アドテク の世界で進む、「少ない方が豊か」という思考:立ち位置が変わりつつあるDSPとSSP

DIGIDAY

広告業界はプログラマティック広告において、少しでも成果を上げたいと考えている。

この変化の最前線にいるのがグループエム(GroupM)ザ・トレード・デスク(The Trade Desk)だ。両社は最近、広告主によりプレミアムな広告インベントリを購入してもらうための取り組みを復活させた。パブマティック(PubMatic)オムニコム(Omnicom)ハバス(Havas)ユニリーバ(Unilever)ディアジオ(Diageo)ネスレ(Nestle)などと同様の取り組みを行っている。

さらに、パブリッシャーも参戦している。これらの動きはすべて同じ結論を動機とする。「オープンウェブの大部分では広告の前途は決して有望ではないため、その部分を切り離すことが極めて重要」という結論だ。規模によって成り立っている業界にとって、これはかなりの方向転換だ。

リーチできる人数は激減するが

アドテク市場は結局のところ、よくて確度が低いもの、最悪の場合は詐欺的なものが混入しているという前提に立ち、オープンウェブで可能な限りのリーチを提供するよう仕組まれている。しかし、時代は変わる。変化のきっかけは、オーディエンスターゲティングあるいはその(最終的な)欠如だ。簡単に言えば、サードパーティCookieが少なくなるほどデータの粒度が粗くなり、広告主がオープンウェブで追跡・リーチできる人数が少なくなる。

そして、これが進めば市場の分裂も進む。一方で、ファーストパーティデータと同意に基づく上質な広告インベントリーの割合が増加する。その一方で、ターゲティングが不十分で、詐欺や改ざんの影響を受けやすいインプレッションのロングテールも存在する。

アドテクにおける質への移行は、いまより大きな意味を持ち始めている。プログラマティックオークションに関わる企業は皆、トラッキングに高波が押し寄せ、質の悪いターゲティングが一掃されたあと、残された貴重な広告インベントリーで影響力を行使したいと考えている。

どこかで聞いたことがある話だろうか? フラウドやブランドセーフティ、過剰なインベントリから選択することのリスクが指摘されるたび、しばしば「少ない方が豊か」という言葉が繰り返される。それにもかかわらず、この言葉は一向に定着しない。評判のいいパブリッシャーだけから広告を購入することの長期的な利益は、短期的なコストに見劣りするためだ。

良し悪しはマーケターが決めている

オープンウェブでインベントリをキュレートする過去の取り組みを見ればよくわかる。かつては、最高のレートを提示してくれるプログラマティックマーケットプレイスにメディア支出を集中させることが中心だった。だがいまや、この姿勢が変化している。もちろん、インベントリの価格はいまも交渉の主な要素だが、パフォーマンスデータも同様に重視されているのだ。

ハバスメディアグループ(Havas Media Group)のCDO(Chief Data Officer)マイク・ブレグマン氏は「我々は主要パートナー6社とインベントリプールの契約を結び、彼らのデータプロセスやデータコストをすべて精査できるようにしている」と話す。「クライアントが資金の行き先を知り、このような場所からメディアを購入すると、なぜ高くつくかを理解するには重要なことだ」。

そして、これは的を射ている。これらの企業がどのような意図を持っているかにかかわらず、最終的には、マーケターによるところが大きい。すべてはマーケターが良し悪しをどう解釈するかだ。

ひと握りの信頼できるパブリッシャーから購入することが、現在の状況下でプログラマティック広告を行う最善の方法かもしれないが、決して安上がりの方法ではない。

このトレードオフを好むマーケターはほとんどいない。しかし、これはもっとも後悔が少ない方法のひとつかもしれない。安価なリーチを追い求めると、ビジネスに支障を来す恐れがある。確度の低いサードパーティアドレサビリティはさておき、フラウドやフェイクのリスクが高まっていることも考慮しなければならない。

パブリッシャーとの直接取引を試みるDSP

データマーケティング企業のアドバタイザー・パーセプションズ(Advertiser Perceptions)で、ビジネスインテリジェンス担当バイスプレジデントを務めるローレン・フィッシャー氏は「データに関して言えば、セルサイドは識別情報へのアクセスをPMPとプログラマティックギャランティード取引に制限している」と話す。「そのため、アイデンティティの崩壊がよりプライベートなプログラマティック取引をもたらすという考え方は理にかなっている」。

特定のビジネスゴールに最適なインベントリがどこにあるかを知ることは、アドテク最大の利害関係者たちにとって当然のことになりつつある。ダイレクトインテグレーションやキュレートされたマーケットプレイスを通じて供給を確保できる企業は、インプレッションの配信をよりコントロールできる。そして、売上の増加を実現することが容易になる。

ザ・トレード・デスクがパブリッシャーとどのように連携しているかを見てみよう。かつてパブリッシャーとの取引のほとんどは、ほかのアドテクベンダー経由で行われ、そうでない場合でも多額の追加予算が投じられることはめったになかった。言ってしまえば、戦略的ではなかったということだ。メディアオーナーではなく、ひたすら予算に焦点が当てられていた。

現在、ザ・トレード・デスクはプレミアムパブリッシャーと直接取引している。広告主からの入札と引き換えに、多くの場合、1桁台の手数料を受け取っている。意図的かどうかにかかわらず、この手数料はSSPへのプレッシャーになる。SSPは付加価値のある広告ターゲティングや配信機能を構築し、ザ・トレード・デスクのような企業を隅に追いやろうとしているためだ。

