかにもある。K2グローバル・コミュニケーションズの場合、この技術を導入したことで、情報が1カ所に保存され、多くの場所からアクセスできるようになり、ストレージコストを大幅に削減できたという。
ケニグスバーグ氏をはじめとするマーケターはこうしたツールを試した結果、どのように結果を求めるかが、何を質問するかと同じくらい重要であることに気付き始めている。だからこそ、マーケターたちは実験を重視しているのだ。どのAIツールも同じではなく、自分たちのワークフローに適合するプロンプトを知るには、多くの場合、試行錯誤を重ね、知恵を絞る必要がある。
「問題の解決」と「プロセスの新たな方法」が与えられるか
IT企業アリスタ・システムズ(Arista Systems)のデジタルマーケティングアソシエイトであるチンメイ・ダフラプルカー氏は、そのように考えているようだ。あるAIソリューションにこだわるべきかどうかを判断するとき、ダフラプルカー氏は必ずチェックリストを使用する。
同氏は何よりもまず、そのAIが現在のマーケティング活動をどのように強化し、その結果、会社にどのような変化をもたらすかを知りたいと考えている。チェックリストの質問は、「このAIツールは現在抱えている問題の解決策になるか?」「このAIツールは現在のプロセスに新たな方法をもたらしてくれるか?」などだ。
加えてダフラプルカー氏は、そのようなメリットはリスクを伴うかどうかに注目する。ここでは、その技術のセキュリティ、コンプライアンスプロトコルが機密データの安全性をどう確保しているかを詳しく見ることが多いという。また、顧客データを分析するソリューションであれば、EU一般データ保護規則(GDPR)のようなデータ保護法に準拠しているかどうかを調べる。準拠していない場合、それをどれくらい容易に解決できるかが問題になる。
「AIソリューションを評価する際に私は通常、抑制と均衡のシステムに従う」とダフラプルカー氏は話す。「その技術を開発した企業を調査し、ケーススタディや顧客の声を分析し、ソリューションの有効性を検証するためのテストや概念実証を行う。技術とその能力を十分に理解してから判断したいため、実際に使って評価することにしている」。
マーケターは今後、好奇心・興奮・失望を味わう
しかし、これほど厳密でないマーケターも多い。AIに対する考え方は、ときとして二極化する。メイド・シンプル・メディアのリーダー氏は、「結果や意味を十分に理解しないまま、AIを導入したがるマーケターもいる」と指摘。「このようなクライアントの場合、AI導入のプロセスは、無駄な投資や実装の失敗のリスクが大きく高まる」。
ジェネレーティブAIがいつ、どのように普及するかは誰にもわからない。しかし、はっきりしていることがある。これらの早期導入の多くが、マーケティングのベースラインの効率化を目的としていることだ。そのため、マーケターは今後、さらなる好奇心、興奮、失望を味わうことになるだろう。
アドテクベンダーのスカイ(Skai)で最高製品責任者を務めるガイ・コーエン氏は、「ジェネレーティブAIは既存の広告を取り込んだり、ブリーフを読んだり、AIを使ったりして、よりよい広告やマーケティング資料を生成できる」と説明する。「クリエイティブエージェンシーはこれらのツールを使用し、最終的にはAIが現在のクリエイティブプロセスの多くを代替することになるだろう」。
[原文:Lessons from marketers’ experience with generative AI]
Seb Joseph(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:島田涼平)