サブスクリプションの低迷、広告に望みをつなぐジ・アスレチック:「金を出すオーディエンスはほんの一握りしかいない」

DIGIDAY

ニューヨーク・タイムズ(The New York Times)が所有するスポーツメディア、ジ・アスレチック(The Athletic)が広告ビジネスに乗り出した。別段珍しい話ではないが、そこには疑問も残る。それはなぜなのか?

ニューヨーク・タイムズがジ・アスレチックを買収して9カ月になるが、サブスクリプションにフォーカスするジ・アスレチックが成長していないことに、ニューヨーク・タイムズが急に気付いたからではない。ジ・アスレチックもまた、難局をくぐり抜けるべく広告に救いを求めているサブスクリプション事業なのだ。

結局のところ、メディアで収益を得るための最高の方法は、多角経営だということだ。それは、これからも変わることはないだろう。

ジ・アスレチックはいかに「多角化」しているか

ジ・アスレチックが抱く構想を掘り下げる前に、これまでの経緯を軽く振り返っておこう。

ジ・アスレチックは9月中旬、自社サイトとアプリへのディスプレイ広告の導入を発表した。鋭い眼力を持つ観測筋にいわせれば、これは必然だった。自社のポッドキャスト番組のオーディオ広告と、ニュースレターに時折入れられるディスプレイ広告に限られてはいたが、同パブリッシャーは少し前から広告ビジネスに参入している。そこで立ち止まる理由などない。ジ・アスレチックを2025年までに黒字化する計画がある以上、なおさらだ。

ジ・アスレチックの最高商務責任者、セバスチャン・トミッチ氏は、次のように語る。「サブスクリプションとそれ以外のミックスこそが、世界最高のジャーナリズムを生み出し続けるためのサステナブルなモデルだ。そこには広告やライセンス契約、IP開発、グッズ販売、チケット販売など、さまざまなものが含まれる。ひとつの事業だけで成功しているメディア企業がもしあれば、教えてほしいぐらいだ」。

サブスクリプションはビジネスモデルではない

金を出すオーディエンスはほんの一握りしかいない。これが現実だ。もちろん、これまでもずっとそうだったのだが、ようやくこのことが多くのパブリッシャーの目に明らかになったのは、ここ2年ぐらいのようだ。

ジ・アスレチックのオーナーであるニューヨーク・タイムズ(サブスクリプションを渇望するパブリッシャーにとっては、シンボルのような存在)でさえ、このことを身に染みてわかっている。ジ・アスレチック買収の論理的根拠のひとつは、広告売上を伸ばすチャンスをそこに見いだしたからだった。

トミッチ氏は次のように説明する。「この買収のテーマのひとつは広告だった。ジ・アスレチックに自社の広告戦略を持ち込むこと。これが、ニューヨーク・タイムズがジ・アスレチックに付加価値を与え、それを息の長いサステナブルなビジネスにするためにできることのひとつだった」。

広告とは、困難な状況からポジティブな結果を導き出すもの

パブリッシャーにとって、広告は多くの点で過酷な現実そのものだ。一定以上の寿命を望むのであれば、おそらくは広告売上を伸ばさなければならなくなるだろう。たとえそうすることでオンライン広告という名の「底辺への競争」に巻き込まれることになってもだ。賢明な企業は、この現実を受け入れつつ、自己流のやり方でそれを試みる。

ニューヨーク・タイムズにとって、それが意味するのは、ジ・アスレチックの広告を、オープンウェブではなく、直接取引で売ることだった。オープンウェブでは基本的に、より多くの広告主の目に触れさせるには、インプレッションの売り方のコントロールを犠牲にすることになる(そのクオリティは玉石混交だ)。もちろん、こうした譲歩などしなくてもいいのが理想だが、トミッチ氏は根っからの実用主義者だ。

「広告主と直接取引しているからといって、すべての読者が突然、広告を好むようになるなどという幻想は生みたくない」と、同氏は語る。

「それに、特にオープンマーケットプログラマティックに関しては、将来的に何が起こるかはわからない。ジ・アスレチックはビジネスであり、ビジネスである以上、トレードオフを含んだ決定を下さなければならないこともある。いつの日かそうなる可能性はある。いまはありそうにないことだが、その必要が出てくれば、ジ・アスレチックがオープンマーケットプログラマティックへ方針転換する可能性もある」

過去の実績は未来の業績の保証にならない

プログラマティックに関しては、パートナーシップへのフォーカスを決断したジ・アスレチックであるが、この決断はニューヨーク・タイムズの戦術をそっくりそのまま真似たものだ。ニューヨーク・タイムズは2019年、自社アプリにおけるオープンマーケット経由の広告販売を終了した。これにより、ユーザーが質の悪い広告を目にする機会は減り、さらには彼らがサブスクリプションを解約する理由もひとつ減った。いまのところ、この作戦は功を奏していると、トミッチ氏は話す。

アドエクスチェンジャー(Adexchanger)によれば、その影響でニューヨーク・タイムズは、数百万ドル規模の広告売上を失ったという。しかしそのおかげで、アプリのユーザー体験は大きく向上した。その好例が、大幅に短縮されたアプリ内広告の読み込み時間だ。この歴史が繰り返してくれることをジ・アスレチックは願っている。さもなければ、サブスクリプションの解約率が上昇しないともかぎらないからだ。トミッチ氏はこう語る。「読者は、質の悪いランダムな広告を目にすると、それとひも付けて、問題があるプロダクトに金を払っているような気になる」。

