求人情報に給与範囲の記載を義務づける給与透明性法がニューヨーク市で11月1日に施行されたことを受け、一部のメディア企業は11月第1週、その新法に則って求人票を刷新した。一方、インサイダー(Insider)をはじめ、この事態に備えて、以前から求人情報に給与範囲を含めていた企業もある。
インサイダーは2021年、コロラド州での法制化を受けて、求人情報に給与範囲の掲載を始めた。同社グローバルマネージングエディターを経て、今夏からチーフピープルオフィサーになったジェシカ・リーブマン氏がこのたび、DIGIDAYの取材に応え、給与範囲の開示が雇用プロセスの一助になると同時に、(場合によっては)弊害にもなる理由を語ってくれた。
注目すべきは、アクシオス(Axios)が今週報じたとおり、インサイダーは現在、ニュースルーム再編の最中であり、より多くの所属ジャーナリストに記事を書かせ、ペイウォールのなかではなく外で発信する方向に動きつつある点だ。
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インサイダーのニュースルームの労働組合は11月3日午前中のツイートで、組合員は会議において、役割および目標指標が変わり、会社は今後、従業員のパフォーマンスを指標にする旨を伝えられたと、発信した。それらの変化に具体的に何が付随するのか、DIGIDAYが訊ねたところ、インサイダーの広報は労働組合との交渉中であることを理由に、コメントを拒んだ。同社の組合にも本記事配信までにコメントを求めたが、返答はなかった。
なお、以下の会話は編集を加え、簡約してある。
◆ ◆ ◆
- ――インサイダーが求人情報に給与範囲の掲載を始めたのは、いつからか?
- ――つまり、求人段階で給与範囲を開示することで雇用プロセスは簡易化すると?
- ――給与範囲の決め方は以前の従業員の金額、あるいは同様の職に就いている人々の現行額に基づいているのか?
- ――先ほどの話では、給与の透明化によって従業員が御社での新たな職について理解しやすくなる、と。以前、インサイダーにおける昇進は今とは異なる仕組みだった。現在の昇進の仕組みについて、もう少し詳しく教えてほしい。
- ――給与範囲の開示によるマイナス面や困難はあるのか?
- ――一部のメディア企業はかなり大きな幅の給与範囲を載せているが、それが理に適っているケースはあると?それとも、新法の網をくぐり抜けるための策略に過ぎないと?
――インサイダーが求人情報に給与範囲の掲載を始めたのは、いつからか?
2021年9月、コロラド州で法律が変わってすぐに掲載を始めた。フルタイム雇用者の給与は以前から載せており、それはこれまでのところ、新人ジャーナリストを引き寄せる最大の力となっている。ただ、コロラド州の法律改正により、米国におけるすべての職について、給与範囲を開示することにした(中略)。我々は当時すでに、たとえばコロラド州に暮らす人も自由に応募でき、どんな職にでも就ける、そんなリモートフレンドリーな環境作りに向けて動いていた。したがって、公正を期すためにその時点で始めることにした。
私は採用に際しての交渉を何度となくくり返してきたが、私を含め、交渉担当は誰だって、そうした会話からいわゆるグレーな部分をなくしたい、つまり、給与の幅がどの程度なのか、はっきりとわかっている状態で応募してくる状態にしたい、と思っている。そうすれば採用担当者は会話のなかで、はたして実際の給与幅で満足してくれるのかどうか、応募してきた相手の真意を何とかして掴もうと、変な汗をかかなくて済むからだ[編註:逆に言えば、インサイダーの記者は今後、サブスクリプション目標数といったゴールを達成しても、ボーナスはもらえない]。
――つまり、求人段階で給与範囲を開示することで雇用プロセスは簡易化すると?
まさしく。双方にとって、つまりリクルーター側と応募者側のいずれにとっても、はるかに効率的なプロセスになると思う。より速く、より円滑になるし、妙な探り合いが多少なりとも減るはずだ。その人が次の職に何を求めているのかを聞き出そうとする腹の探り合いのような、妙なやり取りを多少はしないで済むようになる(中略)。謎めいた部分がなくなるし、給与交渉の場に、皆がなおいっそう平等な立場で臨めるようになる。
――給与範囲の決め方は以前の従業員の金額、あるいは同様の職に就いている人々の現行額に基づいているのか?
