プログラマティック広告の広告主を取り巻く状況が厳しくなると、予算は信頼できるところへ動く傾向が見られる。
そのため、先日、オープンウェブの大規模なアドレサブル広告の未来に暗雲が立ち込めたときも、その次の展開に驚くことはなかった。
本記事執筆に向けて8人のエージェンシー役員にインタビューしたところ、広告主はサードパーティオーディエンスの購入を抑制しており、パブリッシャーに対して、広告における利用者本人の同意取得方法でもっと主導権を発揮するよう求め始めたという。広告主にしてみれば「透明性と同意のフレームワーク」(Transparency & Consent Framework:以下TCF)の保護対策はあてにできない。そもそもこのTCFの対策は、欧州連合(EU)全域にわたる広告で活用されている利用者の個人情報を保護するために広告業界が策定したもので、(少なくとも今のところ)広告主にしてみれば、この規模のオーディエンストラッキングは難しすぎてお手上げ状態、もしくは、いろいろな意味で時代遅れであることが明らかだ。
Advertisement
「広告主の優先順位が急速に『積極的なキュレーション』へシフトしていることが見てとれる」。そう話すのは、マーケターにアドテク戦略も指南するメディアマネジメント会社、エビクイティ(Ebiquity)でグループ最高プロダクト責任者をつとめるルーベン・シュレールス氏だ。「TCFの裁定をひとつの要因として、責任あるメディア投資を行い、現在のウクライナ戦争をめぐる偽情報への(不用意な)資金提供を防ぐために、広告主は代理店と協力してデジタルメディア購入へのアプローチを根本的に変えている」。
もはやデータプライバシーを侵害できない
シュレールス氏によると、現在のメディアプラン(それに、特にオーディエンスデータのアクティベーション)は、オープンマーケットプレイスで幅広く投資したり、除外リストに使用するために過去の配信レポートを追いかけるのではなく、むしろ、「厳しい選択プロセス」を経て、質の高いサプライパートナーと直接取引を行うことで、これまで以上に慎重に実施されているという。
簡単にいえば、シニアマーケターは今、技術・ロジスティックスの泥沼でふるいにかけている段階だ。
「現行プランでは、Cookie同意システムを利用し、Cookieやクライアントが所有するリターゲティングのタグだけを狙っている。つまり、今やTCF推奨の何百というパートナーが同じ行動をとっている状態だ」と、メディアコンサルト会社キャントン(Canton)最高戦略責任者のロブ・ウェブスター氏は話す。同社は、いかにしてオーディエンスターゲティング戦略を状況にあわせて調整していけばよいのか、マーケターにさまざまなアドバイスを提供している。「それに、Cookieやリターゲティングの大々的な規制にかかわるサードパーティデータのバイイングは少ない」。
サードパーティからインプレッションレベルのデータ収集を中断している企業にとって、(少なくとも短期的観点では)安全性が高くなる。シニアマーケターにしてみれば、今はもうデータプライバシーを侵害することなどできない。これだけ多くの人がオンラインのトラッキングを懸念、困惑していればできないのも当然だ。いうまでもなく、マーケターとパブリッシャーではTCFに対する評価が噛み合わない。
いわゆる「質への逃避」が進んでいる
「勢いはパブリッシャーのほうが失速している。というのも、広告エコシステムにおけるデータ収集の重要なポイントがパブリッシャーなのに、そのパブリッシャーがデータの規制や匿名性に対応しなければならないからだ」とサーシャ・オジンズ氏は話す。彼女はプロハスカ・コンサルティング(Prohaska Consulting)でEMEA地域におけるグローバルデータとアイデンティティのビジネスを統括している。これまで以上に多くの広告主が、そのデータ収集ポイントに近づこうと努力していると同氏は話す。
いわゆる「質への逃避」だ。そうした質の高いインプレッションは、信頼できるプレミアムパブリッシャーが厳選したマーケットプレイス経由で見つかる場合もあれば、オゾン・プロジェクト(Ozone Project)のようなパブリッシャーのアライアンスで見つかる場合もある。いずれにせよ、結果はいつも同じだ。意図的であれ偶然であれオーディエンスデータが使われていたオープンオークションに、資金がとどまることはない。
「厳選され、しっかりと監査されているプライベートマーケットプレイスでは、個人情報が本来あるはずではない場所に漏れるリスクは低い」とプライスウォーターハウスクーパースUK(PricewaterhouseCoopers U.K.)のマーケティングおよびメディア責任者のサム・トムリンソン氏が説明する。実際、同社はオーディエンスアクティベーションのスケールアップでますます利用されているが、これは、暫定的なTCFの規則がもたらしたメリットで、多くの広告主に注目されていると同氏は話す。
確かに、本記事でインタビューしたアドエージェンシーの役員らの話によると、こうした広告主には、プライベートデータマーケットプレイスを構築し、試験運用しているところが増えているという。その際、個々のパブリッシャーやネットワーク、オープンウェブを横断する形でオーディエンスターゲティングを支援するために、取引IDやダイレクトSSPインテグレーションが使用される。
そもそもTCFの出る幕ではない
