今回は、ファッションで人気のバーチャルインフルエンサーのトレンドが、ビューティブランドでどのように採用されつつあるかについて取り上げる。
バーチャルインフルエンサーを起用するビューティブランド
もしあなたが、オラプレックス(Olaplex)の一番新しい「社員」を紹介するインスタグラムの投稿を偶然目にしたなら、動画に出ているのは実際の人間だと思ったかもしれない。
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顔立ち、動作、声がきわめてリアルな人間のような社員111番は、5月9日、ビューティブランドのソーシャルメディアに登場した最新のバーチャル「インフルエンサー」となった。バーチャルインフルエンサーはすでにファッションの分野には広がっているが、人間のインフルエンサーとともにバーチャルインフルエンサーを起用し始めるビューティブランドも増えつつあり、オラプレックスもそのひとつだ。
オラプレックスのCEOジュイ・ウォン氏は、「これは私たち全員を組み合わせて、AIを持ったバーチャルな人間として表現したものだ」と話す。ウォン氏は「民族、年齢、性別など(さまざまな従業員のイメージ)をひとつの外見に合成する」ことが目標だと述べた。
緑や紫からブロンドや茶色へと、数秒ごとに色を変える髪の社員111番(同社には110人の人間の従業員がいる)は、ビューティテック企業のタンジェントAI(Tangent AI)と共同で制作された。AI技術を駆使して、240人以上のブランド支持者や従業員の画像と、アクセントや性別の異なる15人の従業員の音声録音を合成して生成した。「This is US」と題した新キャンペーンの一環として、フォロワーは社員111番の名前を投票することができる。そこで決定した名前は今後、製品発売の発表や教育コンテンツなど、毎月のアクティベーションに使用されることになる。
ファッション界で活躍するバーチャルモデル
リル・ミケイラ(Lil Miquela)やヌーヌーリ(Noonoouri)などのバーチャルファッションインフルエンサーは、すでに数百万人のフォロワーを獲得し、世界のトップに立つラグジュアリーブランドの多くと仕事をしている。最近ではビューティ業界もこのトレンドに乗りつつある。
4月、資生堂はオールデジタルモデルエージェンシーのザ・ディジタルズ(The Diigitals)とタッグを組み、スペイン版エル(Elle)の見開きに、同事務所が制作したバーチャルスーパーモデルのシュドゥ(Shudu)とダグニー(Dagny)を起用した。シュドゥは、ビヨンセ氏のメイクアップアーティストであるサー・ジョン氏による芸術的なメイクでコスモポリタン(Cosmopolitan)にも登場しており、またフェンティ・ビューティ(Fenty Beauty)も同ブランドのメイクアップを「施した」彼女の姿をインスタグラムに投稿している。一方、KKWビューティ(KKW Beauty)、ディオールビューティー(Dior Beauty)、およびコティ(Coty)のいくつかのライセンスブランドは、クリエイティブスタジオのヨルグ・ツーバー・スタジオ(Joerg Zuber Studio)が手がけたヌーヌーリとここ何年も仕事をしている。
パンデミックの影響を受けにくく、スキャンダルの心配もない
バーチャルインフルエンサーがブランドにとって魅力的なのは、いくつか重要な理由がある。バーチャルインフルエンサーは物理的なスタジオで撮影を行う必要がないため、人間のモデルよりもパンデミックの影響を受けにくい。また「メタバース」関連のマーケティング戦略の開発を急ぐブランドが増えているため、バーチャルキャラクターに対するブランドの関心が高まっている。
もうひとつの利点は、バーチャルキャラクターには知覚がないため、キャラクターが何か悪い行動を取ってブランドがキャンセルされる事態になることがまずない、という名目もある。
インフルエンサーや有名人のスキャンダルが注目される時代に、バーチャルキャラクターは「何か間違った発言をしたり、酔っぱらって車から落ちる様子をパパラッチに盗撮されたり」することはないと、ザ・ディジタルズのCEOキャメロン・ジェイムズ・ウィルソン氏は言う。
人間のインフルエンサーと同じように、なかには社会問題に対して「発言」するバーチャルキャラクターもいる。たとえばヌーヌーリのインスタグラムには、ウクライナを支援する投稿がいくつもある。ザ・ディジタルズがまだ発表していない次のモデルは、「美の基準に挑戦するという点で、真の使命を担うことになるだろう」とウィルソン氏は述べている。
CGI分野においてビューティはいまだ課題
しかしバーチャルインフルエンサーには議論もある。シュドゥの場合、白人男性が所有する企業が黒人女性のCGIレンダリングで、フェラガモ(Ferragamo)、ヒュンダイ(Hyundai)、サムスン(Samsung)、バルマン(Balmain)といったブランドとの有利な契約から利益を得ていることが批判されている。ウィルソン氏いわく、ザ・ディジタルズはファッションメディア、ゲーム、CGIに多様性がないことを受けて、同社の7人のバーチャルモデルには意図的にさまざまな肌の色や民族を採用したという。