そう考えると、ジ・アスレチックが自社でコントロールできないあらゆる形態の広告を避けようとするのも納得できる。無謀さよりも慎重さ。ジ・アスレチックのこの姿勢は、これまでの広告のロールアウトを見てもわかる。ジ・アスレチックのホームページと米国版の記事内には、すでに広告が表示されているが、広告主の第1号になったのはシャネル(Chanel)だった。別の広告主の広告もまもなくローンチされることになっている。さらには英国版でも出稿が予定されており、トミッチ氏によれば、ジ・アスレチックのコマーシャルチームは現在、最初のパートナーにアプローチをかけているという。

低迷する広告、そのなかでの船出

トミッチ氏は、チームの前途に待ち受ける困難をありのままに受け入れている。「ずっと難しくなっている。必要なのは、事業開発を手掛けたり、プログラマティックを始めるのではなく、現場で相手とスマートな会話をすることだ」

言い換えれば、ジ・アスレチックに必要なのは、しっかりと決められる強い営業チームであり、人材の獲得こそが目下の急務だ。この採用活動が計画どおりに進めば、来年のはじめまでに、ジ・アスレチックのグローバル営業チームは10~15人の体制になっているはずだ。来年のはじめといえば、おそらくは不況一歩手前の景気後退の真っ只中にいるころだろう。

「我々の目標は、広告主がこれまでのやり方を変えて、ジ・アスレチックと直接取引してくれるようになることだ。多くの優秀な人材を集め、コンシューマープロダクトに投資すれば、十分な注目と需要を市場で獲得できるようになると確信している」と、トミッチ氏は語る。

この野望の格好の試金石となるのが、今年の最終四半期に開催されるFIFAワールドカップだ。IPG傘下のマグナ(Magna)の予測によれば、FIFAワールドカップの効果で、今年の広告支出は9.2%押し上げられ、8160億ドル(約117兆円)に達する見込みだという。

エンダーズ・アナリシス(Enders Analysis)のCEO、ダグラス・マッケイブ氏は、次のように語る。「スケールやボリューム、トラフィックがジャーナリズムの中核ビジネスモデルだった時代は過ぎ去った。英国だけでも、コロナ禍のなかで約200万のデジタルサブスクリプションが創出された。パブリッシャーは読者が金を出してもいいと思う独自のコンテンツにフォーカスすると同時に、新たなバンドルとより明確なユースケース、サービスもデザインしている。オンラインでは、一般的なプリントメディアとは異なるものが提供されるのだ」。

さまざまなダイナミクス

さまざまな課題はあるものの、そこにはジ・アスレチックに有利に働く潜在的なトレンドもいくつかあるといえるかもしれない。まずあるのが、膨れ上がる一方の放映権料で判断するなら、スポーツは不景気に強いという事実だ。それは、好きなスポーツを観戦するためなら、人々は出費を惜しまないことを示す確かなサインだ。

不景気であろうとなかろうと、この種の注目はマーケターにとって格好の好材料となる。そして今回の彼らは、リーチを得るために支出を増やすべき理由を聞くくらいならかまわないという気になっているようだ。それを物語っているのが、サードパーティアドレサビリティの緩やかな減少だ。これが進めば進むほど、市場の分裂もさらに進んでいく。一方では、ファーストパーティデータと同意に支えられたハイクオリティな広告インベントリが拡大していく。

他方では、詐欺や市場操作の影響をはるかに受けやすい、ターゲティングが不十分なインプレッションのロングテールが生じる。ニューヨーク・タイムズとジ・アスレチックは、自分たちはどちらの側にいると思っているのだろうか?

「プログラマティックの経済性は、我々の戦略のサポートにはならない。世界トップクラスのジャーナリストの獲得や、プレミアムアプリへの投資にも報いてくれない」と、トミッチ氏は語る。「プログラマティックが報いてくれるのは、ページビューとトネージだけだ」。

広告の先にあるもの

強力なブランドには、成長への道がいくつもある。収益性を追求するジ・アスレチックでも、あらゆる可能性が検討されているようだ。親会社のニューヨーク・タイムズと同じく、ジ・アスレチックも現在、サブスクリプションによって築いてきたアドレサブルな巨大市場のさまざまな活用法を模索している(買収時のジ・アスレチックの有料サブスクライバー数は120万人だった)。

トミッチ氏はこう語る。「チケット販売、スポーツベッティング、グッズ販売、ファンタジーリーグなど、ジ・アスレチックがスポーツファンに付加価値を与えられるサービスはいろいろとある。優秀な人材とIPのリーチを広げれば、各種プラットフォームでのドキュメンタリー番組や、書籍のライセンス契約、さらにはサブスクリプション事業の拡大が見込めない海外市場での活動などによって、収益を上げることは十分可能だ」。

[原文:‘The sustainable model’: Rationalizing The New York Times’ plan to go all in on ads with subs-heavy The Athletic

Seb Joseph(翻訳:ガリレオ、編集:分島翔平)

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