パリ、ディオール本店にみるリアル店舗の揺るぎない重要性。ShoppingからGatheringへ:ファッションジャーナリスト渡辺三津子が語る「リアル顧客体験の多様化」その1

DIGIDAY

ラグジュアリーブランドのヴァーチャル体験への取り組みも多いなか、リアルでの顧客体験の多様化も進化しています。今回、ラグジュアリーブランドの「ブランド価値」提供の新しい試みについて、ファッションジャーナリストで、元VOGUE JAPAN編集長(2008年〜2021年)渡辺三津子氏が短期連載にて紐解いていきます。

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2023春夏パリコレクションに参加するため、3年ぶりにパリを訪れた。9月の末から10月の前半。時折、気まぐれに降る雨をそれほど気にしなければ、気持ち良い日差しと程よくひんやりとした空気に、秋の装いが楽しくなる季節。街には、アメリカやアジア(日本と中国以外の人々が目立つ)からの観光客が行き交い、人気ブランドのブティックのエントランスには列を作る光景も見られた。街中でマスク姿はほとんど見かけず、私自身はコレクション会場で密になる場合や交通機関などでは着用したものの特別な視線を浴びることもなく、マスクをしてもしなくても個人の自由、という雰囲気が定着していた。

そんななか、ファッション界はポストコロナの時代へ本格的に走り出すエネルギーに満ちていた。コレクションのランウェイはもちろんのこと、パリの街はラグジュアリーブランドを筆頭に新しい店や施設のオープンで賑わい、パンデミックの期間にも確実に時代が動いていたことをあらためて強く感じさせられた。

ラグジュアリーファッション・ビジネスの未来とは

今回の渡仏でぜひ訪れたいと思っていた場所の筆頭が、2年間かけた全面改装が完了し、2022年の春にリニューアルオープンしたディオールの本店「30 モンテーニュ」だ。クリスチャン・ディオールが1946年に初めてメゾンを構えたその歴史的な場所には、これからのラグジュアリーファッション・ビジネスが目指すヴィジョンと戦略が明確に示されているはずだから。

パリ「30 モンテーニュ」ディオール本店。均整のとれたエレガンスが際立つ新古典主義建築の美しさを、クリスチャン・デイオールは自身のメゾンの精神に重ね、愛した。

パンデミック期の変化といえば、デジタルの新プロジェクトへの挑戦が著しかったことも見逃せない。ショーのオンライン配信やECはもちろんのこと、NFTやメタバースなどテクノロジーが導く新時代のコミュニケーションや価値の創造へと多くのブランドが大きく舵を切った。「リアル店舗は必要なくなる?」という極端な論調もあったが、私自身は、デジタル重視の時代の変化と比例するようにリアル店舗の重要性、必要性も明らかになってくるだろうと感じていた。必然的に店舗はその数ではなく、質によって判断されることになるが。その確かな流れを象徴するのがパリのディオール本店なのだろう、という仮説のもとの今回の「見学」だったが、その結果は予測を大きく上回る貴重な「体験」となった。

本店1階中央に位置する吹き抜けの螺旋階段は、写真撮影の最高のロケーションであると同時に、メゾンの象徴が凝縮されたスポット。

カフェとレストランの存在意義

まずはその広々と自由に巡ることができる空間の作りに驚きを持った。ブランドのラグジュアリー感とオープンな明るさが両立し、改装前は1階のみだったスペースを地上階まで拡張。ピーター・マリノが設計した内装は、まるで“パレス”に迷い込んだ感覚で(実際マリノはヴェルサイユ宮殿からインスピレーションを得たという)、部屋と部屋が限りなく続くかのような、2000㎡という実際にもかなり広いスペースがそれ以上に感じる空間を演出した。

ウィメンズ、メンズファッション、ショーズ、バッグ、ジュエリーだけでなく、テーブルウェアなどライフスタイル関連も含めディオールブランドのすべてが揃い、さらに特筆すべきはカフェとレストランが各階の重要な要素を占めている点だ。人々はショッピングのためだけではなく、ディオールが提案するトータルな「アール・ドゥ・ヴィーブル(暮らしの美学)」を体験することができる。店の中央には開放的な螺旋階段が位置し、壁一面にはオールホワイトで再現されたメゾンの歴史を形作るドレスやジャケットがディスプレイされ、その中央にはムッシュ・ディオールが愛したバラをオブジェとして巨大化したアート作品ががそそり立つ。格好の“インスタスポット”であることは疑いなく、実際何人もの人々がこの階段で写真を撮り合っていた。

2階にあるレストラン「ムッシュ ディオール」。千鳥格子などメゾンのアイコンが散りばめられて。ムッシュ・ディオールはガストロノミー(美食)の探求者としても知られる。

私は、その階段の正面にある快適なソファに座りながら、この店が「劇場」であることに気づいた。どこを見てもディオールの美学とセンスが視線を満たし、訪れる人々は皆、その劇場のなかの登場人物となる。私が目にした人々の多くはディオールのアイテムを身につけ、お互いの装いを見せ、眺め合うことを楽しんでいるようでもあった。また、その劇場空間のなかでは、友人や家族と集い、語り合い、グルメを堪能することもできる。「Shopping(買い物)」から「Gathering(集い)」へ。実店舗だからこそできる、人間らしいリアルな喜びがそこに生まれる。

メタバースの世界でも、自身のアバターを作ることで実世界より自由にファッションを堪能し、人々と交流することができるというコンセプトは理解できるし、そのような楽しみは広がっていくのだろうと想像する。しかし、だからと言ってそれが完全に「リアルにとって変わるもの」にはならず、両方の感覚を補完しあうのがひとつの「解」となり、デジタル時代の“欲張りプラン”が定着するのではないだろうか。「歴史」が生むストーリー、「ものづくりの感性とクオリティ(サヴォワール・フェール)」の大切さを謳うラグジュアリーブランドにとっては、特に身体の五感で感じる価値はデジタルだけで伝え切れるものではない。

1階の螺旋階段の前に位置するカフェ「ラ パティスリー ディオール」。ムッシュ・ディオールが愛した花、草木に囲まれたスペースでリラックスした会話が弾む。

クリエイティブ表現の拡がり

ディオール以外でも、最近のラグジュアリーブランドの例をひとつあげてみたい。グッチのアレッサンドロ・ミケーレが創設したオンラインスペース「Vault」が、期間限定でパリ、ミラノ、東京、大阪、バンコクの各都市にVault初のリアル空間でのショップをオープンした(10月22日〜11月4日)。「パレス スケートボード」とのコラボ商品のほかに、職人によって修繕された希少なグッチのヴィンテージをアーティストのヒグチユウコがペイントしたアイテムなどが並ぶ。ブランドの歴史が生む唯一無二の価値にアート性を加えたクリエイティビティに実際に触れることが特別の体験となり、新規デジタルプロジェクトとの相乗効果で話題も体験価値も最大化できる、ということであろう。このようなフィジカルとデジタルを融合した施策は「フィジタル」と呼ばれ、今後も増えてゆくだろう。

クリスチャン・ディオールが運命的に出会った「30 モンテーニュ」の土地と建物(新古典主義の控えめなエレガンスに一目惚れしたという)のもつ歴史と物語は一朝一夕で作り出すことは不可能で、ブランドの魂は、そのような「場」や「時間」や「作ってきた人々」に宿るものである。それを真に感じるには、その美の「地霊」に会いにゆくしかない。

次回は、店舗以外でもその歴史的価値を残し、未来へ繋ぐラグジュアリーブランドの試みについて見ていきたい。

Written by Mitsuko Watanabe
Images from Dior ©Kristen Pelou

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