なるべく簡潔にしている。弊社では、どの職の給与も一定の帯域内にある。なので、新たな求人を出す際も通常、それはその帯域内に存在する。誰かを入れ替える場合も、特定の集団にすでに付与されている肩書きの場合も、それは変わらない。そのため、その職が属する現行の帯域を確認し、シンプルにその幅をそのまま適用する。帯域はもちろん、市場の状況によって変化する。したがって、市場に変化が生じれば、それは新たな求人にも反映されることになる(中略)。インサイダーでは、給与は従業員の働きと市場の状況に応じて決まる。経験年数にも、出身大学にも、ジャーナリズム学科出身かどうかにも、さほど重きは置かないようにしている。最も重要視しているのは、効率とパフォーマンスだ。
――先ほどの話では、給与の透明化によって従業員が御社での新たな職について理解しやすくなる、と。以前、インサイダーにおける昇進は今とは異なる仕組みだった。現在の昇進の仕組みについて、もう少し詳しく教えてほしい。
弊社には、キャリアラダーがある。どの職にも辿るべき道があるということだ。もちろん、ニュースルームの場合も然りで、従業員は理解している。これが記者として辿る道であり、自分は今この辺りにいる。次のレベルはここ、その後はここで、その各レベルの条件と仕事内容はこれとこれ、という具合に。だからもしも今、ジュニアレベルの記者で、一人前の記者に昇進したいと本気で思っている人なら誰でも、昇進ついて編集長に具体的に相談できる。
その利点のひとつは、キャリアの所有権を自らが握り、「私は次のレベルに行きたい」と、はっきりと公言できるところにある。それを受けて、今度は編集長がその人を査定し、「次のレベルに行くために、君にはこれとこれが必要だ」と伝える。弊社には達成の道筋を描いた、いわばスケジュール表がある。弊社の誰もが目標を持っている。誰にも量的目標値が1つと、質的目標値が3つか4つある。したがって、我々は昇進の道と呼んでいるのだが、その人がその途上にいるなら、昇進するためには、次の期に――半年ないし1年間に――成し遂げるべきことを、具体的に上司から伝えられる。つまり、私はボスに嫌われてないか?今日のボスは機嫌がいいか?といったことは関係がない。話し合いの場を持ち、フォローアップを受け、そのうえで誰もが毎年の評価を受ける。基本的に、昇進は毎年の評価の際に決まる。したがって、皆がその毎年の評価に向けて準備を整えていく。そして、上司が定めた目標に到達しそうであれば、その人はその時点で、次のレベルに行ける者として考えてもらえる、という仕組みだ。
――給与範囲の開示によるマイナス面や困難はあるのか?
給与範囲を実際に目にすると、以前は考えていたようなことを考えなくなるかもしれない。ある職に挑戦して、それは手にできなくても、面接のなかでほかの何かを知り、それをもとにして弊社の別の職に応募する、という場合もある。ただし、給与範囲があらかじめわかるために、応募自体を止めてしまい、そのせいでインサイダーとの関係を始められず、あるかもしれないほかの機会の存在を知ることもできない、という場合も起こりうるし、それはマイナス面だと思う。あるいは一方で、「この額は自分には多すぎる、どうせ受からないだろうから、応募は止めよう」と思われてしまうことも起こりうる。だから弊社では、どの求人情報にも必ず、「この職にふさわしい経験がないと思ったとしても、大丈夫。まずはご応募を。あなたの話を聞かせて欲しい」という旨の一文を載せている。応募者がそうした障害を飛び越えるための後押しに少しでもなれば、と思っている。
――一部のメディア企業はかなり大きな幅の給与範囲を載せているが、それが理に適っているケースはあると?それとも、新法の網をくぐり抜けるための策略に過ぎないと?
いくつかの職については、確かに幅はあって然るべきだと考える。たとえば、テック関連の記者を探しているとして、その職に立派なシニアレベルの人物が必要かどうかは、我々にも100%定かではない。その場合、ジュニアレベルの人がいいのかそれともシニアレベルの人がいいのか、ある程度オープンな姿勢で臨むことになる。そういうことが起きる場面はあるし、その場合、我々は現況を調査し、会う候補者を見定め、いま現在、どちらが我々にとって優先順位が高いのかを決める。とはいえ、一般的に言って、5万ドル(約700万円)から20万ドル(約2800万円)というような幅は、正直馬鹿げていると思う。
[原文:Insider’s chief people officer on why new salary transparency law makes hiring process easier]
Sara Guaglione(翻訳:SI Japan、編集:黒田千聖)