ウクライナ難民を受け入れた心境 – Ayana Nishikawa(西川彩奈)

BLOGOS

5年に一度のフランス大統領選が、4月に実施される。本来であればメディアの報道や国民の関心は大統領選一色になるはずだが、今年は社会の様相が異なる。フランス国民は2000㎞(東京から沖縄県までの距離と同等)先で起きているロシア・ウクライナ戦争による戦禍の飛び火や、戦争に伴う物価高騰に頭を抱えているからだ。現地の様子と、大統領選への影響を伝える――。

Getty Images

「知人家族を自宅で受け入れた」パリ市民の声

ロシアによるウクライナ侵攻を受け、ニュース専門チャンネルFrance 24は戦争による原子力の影響を議論し、夕刊紙ル・モンドは読者から寄せられた「第三次世界大戦の懸念」に「NATO諸国は宣戦布告する意図はないが、防衛態勢を強化している」と答えている。国民の間で戦争への不安が高まる一方、直近で実際に起きているフランス社会への影響の一つは、ウクライナからの難民の受け入れだ。

ウクライナ難民300万人のうち3分の2はポーランドに身を寄せており、フランスでは現状2万人(フランス移民局調べ)を受け入れている。難民受け入れにあたり、フランス世論研究所(IFOP)の調査でも回答者の80%がウクライナからの難民受け入れを支持し、官民は積極的に支援を展開している。

パリのアパルトマンに暮らすロラン(52)も、こうした支援活動に参加する一人だ。ロシアによる侵攻から1週間後、ウクライナのリヴィウからパリへ退避した知り合いの一家4人(母、娘3人)に、自宅の空いている部屋を提供している。

ロランは語勢を強めながらも、落ち着いた口調でこう語る。

「昨年の8月、独立記念日(旧ソ連から)にウクライナを訪れた際、自国の歴史に誇りを持ち、現地の温かい人々と接して感動をしました。それから半年弱、自分が立っていた場所が爆弾で破壊され、人々が苦しんでいる姿を見て、“できることをしないといけない”――と強く感じたのです。それで、スマホの連絡先に登録しているウクライナ人全員に、自分が何かできることがないか聞き、知り合いの家族を受け入れることになりました」

ロランは一緒に暮らすなかで感じる、彼女たちの苦難をこう漏らす。「彼女たちにとって最も受け入れがたいことは徴兵(※18歳~60歳の男性は徴兵対象でウクライナ国外に避難することができない)された夫、恋人、そしてこれまで築いてきた仕事や学業の実績を置いて国を離れることでした。例えば母親はテレビ局で管理職として働き、地元で仲間や家族との生活があり、大好きな場所を離れたくなかった。でも、“Leave or Die(去るか、死ぬか)”の選択だったのです」

ロランの自宅に身を寄せるウクライナ人一家。パリの空港に到着時の写真。(=ロラン提供)

「これは、ウクライナだけでなく、欧州の戦争なのです。現代のヨーロッパ市民にとって、第二次世界大戦はまだ“昨日の記憶”。私の親、祖父母は戦争の話を語り聞かせてくれましたが、ニュースを見るたびに同様の恐怖や危機感を覚えます」

「明日は我が身」恐怖を感じるフランス国民

また、支援活動は都市部のパリだけでなく地方でも活発に行われている。南仏オキシタニー地域圏で展開するNPO「L’Association Alliance Occitanie Ukraine」は、現在600人のウクライナ人難民を受け入れている。同団体に所属するアレクサンドル氏は、「多くの人々が熱心に支援活動に参加し、ウクライナ難民への食料・衣類の供給は需要を上回るほどです」と語る。

(南仏オキシタニ―地域圏で支援活動を展開するNPO「L’Association Alliance Occitanie Ukraine」(=Facebook @OccitanieUkraine))

同氏は、こう続ける。

「長年様々な人道支援活動を行いましたが、今回の人々の支援への想いの背景にあるものは、従来の“共感”という感情では説明できないと感じています。人々はテレビでヨーロッパの街並みが爆撃を受け、私たちフランス人と似た風貌の人々が戦禍にいる姿が信じられない。それと同時に、“恐怖”と“危機”を感じています」

「今日、一市民としてそれぞれ自分の立場からヨーロッパを守らないと、明日は我が身になる日が近づいているのです」

一方で、不安は戦禍の飛び火によるものだけではない。フランス国立統計経済研究所(INSEE)は、同国の3月のインフレ率は4%を超えると予測。すでに新型コロナで経済的打撃を受けている一般市民にとって、更なるエネルギー・日用品・食料品の物価高騰は大きな懸念材料となっている。

パリの小学校で働くアニック(38)は、「ここ数カ月、ガス代の請求書を目にするたびに驚きます。また、スーパーでは一部の食品が高くなっているので、できるだけ節約しています」と、漏らす。

4月の大統領選挙で「追い風」を受けているのは?