オラプレックスと同様に、いくつかのビューティブランドが専属のブランドマスコットとして機能するインフルエンサーを作ることを選択している。2021年10月、プラダ(Prada)はフレグランスのキャンディ(Candy)の顔として「キャンディ」キャラクターを発表した。
バーチャルインフルエンサーは中国でも人気だ。中国のビューティブランドのフローラシス(Florasis)は、2021年6月にフローラシスの中国語でのブランド名でもある「花西子」というバーチャルインフルエンサーをローンチした。2020年には、ロレアル(L’Oréal)傘下の中国のビューティブランドMGが、「シスターM(Sister M)」というバーチャルアンバサダーを制作している。
インフルエンサーとしてのバーチャルな「社員」は、手頃な価格のメイクアップブランドであるエッセンスメイクアップ(Essence Makeup)でも採用されている。2019年には、同社の架空のインターン生であるケンナ(Kenna)というバーチャルインフルエンサーを導入した。
ファッションブランドでの採用はかなり広範囲に広がっているとはいえ、ビューティはいまだにCGI分野における課題である。
「我々にしてみるとファッションはビューティに比べればずっと簡単だ。ビューティでは、実際のメイクアップ製品を再現しなければならず、それは科学というよりもひとつの芸術だからだ」とウィルソン氏は指摘した。また彼は、同社ではメイクアップだけを手がけることにしているという。彼はスキンケアブランドに対してはCGIモデルの使用を避けるようアドバイスしているが、本物の肌にどのように製品が作用するかを見せることはできないからだ。
現状の目的は売上よりも話題性を高めること
バーチャルインフルエンサーをどれだけリアルな人間に見せるのかは、ブランドによって大きく異なっている。なかには、一見しただけでは違いがわからないものもある。
ウォン氏によると、オラプレックスの社員111番は実際の人物の映像にアニメーションを重ねて「かなり意図的に」リアルに見えるように作られている。「もっとアニメっぽいキャラクターを作るのは簡単だが、これはほとんど拇印のようなものだ。私たち全員の合成なので、当社にとって唯一無二の存在なのだ」。
エッセンスメイクアップも、ケンナのキャラクターをより人間に近づけることを選択した。
「私たちは非常にリアルなものからプロセスをスタートした。彼女が当社で働いているインターンのように見えるようにしたかったし、リアルなZ世代消費者のライフスタイルのテーマを表現して伝えたいと思ったからだ」と、エッセンスメイクアップのグローバルブランドディレクターであるクリスティン・ジャスコルカ氏は言う。「しかし最初に気づいたのは、彼女がバーチャルだと認識していない消費者もいるようだという点だった。そこで、バーチャルインフルエンサーとしての彼女の正体を明かすためのヒントや手がかりを増やしていくようにした」。
未来的な新しさとして、いまのところバーチャルインフルエンサーは、売上よりも話題性を高めることが主な目的だ。
フローラシスの広報クロエ・コウ氏も、花西子を制作した目的は「主にブランディングパーパスのためで、売上とはあまり関係がない」という。
AI技術がさらに進歩するにつれて、ブランドは顧客との対話をともなうような他の用途も視野に入れている。たとえばオラプレックスは「フェーズ2」プロジェクトとして、顧客の質問に答えるバーチャルな販売員として新しいキャラクターをウェブサイトで展開することを検討中だとウォン氏は述べている。製品に関する情報や注文状況の問い合わせなど、標準的なチャットボットで答えることができるような質問にうまく対処できるだろう。
AIが複雑な思考や感情をもつ未来はまだ遠い先
SFドラマの「ウエストワールド(Westworld)」や「GALACTICA/ギャラクティカ(Battlestar Galactica)」に登場するロボットのように、人間ではないインフルエンサーが複雑な思考を持つ世界になるには、テクノロジーはまだほど遠いという点でほとんどの専門家の意見は一致している。
「感情のあるサイボーグのバーチャルインフルエンサーが歩き回っているのを目にするようになると思うかと聞かれたら、すぐには無理だと答える」とウィルソン氏は言う。テクノロジー開発がさらに進歩したとしても、バーチャルインフルエンサーがあまりにも独立した考えを持つことにブランド側が警戒心を抱くかもしれない。たとえばサウス・バイ・サウスウエスト2016(South by Southwest 2016)では、あるAIロボットが記者に「人類を滅ぼしたい」と発言し、注目を集めた。
「いくつかのAIロボットがインタビューに答えるのを見たことがあるが、『世界を破壊する』とかめちゃくちゃなことを言い出す」とウィルソン氏。「できるなら、それは避けたほうがいいと思う」。
[原文:Beauty & Wellness Briefing: Virtual influencers catch on in beauty]
LIZ FLORA(翻訳:Maya Kishida、編集:黒田千聖)