メディア企業数社が2021年、特別買収目的会社(Special Purpose Acquisition Company:以下SPAC)設立による上場を果たし、経営陣はその後の展開に大きな期待を寄せていた。SPAC経由の上場は、証券取引所に新規株式を公開する従来のIPOに比べ準備期間が短くて済む。また、事業の成長・買収計画に必要な資金調達の手段としても注目される。
しかし、上場への近道として、白紙委任会社とも呼ばれるSPACを利用する方法を選んだメディア企業の一部はいま、その選択の結果をつきつけられている。プライベートエクイティ投資ファンドからの資金注入は続いているが、公開市場では好感をもって迎えられているとはいいがたい。
デジタルメディア大手のBuzzFeedの株価は6月1日の終値が3.39ドル(約425円)で、上場時の3分の1以下。また、BuzzFeed上場を目的として同社を合併したSPACが調達した2億8750万ドル(約360億円)の資金のうち、94%を投資家が引き揚げるという事態に陥っている。
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一方、フォーブス誌の発行元であるフォーブス・グローバル・メディア・ホールディングス(Forbes Global Media Holdings、以下フォーブス)は6月1日朝、SPACであるマグナム・オパス・アクイジション・リミテッド(Magnum Opus Acquisition Limited、以下マグナム・オパス)との合併計画を撤回すると発表した。
フォーブスのSPAC上場撤回の理由
フォーブスの最高コミュニケーション責任者ビル・ハンキス氏はSPACを取り巻く環境について、「ますます厳しくなった」と評し、SPAC経由の上場に必要な「審査等の準備が過度に長引いている」と述べた。
ハンキス氏によれば、SPACとの合併はもともと2月に完了するはずだったが、契約が延期された。2度目の延期のあと、3月29日のDIGIDAY Publishing Summitに登壇したフォーブスCOOのジェシカ・シブレー氏は、合併の遅れについて質問された。
シブレー氏は「標準的なプロセスだが、進捗が遅い」監査、SPAC案件のデューデリジェンスの強化、米証券取引委員会(以下、SEC)によるSPAC審査の遅れを理由に挙げながらも、「我々は上場を果たせると確信している」と述べた。合併契約完了の3回目の期限は5月31日。しかし今回、フォーブスおよび香港拠点の大株主である投資グループ、インテグレイテッド・ホエール・メディア(Integrated Whale Media、以下IWM)は、再延期をせず、合併契約を破棄する決定を下した。
フォーブスは2021年8月、PIPEs(パイプス、Private Investments in Public Equities:投資会社による上場会社の私募増資引き受け)を通じ、機関投資家から4億ドル(約500億円)を調達すると発表していた。しかし資金注入は、SPAC(香港に拠点を置くマグナム・オパス)とフォーブスの合併完了を条件としていたため、今回の計画撤回により不成立となった。
2021年8月時点の計算で、創業104年のフォーブスはマグナム・オパスと合併後、時価総額6億ドル(約750億円)以上に達する見通しだった。
SECの審査による遅延
SECは2022年3月、SPACの業績見通し開示をめぐる新たな規制案を公表した。SPACとの合併に向けたプロセスに遅れが生じた一因はそこにあると、フォーブスのハンキス氏はいう。「SECによる追加レビューで、当事者にとっては準備の時間と労力が増えた。それと同時に、SPACという手段自体が投資家からの支持を失ってしまった。SPAC経由で上場したIPO銘柄の多くが株価不調に陥っているからだ」。
「当社としてはSPACとの合併でなく、会社をこのままの形で買収してくれる投資家を探して上場にもっていくなど、ほかにも選択肢はある」とハンキス氏は語る。「ただし選択にあたっての判断は、大株主(Integrated Whale Media:IWM)にゆだねられる。現時点では具体的な提案はない」。
SPAC経由の上場ルートの魅力は、長期におよぶロードショー(IPOまでに行う投資家向けプレゼンテーション)の回避や投資家圧力の軽減にある。しかし米DIGIDAYが取材した複数のアナリストによると、SECの審査厳格化により、SPAC上場を選んだ企業は苦戦を強いられているという。
