【解説】「 インクリメンタリティ 」はなぜ今リテールメディア分野で人気のバズワードなのか?

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こちらは、小売業界の最前線を伝えるメディア「モダンリテール[日本版]」の記事です
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小売企業が自社のリテールメディアネットワークの差別化を図るなか、「インクリメンタリティ」という用語が再び脚光を浴びつつある。

インクリメンタルリフト(増分的な上昇)を測定するというアイデアは、マーケターが長年にわたって注目してきたものだが、経済が悪化し、マーケティング予算が厳しくなるにつれ、インクリメンタリティという用語の使用が増えるようになった。特に、インスタカート(Instacart)からアルバートソンズ(Albertsons)に至るまで、ブランドが新興のリテールメディアネットワークに貴重な広告予算を使うように説得するため、セールストークの中でインクリメンタリティを強調することが増えているのだ。

たとえば、インスタカートは、インフォメーション(Information)によると、2022年に広告の販売で30%を超える収益を生み出したが、「インクリメンタリティのテストまたはリフト調査」が、広告サービスを構築する際に同社が重視する分野のひとつだと以前米モダンリテールに語った。インスタカートの広告商品担当バイスプレジデントを務めるアリ・ミラー氏は、インクリメンタリティが「広告主やブランドにとっては、広告によりどれだけ販売が促進されたか、実際の影響と原因の影響を示す、理想的な基準だ」と述べている。

同様に、アルバートソンズメディアコレクティブ(Albertsons Media Collective)の商品およびイノベーション担当バイスプレジデントを務めるエバン・ホボルカ氏は最近、チェーンストアエイジ(Chain Store Age)の取材に対し、小売企業が自社のリテールメディアネットワークで実施するキャンペーンの有効性を正当化するためにインクリメンタリティが役立つと語った。同氏は、「インクリメンタリティは、売上があったということだけでなく、その売上総額のうち、どれだけがリテールメディアネットワークでの広告の結果なのかということを示してくれる。たとえば、マーケティングキャンペーンの前には、ある商品に毎月10ドル(約1400円)を支出していた顧客が、キャンペーン後には毎月12ドル(約1680円)支出するようになった、というようなことを証明できる」。

しかし、インクリメンタリティテストに投資することは、プラットフォームやリテールメディアネットワークが広告主にアピールするための優れた方法であると広告主が主張しても、それは万能の解決策ではない。たとえばプラットフォームは、オフラインの世界にインクリメンタリティの指標を組み入れることが難しい。さらに、インクリメンタリティを測定するための汎用的で標準化されたフレームワークは存在しない。そのため、ブランドやメディアバイヤーはどのインクリメンタリティ統計を信頼するべきかを見極めるのが難しくなっている。

インクリメンタリティとは?

専門的にいうと、メディアレーティングカウンシル(Media Rating Council)は、インクリメンタリティを、「任意のビジネス戦略によって生み出される真の価値の測定値であり、関連する結果をほかの潜在的なビジネス要因と分離して測定することで決定される」と定義している。

言い換えれば、インクリメンタリティはマーケティングにおける潜在的な因果関係の推定を意味する。インタラクティブアドバタイジングビューロー(Interactive Advertising Bureau、IAB)で測定アドレス可能性およびデータセンター担当バイスプレジデントを務めるジェフリー・バストス氏によると、売上、ROAS(広告の費用対効果)、またはブランドが追跡しているほかの種類のコンバージョン測定結果を見るとき、メディアへの支出を分離する能力をインクリメンタリティと呼んでいる。

ピュブリシス(Publicis)の最高コマース戦略責任者を務めるジェイソン・ゴールドバーグ氏は、インクリメンタリティは経済の低迷期に、ブランドが支出するすべてのマーケティング活動について、実際の売上や利益がどの程度得られるかに関心が移行することから、人気を博すことが多いと語る。「人々は予算が厳しく、コストを抑えようと試み、自分たちの収益性を気にしているときにインクリメンタリティに多くの関心を持つようになる。そのため、経済が低迷するときは常に、すべての支出をより批判的に検討するようになる」。

バストス氏もこれと同意見で、すべての広告主が「メディアでの無駄を最小化する」ことを望み、広告によってどのような価値が得られるかに注目していくにつれ、広告主のあいだでインクリメンタリティへの関心が高まってきたと語る。

「リテールメディアでは購買意欲が高いため、ブランドと小売企業の両方にとって、インクリメンタリティは、キャンペーンの成功を見極め、メディアの効率性を高め、広告に影響を受けたこれらの増分的な顧客で市場シェアを獲得することに集中するための良い方法だ。どのみちその商品を購入する顧客にはあまり目を向ける必要はない」と、同氏は説明する。

一方で、リテールメディアネットワークは物理的な商品の販売と比較して一般的に利益を得やすく、利幅も大きいことから、多くの小売企業が構築したいものだと、ゴールドバーグ氏は語る。数でいえば、現在はeコマース大手のAmazonが最大のリテールメディアネットワークを保有しており、年間約300億ドル(約4兆1700億円)を生み出している。

