23歳のラッパー兼シンガー、リル・ナズ・Xが 新世代 のファッションの顔になったわけ【ファッションブリーフィング】

DIGIDAY

9月13日、リル・ナズ・X氏がコーチの2023年春のランウェイを歩いた。これはマーケティングの焦点をZ世代の獲得へと移行した同ブランドの新たな試みである。

23歳のラッパー兼シンガーであるリル・ナズ・X氏は、以前のセレーナ・ゴメス氏マイケル・B・ジョーダン氏のように同ブランドの顔としての役割を果たすことになる。これまでの例からすると、マーケティングキャンペーンに登場したり、製品のコラボレーションを行うことになるのではないかと思われる。今回のパートナーシップにおける消費者向けの要素については、ブランドのエグゼクティブはリリース前の言及を避けた。

リル・ナズ・X氏は、コーチの最近の顔で「クリーンガール」の美のイメージがある53歳のジェニファー・ロペス氏とは対照的だ。この動きが意味しているのは、親しみやすいラグジュアリーブランドに対する「表情豊かなラグジュアリーブランド」という、コーチが提案する新たなポジショニングの強調である。ロペス氏も引き続きコーチのブランドアンバサダーを務める。

ファッションショーの前のバックステージで、コーチのCEOトッド・カーン氏は、リル・ナズ・X氏が従来のレッテルや規範を超えて活動してきたというその経歴を指摘した。「彼は男らしさの定義や音楽ジャンルの定義などに関して、あらゆるルールを破っている。彼は革新的な人物であり、コーチはつねに革新者だ」。

若者にとって真のラグジュアリーは自己表現と個人主義

現在ではマイケル・コース(Michael Kors)やケイト・スペード(Kate Spade)などのブランドが含まれているアクセシブル・ラグジュアリーカテゴリーを開拓してきたコーチは、よくも悪くもその革新性の一例である。

「今日の若い顧客にとって真のラグジュアリーとは、人によい印象を与えるためのものではなく、自己表現と個人主義のためのものだ」とカーン氏は述べている。

「そして(若者の考える)自己表現とは、ひとつの本物の自分についてではなく、多くの自分についてだ。つまり流動的なのだ」と説明するのは、コーチのグローバルチーフマーケティングオフィサーのサンディープ・セス氏だ。「だから我々はファッションブランドとして、どうすれば、あらゆる人々に対して思いのままに自分を表現するよう促すことができるのか、自問している」。

リル・ナズ・X氏の人気と彼の大胆で個性的なスタイルを利用して、同様の考えを持つZ世代とつながろうとしているブランドは、コーチだけではない。そのひとつであるヴォーグ(Vogue)も、9月12日に初の試みとして行われたヴォーグワールドで、ランウェイのパフォーマンスに彼を起用している。8月には、イヴ・サンローラン・ボーテ(YSL Beauty)が彼をアンバサダーに任命した。また、ヴェルサーチェ(Versace)ハリスリード(Harris Reed)などのブランドの代表として、前者はホットピンクのカウボーイスーツ、後者はフープスカートにヘッドドレスのコンボでリル・ナズ・X氏はレッドカーペットに登場している。ローンチメトリックス(Launchmetrics)によると、これらのパートナーシップについてのリル・ナズ・X氏自身のインスタグラムの投稿は、大きなメディアインパクトバリュー(MIV)をもたらしている。コーチとの契約を発表した彼の投稿は、わずか2日間で41万7000ドル(約5978万円)のMIVを記録した。

他のファッションブランドも、ハリー・スタイルズ氏と組んだグッチ(Gucci)など、ジェンダー規範の概念に挑戦するスターと手を結んでいる。

大切なのはブランドアンバサダーが体現する価値観

コーチに在籍して14年のベテランとなるカーン氏は、1年近く暫定CEOを務めた後、2021年半ばにCEOに任命された。一方セス氏は、P&Gで20年以上、直近で美容ブランドSK-IIのCEOを務めたすぐ後にコーチに入社している。2020年以降、コーチは親会社タペストリー(Tapestry)の「アクセラレーション・プログラム」のもと、価格やプロモーションを中心としたマーケティングから、価値観や価値を重視したメッセージングへと軸足を移し、事業を正しい方向に導くことを目指してきた。2013年にファッション界の重鎮スチュアート・ヴェヴァース氏をクリエイティブディレクターに起用した直後から、セレブリティの「集団」とのパートナーシップを通じて、より多くのオーディエンスとつながることを会社の戦略としている。現在、50カ国以上で販売されているこのブランドには、40人以上のセレブリティ・アンバサダーがいる。

セス氏は、1941年に移民の夢としてスタートしたコーチの歴史に惹かれて入社したのだという。そしてコーチと、顧客やアンバサダーとの間に同じような類のつながりを持たせることが、ブランドの成功には欠かせないと話す。アンバサダーは、ブランドと共有する特定の価値観に基づいて選ばれており、特にコーチのアンバサダーシップは1シーズンで終了することがほとんどないため、信頼性や長期的な親近感を保証する。リル・ナズ・X氏の場合、「リアルであろうとする彼の勇気」に価値があるとセス氏は述べた。

