企業のマーケティング担当者の多くは、間もなく到来するクッキーレス時代を大きな課題のひとつとして受け止めているはずです。しかし、顧客体験を巡る環境の変化という観点でこの課題を捉えた場合、クッキーレスはそのひとつに過ぎません。
デジタルへの移行が進む消費者のライフサイクルに対応し、最適な顧客体験を提供するうえでは、クッキーレスに問題を矮小化するのではなく、より広い視野で問題の本質を考えていくことが大切です。では、クッキーレスが直近の課題として浮上した今、何に取り組むべきなのでしょうか。
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今回は顧客体験を巡る、環境の大きな変化への対応という観点から、この問題を考えていきたいと思います。
クッキーレスだけではない顧客体験の3つの課題
顧客体験を巡る環境は、いま大きく変わろうとしています。それは主に以下の3つの課題として理解することが可能です。
ひとつは言うまでもなくクッキーレスへの対応です。特にリターゲティングの手法を多用してきた企業の場合、その影響は顕著ですが、この問題についてはすでにご存じの方が大部分のはずです。
次がGDPR(EU一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州法)に代表される、個人情報の取り扱いを巡るルールの厳格化です。ブラウザ側によるサードパーティクッキー排除もこの流れにリンクしたものです。また、自社サイトで収集するファーストパーティデータについても、その収集・利用に今後より大きな制約が課される点については注意が必要です。この4月には、日本でも改正個人情報保護法が施行されますが、これもプライバシー保護に関する世界的な動きのひとつに位置づけることができます。
最後がオムニチャネルへの対応です。実店舗とECサイトを併用するマルチチャネルの段階であれば、ユーザー一人ひとりの顧客体験を管理することは比較的容易でした。しかし、消費行動の主軸がデジタルへと移行するなか、アプリをダウンロードしたり、企業のSNSにアクセスしたり、広告を閲覧、店舗体験したりという多様な顧客体験をユーザーに紐づけ、一貫したコミュニケーションを管理していくことは決して容易ではありません。
コロナ禍を機に、オムニチャネルへの対応の重要性が急速に増している点にも注目する必要があります。少々古いデータになりますが、2020年に当社が東京都内の消費者を対象に行った調査では、コロナ収束後も「オンラインと店舗を併用する」「オンラインで購入を継続する」と答えた割合は9割に及びました。なお、当社が米国で行っているオンライン消費分析の結果によると、オンラインで商品の検索から購買までを行い、商品を実店舗で受け取るBOPIS(Buy Online Pick-up In Store)も、コロナ禍を機に急速に伸びています。
パーソナライゼーションに属性情報は必要ですか?
顧客体験を最適化するうえで重要になるのが、パーソナライゼーションと呼ばれる考え方です。一人ひとりに応じた情報提供やコミュニケーションを行うパーソナライゼーションのもっとも分かりやすい例は、店員と会話しながら商品を選んでいく実店舗の顧客体験でしょう。
実店舗ではユーザーの属性や会話を通して得られた興味・関心などの情報に応じ、臨機応変にお勧めする商品を変えることが一般的です。しかし、冒頭で触れたようにオムニチャネル化により顧客体験が分断され、クッキーレスやプライバシーへの配慮により属性情報の取得が困難になるなか、デジタルの領域でパーソナライゼーションを実行することは、今後ますます難しくなるように思われます。
消費者が質の高い顧客体験を求める一方で、そのために必要な情報の利用制約はより大きくなる――。こうした状況のなか、そのギャップを埋めるうえで大きな役割を果たすのが、マーケティング関連コンサルティング企業であるイーコンサルタンシー(Econsultancy)の創設者であるアシュレイ・フライドレイン氏が提唱する「パーソナライゼーション2.0(Personalization 2.0)」です。注目したいのは、この考え方に基づくことで個人の属性を特定することなく、デジタル領域でリアルタイムにパーソナライゼーションが可能になる点です。
そもそもパーソナライゼーションに属性情報は本当に必要なのでしょうか。実際のところ、性別、年齢、住所といった属性情報を収集し、顧客の解像度を上げたところで、コミュニケーションの次の打ち手を考えるうえでは、あまり参考にならないのが実情です。
パーソナライゼーションではむしろ、「写真を撮りたい」「新しいレンズが欲しい」「撮りたいのは風景写真だ」「撮影旅行がしたい」という、その人の興味・関心を把握することが大きな意味を持ちます。つまり、顧客とのコミュニケーション手段が確保できている環境でユーザーの興味・関心がうまく抽出できれば、属性情報はそれほど大きな意味を持たないのです。
