那須川天心 RIZINで見せた生き様 – WEDGE Infinity

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ラストマッチとはいえ、いい意味で〝課題〟も残した一戦となった。キックボクシングRISE世界フェザー級王者の那須川天心が大みそかの総合格闘技イベント「RIZIN.33」で元PRIDEライト級王者の五味隆典と対戦。ボクシングルールに準じた特別ルールのエキシビションマッチで相まみえ、壮絶な打撃戦の末にドローに終わった。

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試合前日の公開軽量で那須川が62キロだったのに対し、五味は75.3キロを計測した。両者の体重差は実に13.3キロ。通常のボクシングの試合であれば、一歩間違うと危険極まりない。

ボクシングの階級で例えればスーパーライト級と4階級も上のスーパーミドル級の選手が激突するようなものだ。試合後の天心が思わず「ハンマーで殴られていると感じた」と振り返ったコメントは十分過ぎるほどに説得力があった。

しかも、このカードが正式に発表されたのは1週間前。那須川の対戦相手として五味に水面下で打診があったのも、わずか2週間前だった。余りにも急造なカード決定となった感は否めない。

43歳の五味はリング上でマイクを握り「もうムチャさせないで。榊原さん、オレいくつだと思ってるんだよ、2週間じゃ天心無理だろ。2週間じゃだめだよ、2か月じゃなきゃ」とRIZINの榊原信行CEOに向け、苦笑いで言い放った。至極ごもっとも――。これらストレートな直言は五味のファイトスタイル同様、心からの本音であろう。

〝世紀の一戦〟決定による代償

昨年末の12月24日には、今年6月に那須川とK―1の3階級制覇王者で現スーパーフェザー級王者の武尊がキックボクシングルールで対決すると電撃発表された。

デビュー以来キックボクシング45連勝中の神童と41戦40勝1敗を誇るK―1のカリスマ。両者が激突する世紀の一戦は6年前に那須川が対戦を熱望し、ぶち上げたものの所属の違いや異なるスポンサーの障壁などにさいなまれ続け、もはや実現不可能かと思われたが、中立のリングを条件として奇跡的にマッチメイクされることになった。日本格闘技界最高の一戦となることは約束されたようなものだ。

武尊とのドリームマッチが組まれたことで那須川は今年の4月2日に東京・国立代々木競技場第一体育館で開催される『Cygames presents RISE ELDORADO 2022 ~Tenshin Nasukawa Finalmatch~』を花道とする予定だったキックボクシング引退を約2カ月先延ばしにした。RIZINラストマッチも那須川は試合後に涙したものの、半年後に対戦を控える宿命の相手・武尊とリング上で〝対峙〟するシーンもあり、どちらかと言えば「プロローグ」の意味合いのほうが強いように思えた。

榊原CEOを筆頭としたRIZIN側が中立の立場を貫いて武尊、そしてK―1サイドとの交渉に尽力し、那須川VS武尊のドリームマッチ実現に漕ぎ着けた陰の努力には本当に頭が下がる。ただこれ以上ない究極の相手との対戦を実現させることになった半面、対照的に那須川の大みそかRIZINラストマッチはキックルールで対戦する相手がなかなか決まらず難航を強いられた。

こうした経緯において白羽の矢を立てられたのが元PRIDEライト級王者の〝火の玉ボーイ〟五味だった。かつて那須川は五味が会長を務めるイーストリンカンラスカルジムで練習したこともある。

両者のかけ離れた体重差とギリギリで決まった試合には批判の声もネット上では数多く散見されたが、水面下において榊原CEOらが武尊戦の実現に注力していたことや大みそかの対戦候補にオファーをかけても相手が那須川であることに恐れをなしてことごとく断られてしまうという背景があった裏事情を鑑みれば、五味戦はベストとは言い切れなくてもベターなマッチメイクだったと思う。

何より、最終的に「大好きな選手だった」として五味を対戦相手に指名したのは那須川本人であったことも、それを物語っている。いずれにせよ、この無謀な試合を引き受けた五味には「さすが」という他にない。

振り払いたかったメイウェザー戦の記憶

那須川にとって、RIZINラストマッチが五味になったことは大きな意味もあった。3年前の大みそか、RIZINのリングにおいてボクシング・エキシビションマッチで対戦したボクシングの元世界5階級制覇王者フロイド・メイウェザーの存在を〝払拭〟させることである。

2018年の大みそかに那須川は15発のパンチで完膚なきまでに叩きのめされ3度のダウンを喫し、1回2分19秒、TKO負け。この時も那須川は約4.6キロ重いメイウェザーを相手にパンチをかすめるなど必死の抵抗を見せたが、結局子ども扱いにされた挙げ句惨敗した。

ましてや「マネー」ことメイウェザーは当時の時点ですでにセミリタイア状態だったとはいえ、神技的ディフェンスなど世界トップレベルのボクシングテクニックを誇っていた。那須川は勝つどころか、対等に戦えるはずもなかったのである。

那須川が後にボクシング転向を決意するのも、このメイウェザー戦の屈辱があったからとも言われている。だからこそ自分よりも、そして当時のメイウェザーよりも遥かに重く、総合格闘技(MMA)ファイターとはいえパンチテクニックにも優れている五味との対戦を望み、ボコボコにKOされることも覚悟の上でリングに立ったのだろう。同じRIZINの最後のリングで原点に立ち返るため、あの屈辱を味合わされたメイウェザーの姿を五味の向こう側に見ていた――。

まるで「ハンマー」のような五味のパンチを食らうたびに顔をゆがめつつ、それでも必死にファイティングポーズを取り続けて反撃する那須川の姿からはそんな〝過去の清算〟を連想した格闘技関係者も大勢いたようだ。ちなみに那須川は「最初はよけていたが、途中からは当たりにいった」とも述べている。一発一発を噛み締めながら、あえて食らったのはやはり大きな意味があったということなのだろう。

拳から受けた格闘技の魂

試合は急な調整を強いられ、決してベストコンディションではない中でも経験値と体重差で大きく上回る五味が終始余裕を保ちながら那須川とあえて打ち合う展開となった。拳による魂のぶつかり合いは決着がつかぬままゴング。スピーディーな動きからコンビネーションを狙った那須川は五味を圧倒することができなかったが、満足げだった。

RIZINラストマッチだからと言って有終の美を飾れるわけではなく、逆にかつてのPRIDE王者から課題も見せつけられたことで〝格闘技は甘くないぞ〟という無言のメッセージを体感させられたことが心の奥にまで響き渡ったようだ。

「武尊はもっと強いよ。頼むよ。いい試合をして盛り上げてもらえるように」

リング上から五味がマイクを通じて伝えた金言に那須川はこうべを垂れ、大きくうなずいていた。

RIZIN代表として、また自身のキックボクシング人生のラストを飾る一戦として那須川天心は今年6月、K―1最強の武尊と正真正銘の頂上決戦を迎える。ぬるま湯にどっぷり漬かることを嫌ってチャレンジ精神を失わず、次のステージへ昇ろうと弛まぬ努力を重ね続ける〝神童〟に勇気を与えられる世のビジネスパーソンもきっと多いはずだ。4月2日のRISEラストマッチ、そして6月の武尊戦、キック引退後にボクシング転向を果たす23歳の生き様を目に焼き付けたい。

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