ゴールドバーグ氏は、もし小売企業が収益性を維持するために苦労し、インフレが収益性を大きく圧迫して、企業がどうやって利益を生み出せばよいのかと悩んでいるなら、「もっとも魅力的な選択肢は、広告を販売することだ」と指摘している。

リテールメディアネットワークの効果の差別化にどのように役立つのか

小売企業は、自社のリテールメディアネットワークに支出することで、より多くの利益を得られるという証拠をブランドに示したいと考えており、インクリメンタリティ指標はそのための方法のひとつだ。

ゴールドバーグ氏は、インクリメンタリティとは、ブランドに対して「実際の計算」を見せ、「ブランドがリテールメディアネットワークへの投資により利益を得ることができ、それは実際に手にできない仮想の利益ではなく、GAAP(一般に公正妥当と認められた会計原則)で報告された損益計算書に示される実際の利益である」ことを証明するための手段だと語る。

バストス氏によると、今日のリテールメディアネットワークが目立つためには「ビューアビリティ、アトリビューション、インクリメンタリティのような派生しない指標に関する特定の基準を確保することであり、それが差別化の方法となる」。

アドテック企業のプライズアウト(Prizeout)で最高技術責任者を務めるブレンダン・グローブ氏は、ブランドが自社のマーケティングプロファイルをマクロレベルでより完全なものにするため、いくつかの点でインクリメンタリティが役立つと語る。「そして、たとえばここで支出を減らし、ここで増やす、といった変化を加えた場合にどうなるか、その小売セグメントでキャンペーン後にどのような影響があるかを総合的にテストしやすくなる」と、同氏は述べている。

同氏はインクリメンタリティを「壊れたスロットマシン」にたとえている。すなわち、インクリメンタリティは、広告主は経費を削るべきか、削るとすればどこかを決定し、それによって売上が減少するかどうかを確認するために役立つだけでなく、ブランドが新しいチャネルを見いだし、それらのチャネルに投資して、それによって売上が増加するかどうかをテストするためにも役立つということだ。

インスタカート(Instacart)は、同社のスポンサー付き広告キャンペーンによってどれだけのコンバージョンが促進されるかをブランドに示すため、自社のインクリメンタリティテストを売り込んできた。ごく最近、同社のプラットフォームはレキット(Reckitt)が2022年の第3および第4四半期にインスタカートで広告キャンペーンを行い、増分的売上が16.5%増加したことについてのブログを投稿した。

インクリメンタリティ指標でできないこと

IABのバストス氏は、アトリビューションの観点から見て、ブランドはビューアブルな広告の問題点と、ビューアブルなインプレッションの基準を満たすものは何かを認識するべきだと語る。「売上はビューアブルな広告のみによるものとみなすべきだ」と、同氏は述べる。同氏は、リテールメディアネットワークは広告のビューアビリティに関するMRC(メディア評価委員会)の標準を遵守するのが理想的だと勧告している。

「しかし、ブランドがコンバージョンを調べるとき、本当に注意すべきなのはこの部分だ。売上に結び付く広告のビューアビリティがないなら、インクリメンタリティは、別の方法でキャンペーンの影響と結果を数量化して、キャンペーンの結果を測定することになる」と、同氏は述べる。

もうひとつの問題は、ブランドがオフラインでインクリメンタリティのテストを行う方法を見つけるために苦労してきたことだ。そのため、次のような答えのない質問が生まれることになると、ゴールドバーグ氏は述べる。「これは、広告看板を購入したり、店舗の改装したり、新店舗を建設するよりも、インクリメンタリティが優れているか?」というものだ。

また、インクリメンタリティの測定には多くの手法や、形式、データセットが関係するため、それによる問題も存在する。さらに、インクリメンタリティの測定には常に異なるシステムが使われる傾向がある。「マーケターとCFO(最高財務責任者)は、これらを同じ基準で比較したがるが、それは不可能だ」と、ゴールドバーグ氏は述べている。

プラットフォームやベンダーがこれらの数値を算出する方法はそれぞれ大きく異なるため、ブランドはもっともインクリメンタリティが大きいと主張するプラットフォームを単に選んで、そこに支出するわけにはいかないと、ゴールドバーグ氏は語る。「語られているインクリメンタリティのほとんどは、チャネルサイロのインクリメンタリティと呼ばれるものだ。これは、あるチャネルで広告を購入した場合を、そのチャネルで広告を購入しない場合と比較したインクリメンタリティを意味する」。

そのため、同氏によると、これはあるプラットフォームに支出することの有効性を別のプラットフォームと比較しているわけではない。「これは単に、Googleの商品リスト広告やYouTubeのショッパブル広告を購入した場合、売上がどれだけ増えるかを示しているにすぎない」と、同氏は述べている。

[原文:Unpacked: Why incrementality became such a popular retail media buzzword]

Vidhi Choudhary(翻訳:ジェスコーポレーション、編集:戸田美子)
Illustration by Ivy Liu

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