たとえばコーチの「アイコン」であるローグ(Rogue)やタビー(Tabby)といったバッグの新たなバージョンに投資するためには、若い顧客もこのブランドに共感する必要がある。「人々は、単に『C』のために『C』(のロゴ)を身に着けているわけではない」とセス氏は言う。「そうではなく、重要なのはそれが暗示している価値観と、それに共感しているという事実だ」。

注目すべきは、コーチとリル・ナズ・X氏の両者が最近その価値観の認識について批判を受けていることだ。10月には、あるTikTokerが売れ残ったハンドバッグを破棄したコーチを非難した。また昨年、保守派はリル・ナズ・X氏が「冒涜的な」動画と製品のコラボレーションを発表したと咎めている。

現実の世界で「体験的な瞬間」を提供

コーチのランウェイショーは、モデルのラインアップにすばらしい多様性があり、ヘアメイクのルックも画一的でないため、ブランドの新たな方向性を示すのにふさわしい発表の場という役割を果たした。また、同じようなプレタポルテのスタイルも、豊富なカラーバリエーションと幅広い品揃えのアクセサリーとともに紹介している。メッセージは「Make it your own(自分の好きなようにしよう)」だ。

いつもの調子でセス氏はショーの前に、コーチではバッグの裏地から金具に至るまで、あらゆる要素を買い物客が自分で選ぶことができるカスタムメイドのバッグを提供していることに触れた。この商品は今後のマーケティングで再登場する予定だ。

リル・ナズ・X氏は、コーチのショーではランウェイを歩いただけでパフォーマンスはしなかったが、ヴォーグワールドでの彼のパフォーマンスを取り巻く話題性を鑑みて、コーチもいずれそうした機会を受け入れることは間違いないだろう。他のファッションブランドもミュージシャンのパートナーとはためらわずにそうしたことを行っている。たとえば2021年にはパクサン(Pacsun)とのコラボレーションを盛り上げるために、ラッパーのエイサップ・ロッキー氏が店舗のひとつで未発表曲を披露している。

コーチはリル・ナズ・X氏とのパートナーシップのデビューで、ニューヨークのパーク・アヴェニュー・アーモリーに600人を招待し、通常のショー会場をアップグレードした。昨シーズンにショーを行ったのは、より小規模なピア36である。そしてコーチの店舗を含め「体験的な瞬間」を提供することが、今後に向けてのブランドの優先事項だとセス氏は述べている。

セス氏によれば、すでにコーチは店舗で検討されている新たなコンセプトを試すために、世界中でポップアップを「継続的に」開催している。9月18日までは、ニューヨークのノリータ(Nolita)で、グラフィティアーティストのミント&サーフとのコラボレーションによるポップアップを開催した。コーチの計画は、米国でのポップアップの展開をすぐに加速させることで、ブランドの売上の90%はD2Cである。

「コーチの体験によってコミュニティを築き、五感のすべてを刺激して驚きと喜びを与えたい」とカーン氏。「今月来店した人が、3カ月後には何か新しくて面白いものを目にするべきなのだ」。

「ブランドは、バーチャルの世界と同じように、現実の世界にも存在しなければならない」とセス氏は付け加えた。コーチはソーシャルチャネルではなく、9月2週目の週末にタイムズスクエアのビルボードでリル・ナズ・X氏とのコラボレーションを予告した。

新しく革新的なファッションを目指して

タペストリーの最新の決算報告によると、コーチは2022年度に北米で400万人の新規買い物客を獲得するなど、顧客層の拡大が順調に進んでいる。そして今、2025年までに57億ドル(約8174億円)のブランドとなることを視野に入れている。トレンドの中心であるZ世代に焦点を絞りつつ、専門家のサポートを活用することが、その戦略のカギだ。

「パートナーは、あなたを新しい場所に連れていってくれる」とカーン氏は言う。たとえば、先週スタートしたリル・ナズ・X氏の「ロングライブモンテロ(Long Live Montero)」ツアーで、コーチが共同開発したワードローブについて彼は触れている。「我々のチームと彼のチームが一緒になって、コーチというブランドを表現しながらも、従来とは違った予想外の方法で6つの魅力的なルックを作った」。コーチのロゴが入った馬がステージの小道具として使われ、ルックにはゴールドのグラディエータースーツが含まれている。

「ありふれたものを利用してそれを面白くしたり、異なるアイデアを組み合わせたりしたときにこそ、ファッションは新しく革新的なものになる」とカーン氏は述べている。

[原文:Glossy Pop Newsletter: Why do influencers go to New York Fashion Week?]

JILL MANOFF(翻訳:Maya Kishida 編集:山岸祐加子)

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