こうした状況を受け、4月に行われる大統領選にも戦争の影響が表れている。最も“追い風”を受けているのが、エマニュエル・マクロン現大統領(中道政党・共和国前進)だ。マクロン氏は、ここ数カ月国民との握手より海外の要人との会話に時間を費やし(12月以降プーチン大統領と16回以上、ゼレンスキー大統領と24回以上)、「戦時下の指導者」としての存在をアピールしてきた。実際に戦争防止には繋がらなかったが、仏紙レゼコーの世論調査でも、6割の回答者がマクロン氏のウクライナ危機への対応に満足だと回答している。

また、パリ政治学院(シアンスポ)の名誉教授ベルトラン・バディ氏は、この状況を助長するかのように、「他の候補者がプーチン大統領に対する曖昧なビジョンを表明していることも、マクロン氏にとって有利になっている」と、分析する。特に今回のロシア侵攻は、極右の有力候補2人にとって“向かい風”となった。

極右政党「国民連合」の党首マリーヌ・ルペン氏と、保守系フィガロ紙の元政治記者だった極右候補者エリック・ゼムール氏は、今ではロシア侵攻を非難しているが、これまで親ロシアを公言してきた。

マリーヌ・ルペン候補(左)とプーチン露大統領(右)=Getty Images

また、ウクライナ危機はマクロン氏の主張である、欧州における“戦略的自律”の正当性を強調した。2022年3月11日、ベルサイユで開かれた首脳会議では、各国の首相が防衛における欧州の主権構築に合意し、食料・エネルギー・医療分野などの戦略的産業における欧州の域外への依存低下に賛同した。

フランス社会の右傾化と左派の衰退

こうした動きは支持率にも反映されている。調査会社IFOPによる第1回投票を想定した世論調査では、ロシアのウクライナ侵攻以来、これまで25%前後だったマクロン氏の支持率は30%前後まで上昇。2位にルペン氏(極右・国民連合)、3位にメランション氏(急進左派「不服従のフランス」)、4位に前述のゼムール氏(新極右政党・再征服)、5位にペクレス氏(中道右派・共和党)が続く。

西川彩奈作成。写真はすべてGetty Images

よって、現地メディアの報道などでも4月10日の第1回投票ではマクロン氏と、現在支持率第2位のルペン氏が上位2候補に選ばれると予測。その後、4月24日の第2回投票で一騎打ちとなる公算が大きい。(※フランスでは1回目の投票で第一候補が過半数を占めない場合、第2回投票で上位2名の決選投票を行う)

一方でマクロン大統領の支持率の高さの要因は、今回の積極的な外交の他にもあるという。前述のシアンスポのバディ名誉教授は、「候補者の構成も一因です。現在の候補者の半数が“極右”と“極左”です。その他の候補者に関してはカリスマ性に欠け、信頼性・新鮮味のある政策を打ち出せていません」

バディ氏の分析に加え、フランス大統領選を説明するうえで重要なポイントが、近年のフランス社会における“世論の右傾化と左派の衰退”だ。仏リール政治学院学長を務めたことのあるピエール・マティオ氏は、「極右の候補者たった2名の支持率を足すと約30%、その逆に左派候補の支持率をすべて足しても合計で25%を超えないことを考慮すると、特異な状況なのは明らかです」と述べる。

この状況に対し前述のバディ名誉教授は、「左派の衰退は、現代の社会階級を正確に捉えてアピールができず、変革しきれず、結果として右派に対する存在感が薄れてしまったため起こった」と説明する。そのうえでマティオ氏は、「左派候補のなかで一人勝ちしているのが、不服従のフランス党を率いるメランション氏です。他の左派候補のカリスマ性の欠如等により、左派の票を獲得するとみられています」と、付け加える。

就任当初「ジュピター」と呼ばれたマクロン大統領の5年間

一方でマクロン大統領の任期を振り返ると、荒れ模様の5年間だった。新しい中道を掲げて就任した直後には「ジュピター(ギリシャ神話のゼウス)」とメディアから呼ばれたが、同氏がフランス社会を変革しようとするたびに一部の国民の大きな反感を買った。その例が、燃料税の引き上げを発端に起こった大規模な抗議運動「黄色ベストデモ」、47日間の交通ダイヤの乱れとなる大規模ストライキを招いた年金制度改革への着手などだ。これらの要素は選挙に影響するのだろうか。

2018年にフランス全土で起こった抗議運動「黄色ベストデモ」(撮影=西川彩奈)

マティオ氏はこう説明する。

「マクロン氏は一部の国民に反感を買っていますが、一方で多くのフランス国民は、彼は比較的よく対応していると考えています。実際、マクロン氏は新型コロナ、今回の戦争など“危機対応”により、人気を上昇させました」

バディ氏も、「昨今の国際情勢を考慮すると、リスクが少ないマクロン大統領は国民の選択肢となるでしょう」と、付け加える。

実際に、パンデミック、戦争、物価高騰で不安を抱く国民も「安定」を得るため、「危機に強い大統領」を求めているようだ。前述のウクライナ人一家を受け入れたロランは、こう話す。

「マクロン大統領は、これまで”危機“に向き合い、対応してきました。今はただ大統領という存在だけではなく、戦時下のリーダーでもあります。このような状態では、彼に続けてほしいと思います。最優先事項は、官民が協調して、欧州が抱える混乱状況を安定させることです」

Source

タイトルとURLをコピーしました