深夜テレビの常連、コメディアンのジョン・オリバーは最近、アクシオム(Acxiom)、イプシロン(Epsilon)、LiveRamp(ライブランプ)、トランスユニオン(Transunion)などの企業を自身の社会派コメディ番組で激しく批判し、「無秩序に広がる、気味の悪い生態系」における中間業者だと呼んだ。
強烈な批判の言葉と共に、番組では悪意のあるプレイヤーに対する脆弱性についても、日曜の夜に全国のテレビ視聴者に向けて配信された。このタイミングを鑑みると、国際プライバシー専門家協会(International Association of Privacy Professionals、以下IAPP)が放送から数日後に同会最大の年次カンファレンスを開催し、AppleのCEOであるティム・クック氏が基調講演を行ったのは適切なことかもしれない。
Appleが「App Tracking Transparency(以下、ATT)」を導入し、広告業界を突如激震させてから1年近くが経ったいま、クック氏は広告業界で最も影響力のある人物のひとりになったと言っていい。基調講演に登壇した同氏は、アップルの重要なポリシーについて明らかにした。
Advertisement
Appleはプライバシー規制を支持
大手テクノロジー企業のなかでも、もっとも大きいと言っても過言ではないAppleが当局による規制を支持することは、驚きを持って受け止められるかもしれない。しかも、デバイスの暗号化をめぐって連邦当局に抗議した同社のCEOの発言、という文脈に照らし合わせると特にそうかもしれない。
クック氏はIAPPの代表者らに対し連邦プライバシー法の概念を支持し、AppleはGDPRも支持していることを指摘し、「はっきりさせておくと、Appleはプライバシー規制を支持している」と述べた。「私たちは、米国で強力かつ包括的なプライバシー法の制定を求め続ける」。
業界では多くの人が、iOSやSafariのエコシステムを支配しているAppleのようなインターネットの主要なプラットフォームプロバイダを、事実上のグローバルなプライバシー規制機関と見なしている。そして、そうした業界のビッグネームたちがこぞって連邦レベルでのプライバシー法を求めている。興味深いことに、これは前述の番組でオリバーが求めていたものでもあり、そのような法律は数年以内に起草されると信じている人たちもいる。
競争は激しいが、ユーザーは依然として保護を必要としている
とはいえ、クック氏はAppleに自社のエコシステムを効果的に監視する能力も与えられなければならないと警告した。この点では近年、特にアプリ開発者とその広告パートナーから同社は批判されている。
「私たちは、ほかの目的のためにプライバシーとセキュリティを損なう規制について深く懸念している」と、クック氏は続けた。「政策立案者たちは競争の名の下に、サイドローディングと呼ばれるプロセスによってiPhone上のアプリがApp Storeを回避できるようにする措置を講じている」。
この警告は、App Storeでアプリを売ろうとする企業にAppleがユーザーのトラッキング同意に関する規約を厳格に遵守するように要求したことで、同社に課せられた規制上の圧力の一部に言及したものだ。
フランスのインターネット企業たちは、この行為に関して現地の規制当局に苦情を申し立てている。またエピック・ゲームズ(Epic Games)がバーチャルストアにおける支払い条件に関して起こした訴訟もよく知られているが、これらの点に関して同氏は断固として自社を擁護した。
彼は「サイドローディング(App Storeを回避してiPhoneにアプリなどのソフトウェアをインストールすること)」には本質上のリスクがあると主張しており、これはGoogleがよりオープンなアーキテクチャを好むことへの批判とも考えられる。
「(サイドローディングを許すと)データを渇望する企業は、われわれのプライバシー規則を回避して、ユーザーを意に反して再びトラッキングできるようになる。それはまた、私たちが導入した包括的なセキュリティ保護を迂回できる方法を悪意のある者たちに提供することになり、彼らがユーザーに直接アクセスしてしまう可能性がある」とクック氏は述べた。「私たちはすでに、他社のデバイスに生じる脆弱性を目にしてきた」。
データ保護が革新を促進
大手テック企業は規制当局からのあらゆる批判に常に直面している。この議論における両者の主張は、消費者への危害とイノベーションの促進・阻害の2点に集約される。
クック氏は基調講演で、アドテク企業(オリバーはアドテク企業を番組内で「データブローカー」と呼んでいる)のようなAppleを批判する人々は、ターゲティングやトラッキングのサービスを企画する際にユーザーの意見を考慮していないと主張した。
「アドテク企業たちは、私たち(クック氏を含めたユーザーたち)がプライバシー問題に関して、本当の意味での選択権を持つべきだとは考えていないのだ。ユーザーたちの個人的な生活に深く関わろうとしているにも関わらず、それに対して本人の許可が必要だとは思っていない」とし、クック氏は続ける。「だからこそAppleは、ユーザーが自分の個人情報をもっとコントロールするために必要な機能を提供してきた」。
もちろんこの主張に対しAppleの批判者たちは、Appleのスタンスに従うとiOSやサファリを利用するデバイス上のオーディエンスを収益化することに関して、サードパーティー企業に代わって彼らが事実上の決定を下すことになると、指摘している。
しかし、クック氏は演説の中で、そのような考えに反論する姿勢を示した。多くのApple支持者たちも、Appleによるユーザートラッキングを明示的な同意に基づくように促進しようとした初期の試みを、多くの企業がフィンガープリンティングなどの手法で骨抜きにしようとしたと、しばしば強調する。
強まるAppleの支配
「プライバシーのない世界は想像力に欠け、共感力にも欠け、革新性にも欠け、人間性にも欠ける」とクック氏は述べた。「Appleでは、それはわれわれが住みたい世界ではない。私たちはプライバシーは基本的人権であると考えている」。
Appleが今後、デバイス上のデータシグナル自体を引きあげるのではないかとヒントを探していた観測筋は、今回の同氏の発言に失望するだろう。
とはいえ、AppleはiOSとSafariのエコシステムにおける「支配」をますます強めており、オンラインメディアエコシステムの一部は、6月初旬に開催されるワールドワイド・ディベロッパー・カンファレンス(Worldwide Developers Conference:同社が通常ATTなどのポリシーを発表する場所)に不安を感じているだろう。
[原文:Apple chief Tim Cook on ad tech, competition, and privacy laws]
Ronan Shields(翻訳:塚本 紺、編集:分島翔平)