実際、この手数料はあまりに安く、パブリッシャーと広告主をつなぐコストを賄うだけで精いっぱいだ。しかし、ザ・トレード・デスクは認めていないが、ほかのSSPと十分に競争できる安さでもある。こうした動きは、時間とともにより大規模な中間業者の排除につながる可能性がある。考えてみてほしい。ザ・トレード・デスクが行っているのは、広告主がSSPを介さず、厳選されたパブリッシャーから直接購入できるようにすることだ。これにより、DSPとSSPを介して広告を購入するよりも、DSPから広告を購入する方が安価だという事実が作られているのだ。

メディア予算をオープンウェブにとどめるために

ザ・トレード・デスクはゆっくりと、しかし確実に、広告主がウォールドガーデンの外で最高の広告インベントリーを手に入れられる場所として自身を位置づけようとしている。3月には、ガーディアン(Guardian)やスタイリスト(Stylist)が参加する英国のメディアコンソーシアム、オゾン・プロジェクト(The Ozone Project)とも契約を締結した。パブリッシャーは見返りとして、どのバイヤーが自社のインベントリーにアクセスし、どのターゲティングパラメーターを利用できるかをより細かくコントロールできる。

ザ・トレード・デスクのEMEAインベントリー・パートナーシップ担当ゼネラルマネージャーであるデイブ・キャステル氏は「オゾン・プロジェクトはパブリッシャーの枠を超えたユニークなオーディエンスを構築している。この組織と直接つながったことで、オーディエンスがはっきり見えるようになった」と話す。

プレミアムインベントリーをキュレートするこうした試みは、うまくいけば、メディア予算をオープンウェブにとどめることができるだろう。うまくいかなかった場合、広告主はGoogleやFacebookに頼るしかなくなる。成功と失敗は紙一重だ。だからこそ、普段は交渉のテーブルを挟んで向かい合っている企業同士が、かつてないほど接近しているのだ。

たとえば、メディアエージェンシーのグループエムはほぼ間違いなく、SSPであるマグナイト(Magnite)やパブマティックに現在ほど近づいたことがないはずだ。グループエムはインプレッションのキュレーションを自社管理するため、両SSPとテクノロジープラットフォームのライセンス契約を結んだ。そうすることで、グループエムはプログラマティックのあらゆる側面の理解(と影響を与えること)に一歩近づくことができる。資金がどのように使われるかを完全に把握できるだけでなく、その資金がどのように最適化されるかをコントロールできる。さらに、広告業界最大のメディアバイヤーとして、供給管理まで手掛けることができる。言い換えれば、マーケターがバイヤーだと思っている企業が実際はセラーであり、より広い意味で不協和音が生じている。

コンサルティング企業レモネード・プロジェクツ(Lemonade Projects)のエコノミストであるトム・トリスカリ氏は「業界におけるRACI(実行責任者、説明責任者、協業先、報告先)の観点から言えば、文字通りの『代理人(エージェンシー)』たちは、マーケター(つまり「小切手を書く人」だ)が協業先や報告先の立場にとどまることを望むだろう」と分析する。「できれば交渉のテーブルに着いてほしくないというのが本音だろう。たとえ交渉のテーブルに着いたとしても、代理人が実は取引の『当事者』だったら、広告主には取引条件を見られたくないはずだ。なぜなら、そこにお金があるためだ」。

これまでの常識は通用しない

アドテクの世界では、交渉のテーブルから中間業者を排除しようとする動きが活発になっている。

「現在、メディアエージェンシーはパブリッシャーへの買掛金を持っている。この誰もがほしがる会計領域をザ・トレード・デスクのようなDSPが侵害したらどうなるのだろう?」とトリスカリ氏は問い掛ける。トリスカリ氏はさらに、そこから「フレネミー(友人のふりをする敵)」のドミノ倒しが起きたらどうなるのだろうと続ける。トリスカリ氏のアドテク情勢分析によれば、このような疑問を持つ理由はいくつもある。

もしGoogleの崩壊(プロジェクト・バーナンキ[Project Bernanke]のような)がザ・トレード・デスクの後押しとなり、四半期ごとに厳しくなる業績予想を達成するため、需要を新たな成長分野(と利益率の拡大)に変換できたとしたらどうか? もしザ・トレード・デスクがマネージドサービスと労働生産性ツールを強化し、エージェンシーやクライアントから広告管理予算を集めることができたとしたらどうか?

疑問はさらに続く。トリスカリ氏によれば、マーケターにとっての最大の疑問は、もし「これらの目新しいアプローチが、『ブタに口紅(うわべは飾れても本質が変わらない)』だったとしたらどうか?」だ。

これらの質問(質問はまだあるが)に対する答えが、今後何年にもわたって市場を反転させるだろう。もちろん、規模はこれからも重要だが、それはある程度までだ。そう。アドテクの世界はこのようなものだ。しかし、ほぼ間違いなく、「少ない方が豊か」はかつてないほど浸透している。これまでの常識はもう通用しない。もしこれが本当にゴールドラッシュだとしたら、誰もつるはしを手放したくないはずだ。たとえいつの日かそれが自らの不利になるような使われ方をする可能性があるとしても。

[原文:In ad tech, everyone wants less to mean more now

Seb Joseph(翻訳:米井香織/ガリレオ、編集:分島翔平)

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