振り返ると、これまで多くの企業は会員登録への誘導を通して属性情報を取得してきました。では、それによって顧客体験はなにが変わったのでしょう。実際のところ、ユーザーがWebサイトにログインしてもしなくても、得られる体験に大きな違いはないというのが実情ではないでしょうか。むしろ、パーソナライズに必要な情報を効率的に取得することが大きな意味を持つわけです。
それをどう実現するかが次の課題になるわけですが、その前にパーソナライゼーション2.0で抑えるべき要点を簡単に整理しておきたいと思います。
- 属性ではなく、興味の管理を実現していくこと
すでに触れたとおり、パーソナライゼーション2.0では顧客の属性ではなく、興味・関心を管理することが大きな意味を持ちます。そのために、さまざまな行動情報などから顧客の興味・関心をいかに顧客情報として統合していけるかが重要なポイントとなります。
- クロスチャネルからオムニチャネルのコミュニケーション管理
顧客データ統合は、店舗とECサイトの顧客データを統合するものの、チャネル別のコミュニケーションであるクロスチャネルの段階に留まることが一般的です。冒頭でも触れた通り、一貫性のあるブランドとしての認知を高めるオムニチャネルへの対応は今後より大きな意味を持ちます。
- スケールするチャネルに対応し、リアルタイムにプロファイルを統合
たとえば帰宅途中にアプリでサイトにアクセスし、帰宅後にPCからアクセスした時にまだ反映されていないとオムニチャネルに対応していたとしても、良質な顧客体験にはなり得ません。行動情報をリアルタイムで顧客情報に紐づけていくような仕組みが強く求められます。
- 機械学習を利用し、プロファイルを補完
サードパーティクッキーの利用制約が進むなか、取得が難しくなった消費者の行動情報を補完するのがAIや機械学習です。「こういう行動をとる消費者であれば、こういうことに興味を持つはずだ」という予測は、クッキーレス時代により大きな意味を持つことになります。
- 消費者が主体となり、データ項目・目的を管理できるデータガバナンス基盤
今後、データ利用は消費者との合意に基づいて行うことが必要になります。たとえば、アプリの位置情報を本来の目的以外の用途で利用すれば、多くの消費者は拒否反応を示すはずです。企業は消費者のデータを扱いながらもプライバシーに配慮し、承認された項目のみを、承認された目的のみに利用することが求められます。
コンテンツのこれまで以上の活用が今後の課題
では、パーソナライゼーションに求められるデータを収集し、顧客体験を最適化していくうえで、どのような取り組みが必要になるのでしょう。
その実現において大きな意味を持つのが、コンテンツマーケティングをさらに一歩推し進めていくことです。これまでもコンテンツ制作・運用を通してナーチャリングを図るコンテンツマーケティングを実践する企業は少なくありませんが、その取り組みの多くが、コンテンツがどれほど閲覧されているかといったPV数を評価し、集客のためのSEO的な取り組みに終始していたことは否めません。
ここまでも触れてきた通り、企業がファーストパーティデータを中心に顧客体験を構築していくにあたって、これまで以上に大きな役割を担うことになるのが、これらコンテンツです。これまでのようなコンテンツマーケティングの取り組みから、顧客ニーズをデータで把握し、そしてパーソナライズ体験を提供していくためにコンテンツマーケティングを行っていくのです。
その実現において、まず求められるのは、各コンテンツのメタ情報(どのようなコンテンツであるかを示すページに紐付くタグなどの情報)を戦略的に整理し、アクセスしたユーザーがどのような興味・関心を持っているのか可視化できるようにすることです。
そしてこれらメタ情報を単にまとまったデータとするだけでなく、リアルタイムで顧客プロファイルに紐づけていくことで、属性情報に頼らずに興味情報を理解したパーソナライズ体験を提供できるようになるわけです。こうした観点に基づく、より戦略的なコンテンツマーケティングがクッキーレス時代において大きな意味を持つことは間違いありません。そこにこそ、パーソナライゼーションのギャップを埋める鍵があると私たちは考えています。
冒頭でもご説明したとおり、顧客体験を巡る環境は大きな変革期を迎えています。これからは、あらゆる企業がデータガバナンスに配慮しつつ、顧客のニーズにあった体験をオムニチャネルで提供できる「パーソナライゼーション2.0」の実現に向けて取り組んでいくことになります。テクノロジーを活用しつつ、どのような顧客体験を目指していくべきか、これまでのマーケティング戦略からの転換が求められていると言えるでしょう。
Written by 安西敬介
Photo by Shutterstock