同じようなことがさらに増えるだろう。このアイデアが広告主の目にとまるようになってから、しばらく経つからだ。エビクイティがまとめたデータによると、2020年のプライベートマーケットプレイス取引とプログラマティックギャランティード取引は、プログラマティック全体の支出のうち、4分の1ちょっと(27%)を占めた。1年後の2021年、そのシェアは3分の1近く(31%)に成長している。それでも、最終的にはオープンウェブに戻るというのが通常のパターンだった。オープンウェブなら安価にリーチできるうえに、マージンも高いという経済面のインセンティブもあるため、理性的な反対意見が蔑ろにされることがたびたびあったのだ。しかし、今ではそのオープンウェブの論理的根拠を正当化するのが難しくなりつつある。というのも、最近ではこうしたオープンマーケットプレイスの広告は好意的にみても当てにならないものであり、最悪の場合、違法にも見えるからだ。
「もはやこれでは広告主がオーディエンスを見つけることはむずかしい――今重要なのは、広告が表示されるコンテンツが消費者の価値観に一致しているかどうかだ」と話すのはメディアエージェンシーのインキュベータ(Incubeta)でグロースディレクターを務めるケイト・ジャービス氏だ。「ブランドの安全性と顧客ロイヤリティの関係はますます相互に作用するようになっている」。
それはつまり、広告主がここしばらく、オープンウェブの広告に不安を抱いているということにほかならない――ちょうど、プラットフォームが怪しげなトラッキングビジネスの正確さを追求しなくなり始めたころからその傾向が見られるようになった。
それでもなお広告主は、欧州最大規模の市場で大々的に消費者のトラッキングとプロファイリングを続けていた。それもこれも個人情報があるべきではない場所に漏れでないようにTCFが個人情報を保護したからだ――少なくともTCFは保護していると考えていた。しかし、EUの見解を代弁するベルギーの個人情報規制当局は、そうは考えなかった。TCFは現行規制のままでは目的に適わない、なぜなら数多くの間接的ベンダーが極めて不透明な環境下で大量の個人情報を取得、処理できるようになっているから――彼らはそう考えたのだ。
TCFは見直されるか、存在しなくなるかのどちらかであり、それで問題は解決するはずだった。どちらの方法であれ、サードパーティのCookieを利用しなくても、時間をかけずにオーディエンスを正確に把握する方法が広告主にははっきりと分かるようになるはずだ。結局、このタイプのアドレサブル広告は、AppleやGoogleが厳しく制約すれば、最終的に姿を消すことになる――TCFの出る幕ではないのだ。しかしながら現実の世界では、そこまで簡単にことは進まない。広告業界団体の欧州インタラクティブ広告協議会(IAB Europe:以下、欧州IAB)が規制当局の決断に抗議しているからだ。そのため、TCFがもし残るのだとしたら、どのくらい残るのかはまだはっきりしていない。
より大きな見返りがある別の手段
別の見方をすれば、広告主は手詰まりになったともいえる。できることといえば、ある程度計画を立てることくらいだ。
業界の事例から明らかなことがある――パブリッシャーは、同意取得のためにTCFのシステムを利用した同意管理プラットフォームを慌てて取り除く必要はなく、一方のアドテクベンダーはTCFから得たデータの収集と処理をそのまま続ける。確かに現行のTCFは違法状態であるが、プログマティック広告の強化にそのTCFを使わなければならないからといって、パブリッシャーやテックベンダーが窮地に陥ることはないことを心得ておく必要がある。なぜなら、欧州IABがEU一般データ保護規則(GDPR)に遵守する枠組みとしてTCFを策定しているかぎり、規制当局が何か行動を起こす可能性は低いからだ。
広告主とエージェンシーはゆっくりではあるが確実に、大規模なサードパーティのアドレサビリティを利用しない、より洗練された広告のあり方を模索し始めている。認証ID(たとえばプラットフォームやパブリッシャーでeメールとシングルサインオン技術を利用したもの)が、オープンウェブでサードパーティCookieに取って替わるほど堅牢であると考えられていた時代はもう過去の話だ。この実用主義の時代においては、できるだけ多くの人にリーチするには予算がかかるということを理解したうえで、これまであえて巨額のメディア予算を注ぎ込んできたのだとマーケターも認めざるを得ない。そもそも、オーディエンスターゲティングは推定に基づく確率のビジネスなのだ。
「アドバイヤーは今後も積極的に、少しでもよいサードパーティオーディエンスターゲティングに予算を注ぎ込み続けるつもりのようだ。そうすることで、キャンペーンの効率が向上すると考えているからだ」とプログラマティックマーケットプレイスTRUSTXでプレジデント兼CEOを務めるデイビッド・コール氏は話す。このマーケットプレイスでは、バイヤーはプレミアムパブリッシャーの広告インベントリー(在庫)のビューアブルインプレッションに対してのみ支払えばよい。「実際、データに資金を注ぎ込めばそれだけ結果がでる。今後、Cookieが終焉を迎え、プライバシー保護が厳しくなることを見越したバイヤーたちは、広告予算に対してより大きな見返りが期待できるほかの手段に目を向け始めている。たとえば、パブリッシャーによるファーストパーティセグメントに任せる、ビューアビリティにターゲットを絞るというのもその一例だ」。
Seb Joseph(翻訳:SI Japan、編集:長田真)