新たなIT産業のために組織を大胆に改革
韓国の有力IT企業であるサムスン電子は大胆な構造改革を発表した。改革のポイントは、意思決定のスピードアップを目指す組織改革だ。今回の措置で、サムスン電子は3部門体制から2部門体制に移行する。2部門のトップも交代し、権限移譲など事業運営の迅速化を図る意図があるようだ。
※写真はイメージです – iStock.com/jejim
サムスン電子は、“メタバース”など新しいコンセプトに基づいたビジネスの実現を目指し、ITデバイスの創造や次世代の半導体製造技術の実現を加速させたいだろう。すでに米中ではIT先端企業などがメタバースや自動車の電動化への取り組みを強化している。世界経済の環境変化が加速する状況下、事業運営の効率化や意思決定スピードの向上を目指してサムスン電子がより踏み込んだ構造改革に着手する展開も考えられる。
サムスン電子には、過去の成功体験に浸る発想がない。その姿勢にわが国企業が学ぶことは多い。重要なことは常に新しい発想の実現を目指すことだ。そのために本邦企業は、世界経済の最先端分野にヒト・モノ・カネを再配分し、成長を追求する体制を目指さなければならない。
サムスン電子がスマホ・家電部門を統合した意味
サムスン電子は、スマートフォンなどを生産する“ITモバイル、通信部門”とテレビなどを手掛ける“家電”部門を統合し、“最終製品部門(サムスン電子の発表ではSET部門と称されている)”が設置される。SET部門設置の目的の一つは“メタバース”への対応強化だろう。
メタバースは、仮想空間を意味する。メタバースに関する技術の実用化とともに、わたしたちは“アバター(ユーザーの分身)”として仮想空間に参加し、ゲームやビジネス、買い物などさまざまな活動を体験するようになるだろう。足許では、世界全体でメタバースに取り組む企業が急速に増えている。米エピックゲームズやエヌビディアなどはその代表的な企業だ。
主要投資家の間でもメタバースは世界経済の新たな成長分野との期待が急速に増えている。その一方で、法整備などの課題もある。総合的に考えると、いち早くメタバースのビジネスモデルを確立し、モノやサービスを提供することが国際規格の策定を含めた先行者利得の確保に欠かせない。
世界の消費者に鮮烈な“サムスン体験”を実感してほしい
メタバースが実現した場合、わたしたちの生活はどう変わるだろう。例えば、コンタクトレンズやメガネに仮想空間を投影する機能が実装される。また、一日中イヤホンを装着してメタバース空間と実社会の両面で生活する人が増えるだろう。つまり、パソコンやスマートフォンがウェアラブル端末に置き換えられる可能性が高まる。デバイスのデザイン、重量、装着感、バッテリーの駆動時間の長期化などあらゆる面でメタバースは既存のITデバイスとデジタル家電などの分野でイノベーションを触発する。
そうした展開を見越して、サムスン電子はスマホと家電を統合することによって新しいIoTデバイスなどを提供し、世界の消費者に鮮烈な“サムスン体験”を実感してもらいたい。それはサムスン電子がメタバース社会を支えるITデバイスの開発を主導し、世界的なシェアをいち早く手に入れるために欠かせない要素だ。
新技術でTSMCからシェア奪還を狙う
サムスン電子は、メモリ半導体やディスプレイ事業を“ディスプレイ・ソリューション部門(DS)”として運営し、事業体制はSETとDSの2部門に移行する。部門数の削減によってサムスン電子は意思決定スピードを速め、世界トップのファウンドリである台湾積体電路製造(TSMC)とのシェアを縮めたい。
10月にサムスン電子は、2022年上期に次世代の回路線幅3ナノメートル(ナノは10億分の1)のロジック半導体の量産体制を目指すと発表した。それに加えてサムスン電子は、3ナノのロジック半導体製造に“ゲート・オール・アラウンド(GAA)”と呼ばれる新しい半導体製造技術を用いると発表した。
ゲートとは電流を制御する電極を指す。従来の技術では上左右の3面に電極が設けられてきたが、GAAでは上下左右に電極が設けられる。GAAはチップの小型化と消費電力性能の向上につながると期待されている。サムスン電子はGAA技術の実装にシェア奪還をかけているといっても過言ではない。なお、韓国特許庁によるとTSMCはGAA関連の特許出願数で世界トップだ。