投資銀行のザ・ベンチマーク・カンパニー(The Benchmark Company)でインターネット/放送/メディア部門の株式シニアアナリストを務めるダニエル・クーノス氏は、「フォーブスはおそらく、外国人持株比率の高さから、SECの精査の対象となったのだろう」と述べている。香港拠点のIWMを主要株主に持つフォーブスは2022年2月、中国で創業した仮想通貨取引所バイナンス(Binance、幣安)からの出資に合意したと発表した。資金は、フォーブスが上場計画と同時に発表したPIPEsの引受契約を通じて調達される予定だったが、けっきょく不首尾に終わった。
「SPACにとって不利な市場環境」
今回DIGIDAYが取材したアナリストの大半が、フォーブスへの投資については好機であると認めつつも、SPAC上場にはまだ機が熟していないという点で意見が一致しているようだ。
経営コンサルタント会社アーサー・D・リトル(Arthur D. Little)でテレコム/IT/メディア/エレクトロニックス部門を率いるパートナーのシャヒード・カーン氏は、「市場はSPACにとってきわめて不利な環境下にある」と指摘する。
一方、クーノス氏は次のように述べている。「どんな手段を介した上場であっても、いまは市場の反応がかんばしくない。上場するなら、株価の乱高下が落ち着き、投資家心理が回復してからの話だ」。
それでもクーノス氏は、フォーブスによるSPAC上場計画撤回は、「メディア企業への投資意欲にはまったく影響しないだろう」と予想する。M&Aアドバイザリーを専門とするプログレス・パートナーズ(Progress Partners)のシニアマネージングディレクター、サム・トンプソン氏もフォーブスの決定について、メディア企業によるSPAC経由の上場ルートの終焉を示唆するものではないとしている。
ただし、インフレと金利上昇が景気減速と併存する環境下でSPAC上場を試みたのは時期的に望ましくなかったといい、こんな疑問を口にした。「SPACの活用はアイデアとして悪くないが、相場が下落し、底を打ったかどうかもわからないような市場にIPOするなど、誰が考えるのか?」。メディア企業の上場計画は、当面「保留になる可能性が高い」とトンプソン氏はつけ加えた。
プライベートエクイティ投資ブーム
しかし、株式市場に不透明感が漂う状況は、メディア企業へのプライベートエクイティ投資にとって「好機となる」と、カーン氏はいう。たとえば、PEファンドのノースエクイティ(North Equity)が所有するリカーレント・ベンチャーズ(Recurrent Ventures)は2022年5月、ブラックストーン・タクティカル・オポチュニティーズ(Blackstone Tactical Opportunities)が率いる投資ラウンドで3億ドル(約375億円)を調達したと発表した。今回のラウンドの結果、これまでに調達した資金の総額は4億ドル(約500億円)を超えた。ほかにも、2021年9月のアポロ・グローバル・マネジメント(Apollo Global Management)によるヤフー(Yahoo)買収などの事例があることから、カーン氏は「実際、メディア業界は投資に好適な環境だ」と語っている。
しかし、PEファンドが所有者になるという事態は、メディア企業で働くスタッフからすれば、「死を告げる鐘」のように思えるかもしれない。アルデン・グローバル・キャピタル(Alden Global Capital)のように、地方の新聞社を次々と買収し、経費削減と解雇に大なたを振るうヘッジファンドの不評を耳にするからだろう。
アナリストのあいだでは、2022年はメディア業界に変化が訪れそうだという見方が大勢を占めている。クーノス氏は、業界再編・統合が進むと予想する。「今後1年から3年のうちにM&Aの波が来たとしても不思議ではない。だからこそメディア企業、とくにデジタルメディア企業はIPOを目指そうとしないのだろう。株式を公開すれば、膨大なデータを格納できるデータレイクの確保や事業のスケールメリットを追求する大企業に飲みこまれてしまう恐れがあるからだ」。
トンプソン氏はメディア企業自体の構造改革を予測しており、株式を非公開化したり、PIPEsを通じて外部資本を導入したりといった動きがみられそうだという。「今後は、事業再編の一環として、さまざまな形の一時解雇が実施されるようになるかもしれない。コロナ禍に入ってからの2年、企業としては『どれだけコストをかけても成長をめざす』という考えだったものが、いまは『ちょっと待て。コストについて考えはじめるべき時期じゃないか』という姿勢に変わってきている」。
[原文:Industry questions value of SPACs after failings at BuzzFeed, Forbes]
(翻訳:SI Japan、編集: )